ぶつぶつうだうだ考えるのが不得意な人が考え出すとろくなことがおこらないというのは本当かどうか




 真っ黒でさらさらと風にこぼれる自分の黒い肩につくかつかないかくらいの髪を左手でねじりあげながら、錫杖は岩場にきちんと足をそろえて腰掛けて考えていた。

  昨日からの事態は彼女にはまったくもって理解できないことばかりであった。

 今まで彼女は、沙悟浄という紅い髪に紅い瞳を持った半妖の召集に応じて、彼の手の中に出現するだけでよかった。彼が、彼の、大切な人を傷つけないために(悟浄自身が自覚しているかどうかはともかく)自分を使ってくれているならそれでまったく問題はなかった。
 幸い、半妖である悟浄は、孫悟空のように見境をなくして暴走し、殺戮を楽しむという枷からは今のところ無縁であったので、彼女にとっても彼は「いいご主人様」であったはずだったのだ。

 しかし。

 1000の妖怪の血を浴びて、杖ではなくこの妖怪の形をとった途端、悟浄の自分を見る目が変わったのが錫杖にはありありとわかった。

 黒竜王との戦いで、悟浄は自分を招集するどころか、そこにいた白竜王(多分悟浄も、八戒も、孫悟空も、玄奘三蔵も、ついでに白竜王自身もその自覚はないだろうが)をつれて安全なところに逃げてろ、などと言ったのだ。

 自分はもう悟浄に役立たずとしか思われてないのだろうか。

 錫杖はうつむき加減でそう思った。目の前で見せ付けられた如意棒のすさまじい力。
 確かに自分にはあれほどの力は決して出せない。悟浄が昨日から如意棒ばかり見ているのはきっとそのせいだ、と思い当たり、余計になんだか気分が沈んできた。

「あたしだって悟浄につかってもらったらきっともっと力を出せると思うんだけどな・・・」

 如意棒ほどのすさまじい力ではなくとも、少なくともただの杖だったころよりは強い力を出せるはずだと錫杖は思い、そしてそのあとどうしてそんなことを思ったのか少し不思議に思って、とうとうひざを抱えて顔をそこに埋めてしまった。


「錫杖さん」

 正面から柔らかで優しい声がふってきた。錫杖が驚いて顔を上げると、さらさらとした茶色の髪がふわっとこぼれてきた。
 それを見て、にっこり微笑んで、八戒はひざを折って錫杖の目線と同じ目線に降りてからくちを開いた。

「ありがとう、ジープを助けてくださったんですってね。助かりました」

 きれいな碧色の瞳にまっすぐ見つめられて、錫杖はなんだかどきどきしてうまく返答ができなかった。八戒は、そんな様子を見て、もう一度笑うと、もっと優しい声で、錫杖に語りかける。

「どうしたんですか?朝から元気がありませんね。人と話すのは苦手ですか?」

 苦手も何もそんな経験今までしたことないのだから錫杖は大変戸惑った。困った瞳を八戒に向けると、八戒は白くて長い指を持つ手を、ぽん、と錫杖の頭の上においた。錫杖はどうして八戒がそんなことをするのかちっともわからず、とてもびっくりして顔を上げて八戒を見た。

「平気ですよ。へーき、へーき」
「八戒……?」

 にこにこと笑って平気だと繰り返す八戒に、錫杖は戸惑いの瞳を向けた。その碧の瞳の左右の色がごく僅か違う理由を、彼女は知っていたが、その理由を驚かずに受け入れることはまだ彼女にはできず、少しの動揺が彼女の髪の毛をゆらした。

「…ずーーーーっといっしょに暮らしていたらね。わかんないこともいっぱいありますけど、わかってくることもまあまああるんですよ」

 その彼女の動揺の理由をおそらくほぼ正確に洞察して、八戒は少しさみしげな笑顔を作ったがすぐにそれを閉じ込めると、彼女の頭に置いた手をぽんぽん、と動かした。

「悟浄は、あなたを嫌ってるとか、そー言うんじゃないですから。絶対」
「……………」

 それだけ言って、八戒はひらひらと手を振ると、くるりと背を向けて、出発のため車の形をとったジープのほうにゆっくりと歩いて行った。






 そもそもあれだ。
 俺の人生肝心なところで大逆転だ。

 ハイライトの煙をゆっくりと吹き上げながら、悟浄はひざを抱えてそんなことを思っていた。

 イイ女とお近づきになれたと思ったらその女には到底手を出すことはできない。かといって省みて自分の武器(魔器とか言うのは本当の話しらしい)を見れば、それはもう見事なまでの「少女」の姿をしているわけで、そんな女に悟浄が手を出せるわけがない。
 ……胸だってぺたんこだしウエストのくびれもあまり見られない。
 足はがりがりにやせていて細いし、二の腕だって骨と筋だ。
 オトナの女が持つあのふくよかな丸みがまだまだ感じられない身体に、悟浄は抱きたいという生理的欲求を感じなかった。(感じていたらいたでそれは間違いなく犯罪者なのだけれど)

