Birthday Card



 
…さそり座が厄日かどうかと問われると、絶対に今日は厄日だと言える―――そう三蔵は確信した。目の前には、カードとペンを持ってにっこり笑って立っている八戒が一人。
「…俺に、これを、書け、と。」
「そうです。」
にこやかに笑って八戒はさらに三蔵の胸元に向かってカードとペンを押し付けた。
「…何で俺が、あのエロゴキブリ河童のためにこんなことしなきゃなんね―んだ?」
八戒の笑顔には逆らえないことをよおおおく知っている三蔵は、あからさまに肩を落としながらもしぶしぶペンを取った。自分が厄日だと思っている以上に、きっとこのカードを手に取った悟浄もそれをおもうだろう。
「やだなあ、三蔵。僕たち『仲間』じゃないですか♪」
やけに嬉しそうに八戒が言う。
しかしいくら笑顔の八戒の頼みだからと言って、何が嬉しくて、悟浄にBirthday Cardを書いてやらなくてはいけないのか三蔵は理解に苦しんだ。
「ま、これはゲームもかねてますから、三蔵、気合入れたほうがいいですよ。」
「…ゲーム…?」
「そう、ただのBirthday Cardじゃちっとも面白くありませんからね。せっかくの悟浄の誕生日だし、ちょっと趣向を凝らしたものを、と考えまして。」
そう言って、八戒はいたずらっぽい微笑を浮かべ、三蔵に顔を近づけた。
「…実はね、このカード、誰が何を書いたか、悟浄に当ててもらうんです。見事悟浄が正解すれば、何を書いたか当てられた人が悟浄に好きなものをおごる。悟浄が一人も当てられなければ、僕らが悟浄におごってもらう
 …どうです?楽しいでしょう?」
声を潜めて八戒はまるで悪戯の共犯者を作るかのように三蔵の耳元でささやく。
三蔵は天を仰いだ。
「…悟浄に、えらい甘くないか?」
「だって悟浄の誕生日なんですから。それくらいはしてあげないと。それより、ほら、三蔵。すぐに自分だってばれるようなこと書いちゃうと不利ですよ。」
 もう少しで危うく「死ね」とか「煩悩の塊」とか「髪の毛切れ」とか書くところだった三蔵は、すんでのところでペンを置くことに成功した。
 自分の書いたことを当てられてしまえば、あの役立たずのクソ河童に好きなものをおごらないといけなくなるという…
しかし。
しかしである。
つまりは自分が書いたと思わせなければいいのだが、そのためにはまるで思っていることとちがうことを書かなければならない。
例えば。
『誕生日おめでとう。君の未来に乾杯!』とか。
『君とこの日を過ごせて嬉しい。心の底から、おめでとうを贈る』とか。
『君にとってこれからの1年が幸せなものになりますように』とか。
…自分の手がこれらの言葉をこのカードに書くかと思うと、三蔵は悪寒が壊れたエレベーターのように背筋を上下するのを感じた。
「…サルは、もう書いたのか?」
三蔵自身がそうであるのだから、きっと悟空も悩みに悩みぬいているにちがいない。
「悟空はあんまり考えすぎてちょっと今ひっくり返っていますよ。」
…自分に正直だ、という点ではまさしく桃源郷一を誇るであろう悟空は、頭ではきっと自分がわかるように書いてはいけないと言うことを理解していても、手が言うことを聞かないのであろう。
 不機嫌のオーラを全身からみなぎらせつつ、あきらめて三蔵はペンをとり、言葉をつづろうとカードを開けた。
「…おい、八戒。」
「なんです?三蔵。」
あくまでもにこやかに八戒が答える。
「…悟空は、まだ書いてないんだろう?」
「そうですよ。」
「じゃあ、何でここにすでに5人分もの書き込みがあるんだ?」
 …三蔵がカードを開くと、既にそこには筆跡が明らかに違う5つの言葉の塊が書き付けてあった。長方形のカードを横に使い、中心には大きく「悟浄、誕生日おめでとう」の文字がある。その文字を中心に、放射状に言葉が伸びていた。
「ああ、それですか。それはちょっとこのゲームを面白くしようとしまして。」
「お前、書いたのか?」
「そんなズルはしませんよ。それはちゃんと5人の方々にお願いして書いていただいたものです。」
「5人の方々…?」
ひっきりなしに送り込まれてくる、もうすでに日課となってしまったかと思うくらいの刺客を叩きのめし、宿を見つけ、食糧を確保し、睡眠をとり、その間に怪我の治療をしたり洗濯をしたりルート検索をしたり、とにかく時間がない現在の状況で、よくもまあ5人もの知り合いを作れたものだ、と三蔵は感心した。
「僕たちだけの分じゃ、すぐにわかっちゃって悟浄もつまんないでしょうから、もらってきたんですよ。紅孩児さんご一行に。」
 …ペンとカードを持ってにこやかに4人組に迫る八戒が容易に想像できた三蔵は、ついさっき感心などしてしまった自分に激しく舌打ちし、心のそこから紅孩児に同情した。
「独角さんは結構喜んでましたけどねえ。」
 それ以外にとってはそれはそれは喜べない話だっただろうな、と三蔵は思った。
「じゃあ、もう一人は?」
「ああ、一応雑魚も混ぜとかなきゃいけないかな―と思って、名もない、作者に目も描いてもらえない刺客さんにも一人、書いていただきました。」
「お前は書かないのか?」
「僕、発案者ですから最後に書きます。」
「―――…」
もう何もいえなくなった三蔵は、とうとう覚悟をきめてペンを走らせた。
「ありがとうございます。三蔵。これで悟浄もきっと大喜びでしょう。」
カードを手に、悟空の元へと向かう八戒を呆けた顔で見送った三蔵は、あることに思い当たると、一目散に洗面台へと走っていった。そして、心にもない、まったく思いつきもしない、考えたくもない言葉をつづった右手を何度も何度も石鹸を泡立てて洗っていた。

