手は癒しとなりて



 
 

春の柔らかな日差しがぼうっと公園のベンチにすわる八戒にふりそそぐ。
ほほをさわる風はやさしく甘い香を運び、春の息吹を感じる。

「沈丁花の香り、かな。いい香りですね。あーもう、すっかり春ですねー」

のほほんと微笑み、春を楽しむように、ゆっくりと深呼吸をし、閉じていた目を開けた。

「ふぅー。にしてもなんでこんなにだるくて眠いんでしょう。早く帰らないと悟浄が
帰ってきちゃうかもしれないのにな」
そうは思ってもなかなか体はいうことをきいてくれず…。
「もうちょっとだけ休んでいいか、な」と、再び目を閉じてしまう。

あたたかな風が八戒の前髪を、そっと揺らしていった。


 めずらしく早起きをした悟浄は、今日は昼に用事があるから夜は出掛けないと言っていた。早めに帰るとも。
だから、夕飯はゆっくり食事をしようと笑って出かけて行く悟浄を見送り、
八戒も久しぶりに二人でゆっくりと食事ができると思うとうれしくて、
悟浄が出かけた後から、夕食のメニューをあれこれ考え、買い物に来ていた。
しかし、買い物の途中から体を動かすのが辛くなり、一通り買い物を終えたところで、
とうとう体が動けなくなり、この公園で休んでいたのだった。

 確かにここ何日か、体の不調を自覚していた。
朝もすっきりと起きられず、ちょっと動いただけで息切れしていて。
だが、熱があるわけでも、どこが痛い無わけでもないから、
別に気にも留めていなかったのだが。
「季節の変わり目だからですかね。疲れがでたのかな。色々あったからなー」
 去年の11月に足を骨折した事からはじまって、式神事件やらなんやら、
休む暇がないくらいに色々な事が起きて・・・。

 「・・・かいさん。八戒さん!」
自分の事を呼ぶ声に、はっと視線を向けると、
目の前に心配そうに覗き込む月明の顔があった。
「あ、月明さん。こんちには」
「こんにちはって、どうしたの?ぼうっとしちゃって。何度も声をかけたのよ?
寝てたの?もう、心配になっちゃったわよ」
と、ぶつぶつ言いながら、思わず、え?っという顔で見返した八戒の隣に
しっかりと腰掛ける月明で。

「えっと、月明さん?」
「なんだか疲れているみたいね。どっか具合悪いんじゃないの?」
「僕なら元気ですよ」
と、にっこりといつもの最強笑顔で返すが、八戒の隣に座った月明は、八戒のその
小さな顔を両手で包むこみ、ぐいっと自分の方に向ける。
「うわ!月明さん?」
「そう?でも、顔色悪いわよ?悟浄さんも心配していたし。調子悪そうだって」
「え?悟浄が?」
「そうよ。昨日ね、うちの店に来てくれて、ま、世間話をしたんだけど、その時に、
八戒さんがなんだか調子悪そうだって言って心配してたのよ」
「そうですか・・・」
やはり、悟浄には自分の体調の悪さがわかっていたのか。
いや、もしかしたら自分よりも先に体調の悪さに気がついてたのかもしれない。
「八戒さん?大丈夫?」
「あぁ、すみません。本当にたいした事はないんです。ちょっと体がだるいかなーって
だけで。季節の変わり目だし、疲れが出ただけだと思います」
「そう?だといいけど。そうね、色々合ったものね。疲れも出るか」
よいしょと言いながら月明は立ち上がり、
「私は店に戻らないといけないんだけど、本当に大丈夫?帰れないようだったら
旦那に来てもらうけど」
本気で心配そうな月明に八戒は、苦笑しつつ
「少し休んだんで大丈夫です。ちゃんと帰れますから」
「そう?じゃぁ私は行くわね」
「はい。また」
「またね、ゆっくり休んでね。悟浄に心配をかけちゃだめよ(ハート付き)」
「あ、あは。そうですね。はい、ありがとうございます」

ぱたぱたと急ぎ足で帰る月明を見送り、やれやれという気持ちになる。
「そんなに疲れた顔してましたかね。ふーまいったなー」
だから、悟浄も心配して今日、夜出かけないことにしたんだろうか。
また、心配をかけてしまったんだなーと、暗い気持ちをかかえ、早く帰らないとと、
その重い体をようやくベンチからはがし家へと向かった。


