懸隔。





 僕は今・・・有る思いに悩み苦しむ。
 薄々カンジてはいたもののこの西への旅に入り改めて思い知らされた、この思い。
 口に出すべきか否か。胸に秘めたままで触れない方の方が良いのか否か。
 悩み苦しむ。
 そう、それは・・・。
 悟浄はみんなに対して「あんましオレの中に入って来ないでね」と。
 時折凄く曖昧に・・・笑ってる、と・・・。

 
 そして僕は腑と想い出してみる。何時か悟浄が僕へと語って呉れた過去の(想い出)話しを。

 
 人は自身の過去を語る時、必ずしも物事を美化したり過剰したりする事も在るけれど、少なくとも、その戯けた口調の中から垣間
見れた核心部には嘘偽りは無いハズ、だと。
 僕は少なくとも、そう受け取れた。
 だから・・・。


 俗世間では一般に禁忌をされる異種間の交わり。
 その「禁忌」とされる妖怪の父親とニンゲンの母親の間より生を受けた悟浄は「禁忌の子」として周囲の心ない大人達から、そして
義理の母親から虐げられ幼少期を過ごす。
 それでも自分は幸せだったと悟浄は言い切る。
 決して裕福ではなかったけれど其処には常に温かな温もりが在ったから、と。
 何時も自分はジエンに守られてもいたから、と。
 叶わなかった思いに憂いだ時期も在ったけれど、今ではもぉーどーでも良いんだ、と。
 
 そう云えばこの時の悟浄も凄く曖昧に・・・笑っていたよなぁ・・・。

 そしてその時の悟浄の笑みが僕の心臓を強く抉り、現在(いま)に至っている。
 

 悟浄はホントに良く笑う。
 でもそれは・・・一種の防衛手段に過ぎないのだ。
 僕には判る。
 ぅん、判るよ。何故か・・・。
 大勢の人達に囲まれて、当たり障りのない話題で盛り上がってバカ騒ぎして。
 そう遣って自ら築き上げた世界観の中に身を投じながら常に孤独と背中合わせで生きて居た悟浄。
 一体、今までどんな思いを抱きながらヒトリでの時間を過ごしてたんだろう。
 ・・・一体どんな思いで・・・。
 その辺僕は幸せだった。僕の場合、何時も吠えて居たから。
 自分自身に、否この世界全てに憂い拒絶し、生きて居たから。
 『誰も入って来ないでぇ!』
 と。
 少なくとも、そぉ遣って自ら狭ばめた世界観の中で吠えてもいたから。
 そして知った、花喃の存在。
 愛し愛する事で自己愛に浸っていた過去の自分。
 もしかすると・・・あの時の僕は、自分自身の存在を此の世の全てから拒絶されたんだと受け取ったのかもしれない。
 花喃が百眼魔王の餌にとして差し出されたあの時、僕は全てから否定されたんだと。
 でも、ナニも出来なかった。
 一番大切で一番大事だと思ってたモノが、ナニも救えず守りきれず、そしてナニも――――――変わらず。
 そう。今でもあの時の事は克明に憶えている。
 拒絶し、哀願し懇願を繰り返す全てのモノに対し、僕はせせら笑いながら奪い、そう遣ってひたすら前へ前へと突き進んで行た事を。
 そして。
 僕は在るべき姿を捨ててまで、こうして今・・・生きても居て・・・。
 千の妖怪の生き血を浴びてまで・・・生きても・・・居る。
 
 確かに。
 過去、僕の犯した罪は如何に正当化しようとも決して許されるモノでは無い。
 判っている。判っている。
 それなのに、悟浄はナンでこんなにも僕を温かく迎入れて呉れてたんだろう。
 「一緒に棲まねぇか?」とまで云って呉れたんだろう。
 キモチの良い詞ばかりをも呉れるんだろう。
 僕の望み欲しいモノばかりを与え続けても呉れるんだろう。
 ぎゅっと抱き締めても呉れるんだろう。
 そして、どうしてこんな僕を――――――愛しても呉れたんだろう。
 生きる様に諭されて。その赤いイロで此の世に繋ぎ止めて。
 一番近くに居て、傍に居て。
 何時も大きな仔犬の様にまとわりついても来るくせにぃ。
 ホンの一時期だけど悟浄の存在が鬱陶しいとまでカンジた時期すらも有ったのにぃ。
 ホントそれなのに・・・今では悟浄が居ない現実がこんなにも不安にさせる・・・。
 大きく成り過ぎちゃったのかな?
 僕の中での悟浄の存在、そのものが――――――。

