うつろはんかな君待ちがてに




「三蔵の誕生日もクリスマスも新年もなーーーーーーーーーーーーーーんにもっ、なかったんだからなっっっっ」

 勢いよく並べ立てる悟空に気おされて、全くどうでもよい何でもない日にパーティー計画が持ち上がったのにのったのは、そうしたい、と八戒が思ったからだった。


 何もできなかった。
 言いたい事は山ほどあった。

 謝ってすむ問題では全くなかった。とにかく自分が存在しなければ巻き込まずにすんだ汚らわしい過去に巻き込んでしまった3人に対して、八戒はどうしたら自分の気持ちを伝えることができるのか考え付きもしなかった。

 でも、多分。

 すみません、とか、ごめんなさい、とか、そういうことを口に出せばきっと悟浄は悲しそうに笑うだろうし、三蔵は密かに怒り出すだろうし、悟空はなんで、なんで、と聞きたがるだろう。
 それくらいの想像はできるようになった。

 きっと彼らは、彼らの基準で判断し、そうしたい、と思ってくれたからこそそう行動してくれたのだろうということが。

 相手の気持ちを全く考えずに「すみません」といっておくのはとても楽なことだ。
 そこでその相手との関係をシャットダウンし、こちらが悪いように思っておけば自分の気持ちとしてはとても楽だ。

 じゃあ、それを見るその相手の気持ちはどうなのだろう。

 自分がしたいと思ったことをまるで「余計なこと」のように思われていると知ったら、それはきっとそのことをかなしく思うのは当然だろう。
 お手軽な「すみません」はそうやって相手のこころに刺を植え付けていく。
 本当に悪いと思ったときに使う以外、その言葉はたいしていい言葉ではないのではないだろうかと八戒は思うようになった。

 だからこそ、悟浄にも、三蔵にも、悟空にも、すみません、とは言えなかった。

 だったら、そんな気持ちを伝える言葉が見つからないのだったら――――――――


「八戒――――vvvあれとこれとそれも買ってよ!んでさ、でーーーーーっかいケーキやいてvv」
「いいですよ。なんせ最高僧様のお財布はきっとクラインの壷ですからね」
「……フン」

 バザールではしゃぐ悟空を尻目に、苦りきった顔で三蔵は袂からマルボロを取り出して、火をつけた。

「まーまー、三ちゃん、そんなしかめっ面しないで楽しむときは楽しまなきゃ損よ?」
「………死ぬか?」

 いつもと同じようにいつもと同じような低レベルの会話が繰り広げられる。悟浄は、手足の痺れが取れたのが快適らしく、足取りも軽やかに次々と店を(正確に言うとその売り子のおね―ちゃんを)ひやかしながら、三蔵にちょっかいを出すのも忘れてはいない。

「この海老!!すっげーうまそ――」
「悟空はきっと何を食べても美味しいんでしょうねえ」

 うれしそうに八戒の手をとり、悟空はあちこちでさまざまな食材を買い込んでいく。

「…こんなに一体誰が食べるんだ?」
「……悟浄さん!」

 悟空が持ちきれなくなった鳥1羽と林檎10個を当然のように押し付けられた悟浄は、それを肩に担いでため息をつこうとした。しかし、本格的にため息をつく直前に、ここ最近お世話になりっぱなしだった女性に声をかけられて、ため息を未発に終わらせた悟浄はくるりと声の主を振り返った。

「身体の調子はどう?飛び出して行っちゃったと思ったらそれっきりなんだから」
「あー、わり、月明」

 とてもきれいな声で微笑むついこの間までお世話になりまくった女性の背後で、その夫はせっせと串を売っていた。

「ここのバザールも逞しいわねえ」

 腰に手を当てて、月明はぐるりと周りを見渡す。

「ついこの間、百足の式神が出たって言うのに、もうこんなに活気付いちゃって。――やっぱり三蔵法師様の功徳が行き渡ってる証拠かしら」

 間違いなくその理由だけではないだろう、と悟浄はよっぽど言いたかったが、世の人の三蔵法師様の認識に一石を投じても悟浄に何の利益ももたらさなかったので、黙っていることにした。

「ま、私たちもこんなことくらいでへこたれてちゃ桃源郷でなんか生きていけないけれどね」

 そう言って、ころころと笑って月明は彼女と茲燕の「店」に戻った。勿論彼女は、「なんか買ってってよ」と付け加えることを忘れない。

「三蔵!」
「…気安く俺の名を呼ぶな!このくされエロゴキブリ河童!!」
「毎回毎回よく形容詞を考え付くな。お前もしかして暇なのか?」
「…………死ぬか?」
「…だから、悟浄…」

 八戒が間に割って入った。悟空は夢中でみずみずしいオレンジからジュースを搾り取っている店の前でその作業を見ている。悟浄は肩をすくめて、八戒を振り返ると、串を買っていこうと提案した。

「三蔵、お前さんのことを崇め奉ってる善良な市民がいるんだが、『ご尊顔』を見せてやってくんねーか?」
「……そーいうのはうんざりだ」
「まあまあそういわないで。俺を無理矢理押し付けたんだからさー」

 得体の知れない「敵」をおびき出すために、八戒と悟浄を離しておくことが必要だと判断した三蔵は、ちょうどたまたまそこにいた茲燕と月明に悟浄と悟空を押し付けたのだから、月明にとってはものすごくいい迷惑だったはずだ。悟空の食費は尋常ではなかったし(三蔵からかなりの額をもらってはいたが)悟浄の身体の毒はいつまでも取れなかったのだから、彼女にとってもどうしたらいいかわからなかっただろう。しかし、三蔵法師様の功徳によって救われた、と思っている彼女にとっては三蔵からの依頼は絶対だった。
 三蔵は、フン、と鼻を鳴らし、月明と茲燕の店で串を20本買うと、「帰るぞ」と不機嫌に言い放った。