 だから。
 だからに違いない。

 ………いい加減言い訳ばかり考える自分にいらついて、悟浄は煙突のごとくハイライトを吹き上げる。

 呼べないのは。いつもと同じように、錫杖をこの手に呼び出せないのは。


「……なんで僕が、貴方の武器のフォローしなきゃいけないんですか。あんなにさみしそうな顔させて」

 背後からにゅっと顔を出して、碧の瞳の彼のもっとも近い過去の同居人は悟浄に苦情を申し立てた。

「イタイところをつくねー、お前も」

 あっという間にすい終わってしまったハイライトの吸殻をほおり投げ、新たな1本を取り出してかちりとライターを回すと、また景気よく悟浄は煙を吹き上げた。そして、自嘲気味の笑顔を浮かべてぽつりと言う。

「だって、抱きしめるわけにいかないじゃん」
「犯罪ですね」

 はっきりきっぱり言い切ったこげ茶色の髪の持ち主の呆れた声にも無反応で更に悟浄は続ける。

「キスだってできるわけ……おわっ」

 どおおん、という派手な音がして、悟浄は慌てて岩場から逃げた。気合のこもった八戒の気孔弾が寸前まで悟浄が腰をかけていた岩を木っ端微塵に吹き飛ばす。

「………呆れてものがいえないとはこのことです。悟浄。いい加減にしてください」

 まだ右手と左手の間には放出されない気が残っている八戒が心底あきれ果てた表情で悟浄に冷たく言う。
 しかし、悟浄はその八戒の台詞にも表情にも全く堪えることがなく、ひとつかぶりをふると、右手で髪の毛をぐしゃぐしゃ掻きまわして、やはり自嘲気味に笑いながらいった。

「でも俺には使えない」
「……今の今まで平気で使っていたくせに」

 八戒の声が悟浄の耳に届く。全くもってそのとおりだが大変痛いところをつくその3年間をひとつ屋根の下で暮らした男に、悟浄は何故だか昔から、隠し事ができないでいた。

「……でも、使えねーもんは使えねー。
 なんで、あんな子供を、俺が戦いに巻き込まなきゃいけねーんだよ」
 

 


 


「………で、出発はいいが、このままだったらエロ河童が走って後をついてくることになるぞ」
「だからどうしてそこで既に俺が限定なんだよっ」

 金の髪を轟然とゆらし、太陽に反射して金粉を振りまいたかのような空気をまとわせて、偉そうな最高僧様は最高に偉そうにふんぞり返りながら提案した。
 当然ご指名のエロ河童さんは猛反対だ。とはいえ、このままでは本当に誰かが走って後をついてこなければならない。かなり困った顔で、八戒はどうしたものかと思案した。
 本当に誰かが走ってついてこなければならないとしたら悟浄が表面上はどれだけ嫌がっても結局自らすすんでその役を引き受けることは3年間の同居生活の中でなんとなく理解した悟浄の特性だ。

 誰かが傷つくくらいなら、自分が傷ついたほうがマシだ。

 その考えが、悟浄の過去からきているということはうすうす理解できたのだけれど。

 人当たりがよさそうなくせに、誰も一定距離以上は決して近づかせない。
 そうかと思えば悟浄がおそらく「嫌いじゃない」の部類に入れている誰かが傷つくのを極端に嫌う。

 そんな悟浄だからこそ3年間も一緒に暮らせたのだと八戒は思っている。

 どこにも行く当てのなかった、死ぬ以外に選択肢のなかった自分を生かし、そして生き続けることの困難さをもってして自分の犯した罪を決して忘れないでいることを、八戒に提示した紅い髪の同居人――――――
 八戒は、更に困った顔をして、解決策を必死で探した。

「……盛り上がってるところ悪いんだけど」

 如意棒が三蔵と悟浄の間に割って入り、にっこり笑いながら言う。

「私たち、妖力制御装置つければ棒の形になるわよ」
「…………………………………」

 今にも三蔵につかみかかろうとしていた悟浄とその手を真剣に叩き落とそうと待ち構えていた三蔵がお互い大きく目を見張り、顔を見合わせる。八戒も同じように驚愕の表情を貼り付けて、そして半瞬後に如意棒の言っていることを理解すると、ほぼ無意識に、自分の耳につけられた銀色のカフスを左手でそっと確認した。

「先に言えー――――――――っッッッッ」

 悟浄と、走ってついてくることになるだろう人選の見事次点に輝きそうだった悟空が、同時に絶叫する。如意棒自身は涼しい顔で、その美しい絹糸のような黒髪を少しつまんで引っ張りながら言った。

「だって、いやなんだもの。棒のときって沙悟浄がいっくらつまんないこと言っても突っ込みようがないしー」

 上目遣いに何かを思い出しながら如意棒は人差し指で、自分の右の頬のえくぼをなぞりながら、いったん言葉を区切ってすぐに続けていった。

「肩もこるしー」
「…ナニわけのわかんねー理屈言ってんだっ。移動時はその形になってろっ。こっちは狭いんだっちゅーの!」

 悟浄が半分切れた表情でまくし立てる。如意棒は面白そうにそれを見てから、ため息をついて肩をすくめ、仕方ないわね、と一言残して左の耳に銀の妖力制御装置を―――3つつけた。錫杖も同じように左耳に銀の妖力制御装置をやはり同じく3つつける。
 しゅううう、という音がして、二人はあっという間に棒と杖の形へと変化した。

 悟浄の顔が、一瞬安堵の表情に見舞われたのを、八戒は目ざとく見つけ、悟浄とはまた別のイミでほんの少しだけ安堵した自分に、ものすごくびっくりした。










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