「あれ?」
鍵を開けようとするとすでに鍵は開いていて、悟浄がすでに帰宅している事がわかる。
しまったなーとますます、気持ちが沈んでしまうが、それを顔には微塵も出さず、
勢いよくドアを開けた。

「よ、お帰り〜」
「ただいまです。すみません。遅くなっちゃって。途中で月明さんと会って話したりした
んで。すぐに、ご飯の用意しますね」
月明さんごめんなさい!と心の中であやまりつつ、急いで台所に向おうとする八戒に、
「夕飯なら、もう出来てるぜ」
と、悟浄は声をかけた。
え?と思わず驚きの顔を見せた八戒から荷物を取り上げ、にしゃりと笑ってソファー
から起き上がった悟浄は、まぁまぁ、座れよとその背中を押した。

「まぁ、たいした物は作れないけどな。早く帰ってきたし、たまにはね」
ウインクをよこす悟浄を見つつ、テーブルに目をやれば、そこには、いかにも消化に良く、食欲をそそるような食事が準備してあって。
それも、おかずは小さな小皿に盛り付けられており、少しずつでも沢山の種類が食べるれるように工夫がしてあった。
「悟浄・・・」
「何、感動した?ま、こんなもんだけど。これなら、少しは食べられるだろう?
お前、最近ほとんど食えてなかったろ?だからさ」
たしかに、体のだるさと相俟って食欲が落ちていた。
悟浄の前では食べていたつもりだったのだが、自分の事となると妙に聡い悟浄には
しっかりわかっていたようだ。

「ありがとうございます。悟浄。これなら、確かに食べられそうです」
「そう?よかった」
うれしそうな表情をする悟浄をみて、なんだか自分もうれしくなってしまう。
無かったはずの食欲も出てきたようで、単純ですね、僕もと、くすりと笑ってしまう。
「何?なに笑ってんの?」
「えっと、うれしいなーって思っただけですよ。あ、ご飯食べる前に手洗ってきますね。
そうだ、買い物もしまわないと。僕も今日は悟浄が夜居るから、料理がんばろうと思って
いたんですよ」
「え?そうだったの?ま、それは明日にでも伸ばしてもらってだな。荷物は俺がしまうから、早く、飯にしようぜ」
はいはいと洗面所に消えた八戒を見て、1人、よし、とうなずく悟浄がいた。

「あれ?お風呂も沸かしてある」
お風呂とつながっている洗面所は、湯気でほんわりと温かくなっていた。
めったにないその行為に、今日は雨が降るかもと思うが、やっぱり心配してくれたから、
少しでも自分を手伝ってくれたんだろうと思い、感謝の気持ちで胸に一杯になってくる。
「ありがとう悟浄・・・」

幸せな気分で手を洗い、急いで悟浄のもとへ戻り、心のこもった夕食をゆっくり味わった八戒は、体も心も満足させて心の底から感謝の言葉を悟浄に言った。
しかし、悟浄は、お礼はこの後に言ってもらわないと、と妙ににこやかに答えてくる。
その、怪しい表情になぜか嫌な予感がする八戒で。
自分の体調の悪さを知っているのだから無理はしないだろうと、思うのだが。
「後片付けは僕がやります。ご飯つくってもらったし」
「そんなの後でいいからさ。風呂入ろうぜ」

『入ろうぜ?』

悟浄の言い方に引っかかりを覚えた八戒は答える事ができずに、その言葉を反芻する。
黙っている八戒を見て、聞こえなかったのか?と思い、再びゆっくりと話す。
「一緒に入ろうっての」

「嫌です」

即答する八戒に、まぁ想像通りだけどさーと苦笑がもれる。
「あー言い方悪かった。一緒に入ろうぜじゃくって、俺が体を洗ってやるっての」
「それも、嫌です。自分の体くらい自分で洗えます。あなたに洗ってもらう必要はありま
せんから」

まったく、お風呂に入るのと同じじゃないですかと、さっきまでの幸せな気分を急降下
させる。
急速に機嫌の悪くなった八戒を前に、さすがにこれはまずい状況だと思った悟浄は、
「ち、ちがうって!Hとかするんじゃなくて」
「当たり前です」
と、言いながら、椅子から立ち上がろうとする八戒の腕を捕まえて、
「待てよ。言い方悪かった!話きいてくれよ。な?」
お願い!と必死の目をして言ってくる悟浄に仕方ないですね、と、やはり悟浄には甘い
八戒は椅子に腰掛け直した。