 盛大に飲んで食って騒いで腹がくちて満足した悟空の首をひっつかんで三蔵が帰ったのは、もしかしたら彼なりに何か少しでも考えるところがあったのでは、と八戒は思った。 何せ、悟浄が百足の式神に襲われて以来―――二人は、ゆっくり話をする時間もなかったのだから。
 お盆に豆大福と、ジャスミンティーを入れたポットに、茶器をのせて、八戒はリビングのソファでごろごろしている悟浄の前に持っていった。

「どうぞ」
「わー――っっなんか俺もうこう…いやー、これぞ正しいあり方、って感じだよなっ」

 久しぶりの豆大福に悟浄は子供のように喜んで、それを一口でぱくりと食べてしまった。喉に詰まらせかけて、あわててジャスミンティーを口に含む。

「大丈夫ですか?悟浄?」
「―…うー、大丈夫………」

 けほけほっ、と軽く咳き込む悟浄の背中をゆっくりと八戒がなぜる。喉の奥にまだ何か引っかかっているのか、悟浄は一生懸命胸を叩いていた。

「そんなにあわてて食べなくても…」
「いや、あわてたわけじゃねーんだけど」

 なおも咳き込む悟浄を心配そうに覗き込んだ八戒を、悟浄はいきなりぎゅううと抱きしめた。

「……ごじょ……」
「…………何にも言わなくっていいからしばらくこうしてて」

 リビングの床にぺたんと腰を下ろし、ソファを背にして、悟浄は八戒を大切なもののようにそっとそっと抱きしめた。
 抱きしめられて、触れる悟浄の身体の全てから、何かが八戒の中に流れ込んできた。

「悟浄……」

 そこで一旦言葉を区切って八戒は悟浄の手をほどき、その紅の瞳を真正面から見て、真剣なまなざしで悟浄に言った。

「ありがとうございます」

 頭をぺこりと下げ、そして下げたまま顔を上げずに、いや、多分、上げられずに八戒は言葉を続ける。

「悟浄。僕は罪人です。人や妖怪を何人殺したか数え切れないくらい、ひどい罪を犯しました。―――僕が犯した罪の犠牲になった、誰にどう罵られても、僕は甘んじて受けるしか他に方法がありません」

 悟浄はまっすぐに八戒の下げられた頭を見ている。そして、何も言わなかった。

「花喃を失ったとき、僕が死んでいれば、こんなにも犠牲者が増えることがなかったということくらいは僕はわかっています。だけど、死んで詫び様にも、詫びる相手が多すぎて、僕ひとりの命では償いきれません。―――僕は自分のとった行動に少しも後悔はしていませんしね」

 くっ、と自嘲する声がかすかに悟浄の耳に届いた。

「だけど、悟浄。あなたを巻き込んでしまったことに対して、あなたは僕にとても大きな言葉をくれました。だから、僕は、あなたに謝らない」

 そう言ったあと八戒は沈黙を続けた。そして、しばらく逡巡したあと、勢いをつけて顔を上げて、八戒は悟浄を再びまっすぐに見つめた。

「悟浄。僕には生きている価値がこれっぽっちもないと思っていました。今でも思っています。

でも、もし、僕に生きている価値があるんだとしたら、それはあなたが僕を死なせたくない、と思ってくれているから――――なんて自惚れても、いいですか?」


 思い切りよく言ってしまって八戒はぎゅうと目を瞑った。悟浄からの返事を聞くのは正直とても恐かった。しかし、これくらいを言ってしまわないと、とても、自分の気持ちなど伝えられないということも分かっていた。
 多分、悟浄は、びっくり仰天するだろう。―――自分が、そんなことを言い出すということに。
 つまり、それくらい、そんなことを言い出してしまうくらい、悟浄が、自分にくれた言葉は大きかったのだと、八戒は伝えたかったのだ。

 三蔵にも、悟空にも、感謝の気持ちはものすごくあるけれども、何よりも誰よりも真っ先に悟浄に伝えたかったのだ。


「―――ありがとう」
 
 その悟浄の声がものすごく自分の近くで聞こえたことにはっとして、八戒が目を開けた瞬間、悟浄のやわらかで暖かな唇が、八戒の唇に触れた。名残惜しそうにその唇を離してから、悟浄は、八戒をもう一度ぎゅううと抱きしめた。

「じゃあさ。つまりさ。俺がお前に生きていてほしいって思っていれば、お前、死のうなんて思わずにいてくれるんだ」

 抱きしめた腕の中で、かすかに八戒の首が上下に振られるのを感じた悟浄は、ますます八戒を抱きしめる腕に力を込めて言った。

「好きだ。そういうところすごく好きだ」

 そして、八戒の頬が赤らんでいることを横目でちらりと確認して、悟浄はものすごく嬉しそうに笑っていった。

「なーんも、お祝いできなかったけどさ。クリスマスも、新年も」
「悟浄……」
「でも、お前がそう思ってくれるようになっただけで俺はいっぱいいっぱい」

 そう言って、悟浄は、深く、深く、八戒に口付けた。
 



 西方からの、妖怪が次々と凶暴化しているという噂が、まだ、笑って済ませられる程度の冗談としてとらえられていた、最後のクリスマスも新年も、当然そんなことだとは気付かないまますごした彼らは、翌年、揃って旅に出ることなど、勿論想像することすらなかった。






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