 ハンドルを握り絞め平坦な道成にジープで走らせてながら考える事と云ったら全て悟浄の事ばかり。
 上手く運転に集中出来ない。
 このままじゃーいけない、と。
 判っているのに。判っているのにぃ・・・。
 でも、上手く集中・・・出来なぃ・・・。
 「・・・っかぃ?はっかい?八戒?!」
 そんな時、だった。
 突如助手席から掛けられる独特の低い声音に意識を取られその声に過剰反応しながらブレーキペダルを思いっ切り踏み込みながら
覚醒を促される僕。
 「・・・・・・ぁ・・・。」
 砂煙と嫌な爆音を伴いながらジープを急ブレーキを掛けて止めてしまった事実に軽く謝罪する。
 でも、そんな僕に対して二人は全く怒ってはいなくて。
 それ処か。
 「運転代われ、八戒」
 と。
 ハンドルを握り絞める左手に重ね添える三蔵の右手。アメジスト色した真摯な眼差し。
 「・・・・・・ぁ、スミマセン。三蔵。」
 心配して呉れてるんだ。こんな僕を――――――。
 再度謝罪の弁を述べて僕は素直にその申し出を受けると後部座席に腰掛けて眺める景観。
 ・・・悟浄ってば何時もこの場所から僕の事観てたのかなぁ。
 そして三蔵の運転で再び走り出すジープの中、頬杖を付きながら替わりばえしない景色を眺めていると僕の躯は突如自由を奪われ
温かな体温が全身を包み込んで行く。
 それは煙草の臭いが一切しない、大きな胸板だった。それは少し荒れ気味の大きな手。
 僕の後頭部を優しく撫でては更に僕の躯を拘束して行く。
 犯人は一体誰か、ナンテは愚問かな。
 直ぐに悟れたのけれど、僕は与えられた行為に対し敢えて拒絶はしない。
 それ処かこの優しさに甘んじながら上目遣いに見上げて犯人と思しき人物の名を呼び問い掛けてみる。
 すると。
 「八戒・・・オレ、アイツに逢えたら絶対ぇーぶっ飛ばして遣んからなぁっ。」
 と。
 「ナンで?」
 「良いよな?八戒。」
 「ナンで悟浄を殴るのに僕の許可を取る必要が要るのですか?悟空?」
 「ぅ〜〜〜ん・・・。ナンとなく、かな?」
 こうして何時も何時も何時も、僕は・・・犯し続ける罪を彼等に許され癒されて行く。
 でも、どぉーしてこの二人はこんなにも優しいのだろうか。
 どぉーしてこの二人はこんなにも、ありのままの僕を受け入れても呉れてるのだろうか。
 ホントにどぉして?
 視界は既に流す泪でナニも映さず、ナニも見えない状態。
 下唇を噛みながら堪えてみせる嗚咽。
 そんな僕の晒す醜態に時折小さな舌打ちを繰り返す三蔵と、優しく僕の後頭部を撫で続けて呉れている悟空。
 この時の僕には、不器用ながらの二人の優しさが痛切に身に浸みた。
 ・・・・・・慰められているのが判った・・・。
 そして。
 自ら寄り添うかの様にして胸倉を軽く握り締めては貌を埋めて。
 悟空の温かさに甘んじながら見出して行く在る結論。開眼して行った在る想い。
 恐らく。
 悟浄も今の僕と同じ思いに浸っていたから、あんな風に曖昧に笑っていたのかなぁ。
 ・・・・・・だから・・・。
 『これ以上入って来ないでぇ!』と、自ら引いたラインだったのに。
 今正に、そのラインすらも取り払っても良いと願えれた人達に出逢えたのだから。
 「ねぇ、ごくぅ」
 取り払っても良いと想えた人達が、こんなにも近くに居たのだから。
 だから・・・。
 そうでしょう?そうなんでしょう?
 ねぇ、ごじょぉ――――――――。
 「御免なさい。もぉ少し、もぉ少しだけ・・・こうしてて貰ってても良いですか?」
 それにしても情けないなぁ。
 こんな時に泣き言を吐いてしまう僕って。
 そして悟空の胸って、何時の間にこんなにも広く大きく成っていたのかな。ちっとも気付かなかった、僕。
 「もぉ少ししたら・・・チャント復活しますから。」
 んでもって悟浄は、こんなココロの葛藤と戸惑いを誤魔化す為にも、何時も笑ってもいたのかなぁ。
 「ぅん?八戒?」
 何時も。
 「お願ぃ・・・」
 何時も、何時も。
 「うん、判ったぁ!」
 今の僕の様に・・・。

 
 云いたい事なら山の様に有る。
 どぉして空き缶を灰皿替わりにするのか、とか。
 どぉして僕達に一言位声を掛けてから行って呉れなかったのか、とか。
 でも今は・・・悟浄の居ない寂しさ(現実)に泣いて。
 泣いて泣いて泣き崩れて。
 涙が枯れるまでこのまま泣き続けて。
 そして悟浄と無事再会出来た暁には、チャント笑顔で迎入れよう。
 そして全ての事にカタが着いた暁には、絶対に此の台詞を云って遣ろう。
 「ぅん?どぉーしたの?八戒?」
 ・・・・・・絶対にぃ・・・。
 「嘘吐き」
 悟浄の方からだったんですよ。傍に居て呉れよなって、僕に強請ったのは。
 それなのに、ホントそれなのにぃ・・・。
 「はっかぃ?」
 呪文の様に繰り返す、独白めいた呟き。
 吐息だけで何度も何度も囁いてもみる。
 「・・・嘘吐きぃ・・・」
 と。
 「悟浄の・・・・・・嘘吐きぃ・・・。」
 ――――――と。


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