「お前さ。最近すっごく調子悪そうで。なんだか顔色も悪いし、食欲もなくなってたろ?
でも、熱があったりどっか痛いとかってわけじゃなさそうだし。
多分疲れが出たんじゃないかと思ってさ。去年の暮れから色々あったからな。
季節の変わり目って疲れ出るっていうし。それにお前、自分の事は鈍いわ、わかっても
隠すわだし。だから、少しだけ元気になればと思って、ご飯と風呂を用意したんだ」

一気に話した悟浄はそこで、一息つく。

静かに悟浄の話を聞いている八戒に視線を合わせると、

「で、お風呂だけど、これ、月明からの受け売りなんだけど、体ってさ、疲れている
ところが、一番汚れていて、毎日風呂に入ってても、違う汚れがつくらしいんだ。
そこがきれいになると、体調も良くなって疲れも取れるんだって言うんだ。ま、ツボマッサージ風呂バージョンって感じらしい。すごく効果があるから、八戒にしてみればって
言われてさ。お前が元気になるならやろうと思ったんだけど。自分より人にやってもらう
方がいいみたいだし。だから、俺が洗ってやろうと思ってさ。
それに、洗うのは背中と手と足だけだから。もちろん変な事はしないから。
マッサージに行ったと思って。な?」

 悟浄の説明を聞いても、八戒は素直には信じられない。なんだか月明にだまされている
気がするのだ。さっき会ったのに一言もそんな事を言っていなかったし、インチキくさい話しだし。
どうにも納得がいかない八戒だったが、あまりに一生懸命な言い様と自分をともかく心配して言ってくれている事だけはわかった。
しばし逡巡するが、真剣な表情の悟浄に決心する。
「わかりました。お願いします」
恥ずかしいのか照れなのか、うっすらと目元をピンクに染めて答える八戒に、
「おう!まかしてよ」
と、答えたる悟浄だったが、もしかして、俺にとっては地獄?と、少しばかり後悔していた・・・。


「よ、温まった?で、体は洗った?」
「あ、はい」
「ま、温かいから大丈夫かな。んじゃ、やりますか」
「あーじゃぁ、お願いします」

 妙に緊張が走るお風呂場だったりするが、ともかく八戒が元気になる事を願っている
悟浄は気合をいれて、八戒のまず、後ろにまわった。
「痛かったらいえよ?」
そういいながら、ごつごつした悟浄の手がごしごしと、石鹸をつけずにマッサージを
するように華奢で、しみひとつないきれいな背中を洗っていく。
ちょっとこすっただけで、ぽろぽろと垢が出てきて思わす驚いてしまう。
多分、八戒はさっき体を洗っときにかなり気合を入れたに違いない。自分にこんな事を
させるのをすぐに終わらせようとして。なのにこれは・・・。
やはり月明が言っていたのは本当だったのかもしれない。
「うわ、お前ほんと疲れていたんだな。すっげー垢」
「悟浄!!」
真っ赤になる八戒だったが、かまわずにシャワーをかけながら、どんどんと体を洗い続ける。

「垢が出るところは疲れている、もしくは、病気があるとこなんだってさ。確かに、
背中全体から垢が出るわけじゃないだし」
「え?そうなんでですか?」
「ああ。お前の場合、首の付け根と肩だな。あと、肩甲骨の内側辺りだけだな。肩こりってとこだろうけど、多分目からきているんじゃないかな。
で、足の裏もすごいなー。やっぱり、体疲れているんだよ。足の裏って体のツボがみんな集まっている場所っていうじゃん?そこがこんなんじゃ。ちょっと自分で触ってみろよ。
すげーだろう?」

 確かに悟浄の言うとおり、足の裏はさっききれいに洗ったはずなのに、爪を立てて
引掻いてみると、皮がむけるように垢がでて。
でも、悟浄が洗ったあとはつるつるときれいになっていて、確かに一皮むけたような気持ち
よさと体が軽くなる感じがあった。

「じゃ、最後、腕ね」

 八戒の腕を恭しく持ち上げると細くきれいな指を一本一本を丁寧に洗われる。
疲れがひとつひとつ取れていくような心地よさが体を包み込み、急速に眠気が襲ってきて、それに抗う事も出来ずにそのまま眠りに身を任せてしまった。