 
「悟浄、誕生日おめでとうございます。―――これ、僕たちからのプレゼントです。ほんの気持ちですけど。」
そう言って、八戒がカードを差し出したのは、雑魚キャラを一掃し、残るは紅孩児さまご一行のみ、となった戦闘の最中であった。
「…八戒…お前…」
「ああ、心配ありませんよ。三蔵、そんなにあからさまにこめかみ抑えないで下さい。ここから先はゲームなんですから。」
うきうきした、という形容が一番よく合うであろう八戒の言葉に悟浄が反応した。
「ゲーム?」
「そうです。せっかくの悟浄の誕生日ですからね。悟浄、そのカード署名がないでしょう?誰が、どれを書いたか見事当ててください。当てた人から、好きなものをおごってもらえますよ。」
そう言われて、悟浄はカードを開き、そして、頭を抱えて座り込んだ。
そこに並んでいた言葉と言えば、一体誰がこれを書いたんだ、とでも思わなければとても生きていけないような言葉ばかりであった。
「ああ、そうそう、悟浄、一人も当てられなかったら、そのときは悟浄のおごりですからね。頑張ってくださいv」
さらに追い討ちをかけられた悟浄は、その見たくもない文字列をじっくり眺めざるを得なくなってしまった。
筆跡で悟られないようにわざわざクソ丁寧に文字を書いてみたり、どう見ても利き手じゃない手で書いたり、まったく手が込んでいるカードだ。
世間一般にいうところの誕生日のプレゼントというものは、こんなに贈られた本人を苦しめるものなのだろうか…悟浄は真剣に悩んだ。
 例えばこれが「八戒の手料理」とかいうのであれば、それはもうこれほど嬉しいものはない。同居していたころはその手料理を死ぬほど食べていたということがどれだけ贅沢なことか、この旅に出たあと悟浄は思い知ることになってしまった。
 また、100歩譲って、八百鼡という美女から心にもないとはいえカードを贈られたのであればまだ納得もしよう。
 独角からは…照れくさいが、多分そこには本当の気持ちがこめられていると思ってもいい。それくらいは少々自惚れてもよさそうである……が。
だが。
しかし。
………
たっぷりと時間をかけてそのカードを読み解いた悟浄は、唯一答えを知る男、八戒にその組み合わせを告げた。
「ああ、悟浄、それじゃあ…」
にっこり笑った八戒が告げた答えに、悲鳴が重なった。
…さて、おごることになったのは一体誰だろう?

問1 次のA群とB群の組み合わせで適当だと思うものを選び、それぞれ解答欄に記号で答えよ。(5点×8問、完答のみ100点)

A群

ア 悟空  イ 三蔵  ウ 八戒  エ 雑魚  オ 八百鼡  カ 李厘  キ 独角  ク 紅孩児

B群

a Happy Birthday and May God Bless you!
b 悟浄さん、お誕生日おめでとうございます。これからもお手柔らかにお願いします。
c 悟浄、また年とるのか?オヤジくさくなるなよ。
d 看到弟弟的表情很好、他心理很高興.
e 悟浄、たとえお前がクソ河童でも、今日ぐらいは祝ってやる。喜べ。
f おめでとうございます。また、来年も悟浄の誕生日をこうやってお祝いできるといいですね。
g おめでとうなんていえた義理じゃないけど、でも、やっぱりおめでとう。祝ってあげたい人がいる誕生日っていいもんだな。
h 大好きな悟浄、大切なあなたの誕生日にこうしていられてとても幸せです。

 































解答

ア―e、イ―h、ウ―f、エ―a、オ―b、カ―c、キ―g、ク―d



 

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