おんがく会のお弁当

「……ありがとう」

 ぎゅうっとさらに強く八戒を抱きしめて悟浄は言った。

「……ダメですよ。悟浄。僕、何にも言ってないじゃないですか」
「俺が言いたいの」

 八戒を腕から離して、その肩を両手で掴み、悟浄は悪戯っぽい笑いを八戒に向けた。

「例えばさあ、どうでもいい存在ってあるじゃん」
「……悟浄…」
「自分にとってどうでもいい存在は泣こうがわめこうがのたれ死のうが自分にはこれっぽっちも関係ないわけじゃん」
「……」
「だけどさあ、自分にとって何か気にかかる存在ってさ、目の前でうろちょろされてたら嬉しいかうっとおしいかどちらかだろ」
「……悟浄」

 唇はカーブを描き、笑っている形をとっているが、悟浄の紅い瞳は既に笑ってはいなかった。なんとも言えない深い深い紅をたたえて、悟浄はまっすぐ八戒を見た。

「とりあえず俺、目の前でお前がうろちょろしてたら、めちゃくちゃ嬉しいから。お前が嬉しかったら俺はもっと嬉しいし、お前が楽しかったら俺はもっと楽しい」

 ……恥もてらいもなくきっぱりと言い切った悟浄はそれが傍から見たらどれくらい恥ずかしい台詞なのかわかっていっているのだろうか。
 どこをどう考えてもめちゃくちゃ歯の浮きまくるそんな台詞を、でも、悟浄に言わせてしまった自分が八戒は情けなくなってしまった。今晩何度目だろう。
 それこそ歯が浮きまくるべたな誕生日のお祝いをしようとしていたのは自分だ。世間一般的に力の限りお祝いする誕生日というものを悟浄とすごすことができるということをわくわくして準備していたのは確かに自分だ。

 最後の最後になってためらって、悟浄に気を遣わせて、悟浄に結局頼って甘えている自分がいることを八戒は強く自覚した。

「……すごい口説き文句ですよ。それ」

 深い澄んだ湖の湖底のような色をたたえた碧の瞳を悟浄に向け、八戒は言った。

「悟浄の言い方をかりるなら、僕も、悟浄が僕の目の前にいてくれることがとても嬉しいです。
 あなたが笑ってくれたら僕はとても嬉しいし、あなたが僕のお茶を飲んでくれることも僕には嬉しいし、ごはんをおいしいといって食べてくれることも僕には嬉しいんです。
 悟浄、あなたの存在そのものが、僕に嬉しいをくれます。それだけじゃないですけど、もっとたくさんのものをあなたからはもらってますけれど、とにかく、あなたが、いまここに、僕の目の前にいてくれることがとてもとても僕は嬉しいんです」





 

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