・・WHEN I'M SIXTY FOUR〜10000歳の恋人へ・・




 目が覚めたら、ひどく天気が良かった。
 昼時の陽光は一足飛びに季節を飛び越えた初夏の眩さと暖かさで、そのくせ空気は柔らかく甘い春の香を含み、さやさやと梢を鳴らす風の涼しい音が耳を掠めていく。 気候が不安定な時期なので、春が来たかと思えば冬に逆戻りする日もある。どうやら今日はかなり駆け足で時間を前へと進んでしまっているらしい。ほとんど雲のない澄んだ青空を見上げ、悟浄は随分と機嫌の良い自分を自覚していた。
 暖かくて、陽射しも青天も綺麗で、風は爽やかで――洗濯物がはたりと翻る音が窓から忍び入ってくる。
「よっと」
 とても気分の良い日だから、とても優しい気持ちになれた。だから、その優しい気持ちを悟浄は八戒と分け合いたかった。
 起きて行ったリビングでは、八戒は昼食の仕度をしている最中だった。
「おはようございます」
「…はよ」
「すぐご飯にできますから、座って待ってて下さい。あ、新聞どうぞ。珈琲飲みます?」
「んー……」
 考え込みながらの返事に、八戒はすぐに珈琲を悟浄の前に置いた。ほわん、と、白い湯気がカップの縁からたちのぼる。
 八戒の言葉どおりにテーブルにはすぐさま食事の皿が並び、悟浄は食べ慣れたそれに箸を取った。
「なぁ八戒」
「はい」
 食後、食器を洗う後ろ姿に向けて悟浄は呼びかけた。振り返らずに八戒が答える。
「今日、忙しい?」
「いいえ」
「んーじゃーさー、俺に甘やかさせて」
「………はい?」
「なんかさぁ、すっげ八戒のコト甘やかしたいんだけど、俺にしてほしい事とかない?」
 言葉の意味が上手く伝わらなかったのだろう、八戒は泡だらけの手にスポンジを持ったまま振り返った。悪戯を企む子供を見る母親のような表情を八戒は浮かべた。
「メシ作って欲しいとかさぁ、掃除して欲しいとか、畑の草むしりとか、あ、ご奉仕してほしいってゆーのでもOKだぜvv」
「…はぁ……」
 にやりとして告げた悟浄に、八戒は大きく瞬きをした。
「ない?なんか」
「えっと…」
「なんでもいいよ。どんな我儘でも聞きましょう」
 芝居めかして大袈裟に悟浄は腕を広げてみせる。細い首を僅かに傾げながら、八戒は思案気味に睫を伏せた。
「じゃあ…」
「なに」
 何を云ってくれるのかと悟浄がかなり期待しながら見つめる先で、八戒は白い小さな顔に優しい笑みをたたえた。
「髪の毛を洗わせて下さい」
「………――は?」






 しゃわしゃわと泡の起つ音を耳元で聞きながら、悟浄は目を開けた。
「なぁ八戒」
「はい」
「…これって、なんかちがくないか?」
「違わないですよ」
 細く開いた風呂場の窓から外の風が入ってくる。お湯をはらない湯船の中に服を着たまま入った悟浄は、浴槽の縁に頭を預けて仰向けで天井を見ている。上から悟浄に覆い被さるような体勢の八戒は、嬉しくて仕方ない子供の顔をしていた。
 細い指が悟浄の頭を洗う。
 しゃわしゃわと泡が起ち泡が消える音だけが浴室に響く。
 とても同性の手だとは思えない綺麗な手を八戒はしていて、その綺麗で器用な手が丁寧に悟浄の髪を洗っていた。一房一房、こするのではなく泡と絡ませるようにして八戒は髪を洗う。指の腹が頭皮を揉み、強すぎず弱すぎない力が頭のツボを押した。あまりの気持ち良さに、悟浄は日溜りで伸びる猫のように脱力しかかっていた。思わず閉じそうになった瞼を悟浄はなんとか持ち上げる。二の腕まで袖をまくった八戒の白い腕が、ちょうど悟浄の顔の上を通過した。
 夜にオレンジの室内灯の下から見上げるのと、昼間の白光のもとで見るのとでは浴室の雰囲気も随分と違う。八戒と二人で風呂場にいるのに健全すぎるこの雰囲気がくすぐったいような残念なような気がして、悟浄は小さく嘆息した。
「悟浄?」
「やっぱ、違うだろ、これ」
「そうですか?でも悟浄、僕の我儘聞いてくれるって云ったじゃないですか」