「うわ!八戒?」

急に倒れこんできた八戒を受け止め、湯あたりでもしたか、貧血でも起こしたかと慌てるが、くーくーと心地よさそうに寝息を立てる八戒を見て、安堵に胸をなでおろした。

「しっかし、寝るかな。こんなカッコで。俺に美味しく頂かれちゃうよ。八戒?八戒?」
本当はこの後、水分をたくさん取った方が良いし、このまま風呂場で寝たとわかると
嫌だろうと思う。しかし、いくら声をかけても、顔をぴたぴたと叩いても起きる気配はない。
仕方ないか、と、ざっと体にお湯をかけると、そのまま寝室へと運んでいった。


「う、ん?あっれ?」

ゆっくりと目をあけると明るい光に部屋が満ちていた。

ぼーとした頭で、いつ自分は寝たんだろうと考える。
昨日悟浄に体を洗ってもらっていたとこまでは思い出す。

「そういば、途中で寝ちゃったんでしたっけ」

はっと、思い、自分の体を見るが、きちんとパジャマを着せられていて、
妙なところはない事がわかる。

「よかった・・・」
「何がよかったって?」
「あ、おはようございます」

ノックもせずに自分の部屋に入ってきた悟浄に、少しばかりむっとした表情で
挨拶をするが、それには気がつかないようで、
「おはよー。ね、八戒。俺ってそんなに信用ない?」
と、がっかりした表情で話してくる。
「え?」
「だってさーよかったって。俺も約束は守るって。ま、理性フル動員したけどさ」
「あはは、それはありがとうございます」

にこやかに笑う八戒に悟浄は脱力しながらもカーテンを開け、まだベッドにいる八戒の
そばに戻り、じっと顔をのぞき込んだ。

「なんですか?」
「いや、顔色良くなったと思ってさ。体どう?」
「そういえば・・・。すごくいいです。ぐっすり眠れたし」
昨日まであっただるさは、今は微塵も感じれらない。
すっきりとした寝起きの気持ちよさだけがある。
「悟浄のマッサージが効いたみたいですね」
「うん。よかった。月明に感謝だな」
「あの話、嘘かと思っていたんですけど本当だったんですね。月明さんに悟浄がだまされていると思っていたんですが」
と、にこやかに答える八戒に脱力しながらも、俺も、ま、すこーしばかり疑っていたから
同じかと笑ってしまう。
「悟浄?」
「いや、俺もちょっとばかり疑ってたからさ」
「え?疑っていたのに実践したんですか?」
「うん、だってめちゃくちゃ心配だったからさー。藁をも掴むってやつだな。しっかし、こんなに効果あるとはね。昨日と別人だもんな〜」
うれしくて仕方ないと言わんばかりに、笑顔一杯で答える悟浄がかわいくて、思わず
両手をその背中に伸ばし、ぎゅうっと抱きしめてしまう。

「おわ!八戒?」
「心配かけてしまってすみません。もう、大丈夫ですから。ありがとう、悟浄」

悟浄の胸の辺りにあった顔をふわりと上げ、最上の笑顔を向ける。

「八戒」

ゆっくりとそのまま悟浄は顔を下げ、その桜桃の唇に口付ける。
さらに深く口付けしようと体制を変えようとしたところで、急にぐいっと自分はがす腕が
胸に伸びてきた。

「ちょっと、八戒さんそれはないんじゃない?」
「今日は寝坊しちゃったんで忙しいんです。それに、調子悪かったから掃除が十分に出来ていなくって。もう、体調もばっちりだし。ね、悟浄?」

最強の笑顔で言われれば、反論する事も出来ない悟浄で。

「はいはい、わかりました。その分、今日の夕食は楽しみにしていい?今日も出かけ
ないからさ」
「ええ、その位でしたら。じゃぁ、掃除も一緒にお願いしますね」
う、まじ?しまったという表情をしながらも、元気になった八戒を見るのはうれしくて
仕方のない悟浄だったので、掃除くらい手伝うかと、思うのだった。

その日一日で、すっかりぴかぴかになった部屋で、悟浄好みの豪勢な夕食を食べれたのは
言うまでもなかった。もちろん、その後、プラスアルファのおまけ付きで。


同じ日。
バザールの店にいた月明は夫である茲燕に、今日は悟浄さんも八戒さんも見ないわーと
話していた。
「ね、やっぱり悟浄さんは私が教えたあの疲れを取る方法をやったと思うの。だから、
今日は二人を見ないんだわ。やっぱりあの二人は絶対恋人同士なのよ」
嬉々として話す月明にあきれながらも茲燕もそうかもしれないと、思う。
悟浄の心配の仕方はただごとじゃなかったのだ。
ま、どちらにしても、月明に楽しまれている二人を思うと少し気の毒になる茲燕であった。


 

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