不思議なことば 2
「ところでさ。思うんだけど」
なんとなく部室に集まってなんとなく昼食を広げている最中だった。
購買部で買い占めてきたと思われる焼きそばパン10個を抱えながら悟空が口を開いた。
「何を思うんだ」
いらいらとした口調で、どこの高級仕出し弁当かというような弁当をつまみながら三蔵が言う。うわさによるとな○万の総料理長自らが毎朝作っているという話だがどこまで本当のことなのかは謎だ。
「紅孩児先輩が復帰したとして明らかに戦力は落ちるだろ」
「そりゃそうだ」
女子生徒が差し入れにと作ってくれる弁当箱をあっという間に空にして悟浄は八戒のだしまき卵を虎視眈々と狙いながら即答した。
「でさー、今の練習量って紅孩児先輩がいたときと大して変わんないだろ?」
「それは大いに疑問だ」
うんざりした表情で悟浄が今度も即答する。八戒は、2個目のだしまき卵をとられないようにさりげなく悟浄をけん制しながら、悟空の次の台詞を待っていた。
「つまりさ、やっぱりもっと練習しなきゃならないと思うわけだ」
「ご立派なことだ。そう思うんならさっさと練習しろ」
「そうだな。言い出したからには実現してもらわないと」
三蔵と悟浄が悟空に向かって答えた。悟空は最後の焼きそばパンを加えながら、上目遣いで二人を見上げる。
「…でも俺だけじゃ練習にならないし…」
「個人技を練習するのも重要なことだ」
「特にサル、お前、いい加減ストレート打ち覚えてくれよ。いくらコンビができるからってクロスとストレート、顔見ただけでどっちか分かるように打たれてちゃたまんねー」
大変ごもっともなことをごもっともなように言われて、悟空はう、と声を詰まらせた。そんな悟空を見て八戒が口を開きかけたとき、部室の入り口が大きな音を立てて開け放たれた。
「よく言った。孫悟空。じゃあ今から俺と特訓だ!」
「独角先輩!」
「あに…いや先輩」
ものすごく嬉しそうな顔をして、悟空の首をつかむとあっという間に体育館に消えていった独角の後姿を悟浄と三蔵は呆然と見送った。
「どうかしたの?」
柔らかい声が八戒の耳に届いた。部室の隣の自転車置き場に、今しがた自転車を停めたばかりの栗色の髪の持ち主が現れた。
「紅孩児先輩が怪我をしちゃったんですものね」
さわやかな風がその栗色の髪を駆け抜け、ふわりと何本かの髪を巻き上げていった。
「練習するのは大切なことだわ」
最後の台詞はにっこり笑って八戒に向けられたものだった。
八戒はびっくりして、その声の持ち主を見下ろした。深い緑色の瞳が、なんだかとても大切なもののように思えた。
「なんだよ、花喃。用があるのかないのかはっきりしろ」
紅い髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜながら悟浄が面倒くさそうに言った。花喃、と呼ばれたその女子生徒は静かに微笑むと、腕の中に抱えていたグラジオラスを突然八戒に向かって押し付けた。
「今日はね。私の誕生日なの」
自らの持つものよりは少し淡い、それでも深い深い碧色の瞳から目をそらせないまま、八戒はそのグラジオラスの束を受け取った。オレンジ色のグラジオラスが、八戒の顔に淡いオレンジ色の光を反射する。
「そしてね。死んだと聞かされている双子の兄の誕生日でもあるのよ」
「花喃」
めずらしく、本当に珍しく、悟浄が女の子に向かって声を荒げた。
「そのお花きれいでしょう」
三蔵は無言で悟浄と花喃を見比べた。
「たくさん、練習してね」
にっこり笑って花喃はくるりと背を向けた。走り出したその背中がなぜだか消えてしまいそうな気がして、八戒は一歩足を踏み出した。
「八戒」
「三蔵…」
グラジオラスを抱えたままの八戒が少々困惑した顔で三蔵と悟浄を交互に見る。
そして、二人の表情にいつもと違うものを感じ取ると、立ち上がって、体育館めがけてずんずん歩いていった。