うつろはんかな君待ちがてに



「……誰だ、貴様は」
「最近、俺の素性を知りたがる人が多くて困っちゃうね」
 
 傲岸不遜な金髪紫眼の持ち主がS&Wを正確にその男の心臓に向けながら言った。
 銃口を全く意に介する風もなく、ますます唇の端をつりあげてその男が笑う。

「しかも、俺が相手にしたいそこの罪人は俺のことなんて覚えちゃいないようだし」

 くくく、と声を漏らしてその男はまっすぐに八戒を指差した。

「八戒……」

 悟空が心配そうに立ち上がり、八戒を見る。八戒は蒼白になってその男を見返していた。そして、極僅かに視線をずらし、悟空の視線と自分の視線をかちり、と合わせた。
 そしてすぐ、まだ深々と楠の幹に突き刺さったままの短剣を見やり、そしてまた男の顔に視線を戻した。
 八戒の意図を悟空は正確に読み取った。

 八戒は、動揺を装って、悟空に、男の手に武器がない今こそが攻撃のチャンスだと伝えたのだ。

「残念ながら、僕はあなたのことを知りません」
「……それは悲しいことを言ってくれるね」
「知らないものを知っているというのは人間の傲慢です。そんなことはずいぶん昔に西の方の哲学者とかいう舌先三寸だけでものを食べていける人が言い出してますよ」

 悟空が徐々に間合いを詰め、攻撃の機会をうかがう。三蔵は無言でS&Wで男を狙いつづけている。

「……おやおや、人間じゃなくなったひとがそんなことを言ってちゃいけないね」

 大げさに肩をすくめてその男は八戒を見て言った。
 
「…………え?」

 八戒は身体中の血が音を立ててひいていく感触を他人事のように味わっていた。

「……まだ、足りないみたいだな」

 人差し指を八戒に突きつけてその男は笑いながら、でも眼は笑わずに言葉を続けた。

「千人殺しても、まだ、足りないみたいだな」
「…………あなたは……!」
「猪悟能、貴様が生きているという事実が存在するだけで反吐が出そうになる」

 これ以上ないくらいに顔面を蒼白にし、八戒はがたがたと震えだした。視界に、幾重にもフィルターがかかっていくかのようだった。周りが、全て無彩色に沈んでいく。
 八戒のその昔の名前をつむいだ唇は一層ゆがめられ、耳まで裂けるかのようにつりあがる。

 三蔵はじゃり、と一歩を踏み出し、男の心臓のなかでも左心室―全身に血を送るための一番大きな部屋―を正確に狙って銃口を向けた。

「玄奘三蔵がついたのは計算違いだったようだが―――――俺は、そんなことはどうでもいい。猪悟能、貴様が死んで地獄に落ちてくれさえすればな!」

 男の手から、炎の塊が立ち上り、その塊が投げつけられたかと思うと、一瞬にして八戒のとなりに先ほどまで立っていた楠を蒸発させた。
 …楠に刺さっていたはずの短剣も跡形もない。

「……俺の手から短剣がなくなって攻撃のチャンスと思ったようだが」

 じろりと横目で悟空を見て、男はもう一度八戒に視線を戻した。

「短剣だけが俺の武器ではない」

 機先を制されて悟空は身動きが取れなくなっていた。今動けば確実にその場所に先ほどの攻撃がくるだろうことが容易に予想された。

「…物質には、気体、液体、固体、の三様態がある」

 そばに落ちていた小石を拾って手の中でもてあそびながらその男は言葉を続けた。

「例えばこの石の組成はほぼ半分が二酸化珪素だ。これが何度で沸騰するか知っているか?」

 男の手の中で小石はみるみるうちに溶け始めた。石の形が崩れ、周りの空気に含まれている水分をも同時に蒸発させるためもうもうと湯気(他に適当な言葉が見つからないのだ!)を立ち上らせていく。

「3280度も与えればすぐに『石が沸騰』するのさ」

 言い終わった男の掌には何ものこらなかった。

「貴様らが使うような単純な『火』で、低温でじっくり焼くのもいいが、高温で一気に焼き払うのも潔くて気持ちがいい。―――――なんせ、後には何も残らないからな」

 男は一歩前に踏み出した。八戒の前に三蔵が立ち、男を睨みつける。

「…貴様、やはり百眼魔王の一族の生き残りか?」
「さあ、俺はあんな色狂いのアホ妖怪のお知りあいでもナンでもないね。――――たった一人の人間に、一族を全滅させられるような」
「―――それならなぜ百眼魔王の城跡を焼き払った?」

 三蔵が一歩前に出て、更にその男との間合いを詰めた。

「…俺が、あの城を焼き払ったといいたいのか?」
「そうでなければ他に誰がいる」
「そんなことを俺に相談されても俺は知らないな」

 男の掌の上でまた炎が形成されていく。一歩もたじろがず、三蔵は男に向かって珍しく長い台詞を吐いた。

「人間や妖怪の身体がそんな高温に耐えられるわけがない。石なんかより人間を蒸発させる方がよっぽど簡単なんだからな。
 貴様、一体―――」
「……さあ?貴様らが俺をあのアホ妖怪の城を焼き払った犯人と思っていれば幸せになるならそう思っておけばいいだろう。俺が誰かなんてことは貴様らには何の関係もない」
「…三蔵、危ない!!!」

 男の掌の上で成長しきった炎が三蔵に向かって放たれようとした刹那、悟空はそこに割って入り、如意棒でその炎を叩き落した。角度をそらされた炎が一瞬にして地面を抉り、人が3人は楽にはいるであろう大きな穴を穿つ。

「…ずいぶんと猪悟能をかばうようだが」

 男の目が怒りに彩られていく。

「許されるとでも思っているのか?この男が―――――何をしてきたか、貴様ら、知っているのか?」



「――――――生きていくのに誰の許しがいるって言うんだ?ああ?」
「―――遅いぞ、貴様」
「悟浄!!」

 紅の髪に、紅の瞳をもつ、一番背の高い男がそこに立っていた。
 先ほどから視界に全てもやがかかったように瞳の焦点の全くあっていなかった八戒が、その紅を認めた。

 鮮やかな、紅。

「……悟浄……!!」
「一番かっこいい男は一番最後に登場するのが永遠のパターンよ」

 ハイライトをくわえ、上弦の月よりも太った月を背景に悟浄が立っていた。黒々とした森に晧々と光を投げつけるその月は、悟浄をも照らし、その輪郭を一段と浮き立たせた。






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