 くす、と、笑い声がして、八戒の顔が上下逆に悟浄の視界に入った。
「俺はぁ、お前を甘やかしたいって云ったんであってぇ、お前に甘やかされたいって云ったんじゃないんだけど」
「僕、悟浄に甘やかされてますよ」
「これでかぁ?」
「はい」
 ふんわりと八戒が笑った。その綺麗な笑顔で八戒は動けない悟浄の頬に口付けを落とす。
「甘やかしてもらってます」
 優しい声で逆に悟浄を甘やかすように八戒は囁いた。濃茶の毛先が風にわずかに揺れる。すい、と、視界から八戒の顔が消えた。
「流しますよ悟浄。お湯をかけますから、熱かったり冷たかったりしたら云って下さいね」
 シャワーコックを捻った音がしたと同時に水がタイルをうつ音が浴室に響く。湯気と熱が顔の横で感じられ、悟浄は視線だけでそちらを見た。白い掌に八戒が湯を受けて温度を測っている。水滴が跳ねて光を弾き煌いていた。八戒の掌の上で、小さな光が踊っているように見える。
「はい、やりますからね」
 さーっと髪を湯が伝う。指が優しく髪を梳きながら頭皮を揉む。
 髪を洗うという行為自体は、日常悟浄自身がするものと同じだ。けれど、たったこれだけの事で大事にされて甘やかされているように悟浄が感じられるのは、八戒の表情や触れる指が優しいからだ。
 すすぎ終った髪を軽く絞って八戒がリンスを揉み込んでいる。それから今度はそれを流し、ふわふわのタオルが悟浄の頭を包んだ。
「悟浄、起きてもいいですよ。髪を乾かしましょう」
「乾かすくらい自分で…」
「僕の我儘をきいてくれるんですよね。乾かしたいんで、やらせて下さいvv」
 にっこりと花のように笑う八戒に悟浄が逆らえるはずもなかった。
 タオルで水分のほとんどを吸い取った後、八戒はドライヤーのスイッチを入れた。ぶおっと暖かい風が頭と首に当たる。髪を幾房かに小分けしてピンで留め、八戒は温風を当てた。ひどく嬉しそうな八戒の姿を鏡に映して悟浄は見ていた。
 伏せ目がちにして髪を見下ろしながら、八戒はドライヤーを細かく動かしている。口元に刻まれた笑みは柔らかく、自分のためにそんな表情をしてくれているのかと思えばそれだけで悟浄の胸中は温かくなった。
 ただ、やはり、たまには悟浄は“自分が八戒を”甘やかしたかった。
 乾いた髪をよけ、八戒が次の房をピンから外した。
「楽しい?」
 鏡の中の八戒に向け尋ねれば、満面の笑みをたたえ――けれど視線は髪に落としたまま八戒が答える。
「すっごくvv」
「…そうですかい…」
「不服そうですね、悟浄」
 笑いを滲ませた声と眸で八戒は鏡越しに悟浄と視線を合わせた。悟浄は鏡像の八戒から後ろにいる本物の八戒を振り返る。
「だってこれさぁ、俺が甘やかされてるだけじゃん。俺がお前を甘やかしたいのによぉ」
「僕、甘やかしてもらってるって云ってるじゃないですか。本当に、悟浄の髪の毛を洗いたかったんです。シャンプー屋さんごっこしたかったんですよ」
「しゃんぷぅ屋ぁぁぁ?」
「はい――」
 ふっと八戒の視線が下がった。乾いた悟浄の髪の感触を楽しむように指先が表面をすべる。
「花喃の髪の毛を乾かすの、僕の仕事だったんです」
 見上げる悟浄と目を合わさずに、八戒はそれまでとは違った笑みを浮かべた。
 男の顔をして笑っていると悟浄は思った。
 最愛の女を想う男の顔。
 こんな表情をもしも浮かべさせる事ができるのなら、世の女は他の何もかも捨てるのではないのかと悟浄は思った。愛しさや優しさや暖かさに形を与えたなら、今のこの八戒の顔になるのだろう。悟浄の胸を突く表情。悟浄の知らない表情。
「僕、花喃の髪が好きで、短く切らないでほしいってお願いしてたんですよね。で、花喃は、切らない代わりに手入れを手伝えって」
 くすりと薄い唇に新しい笑みが刻まれる。その時の事を思い出しているのだろう。くすくすと零れるそれは八戒が幸せだった時のものだ。悟浄には八戒の回顧を止める事はできない。花喃と居た悟能が存在するから、今の八戒が悟浄の横に居るのだ。ただ、ほんの少し、胸が痛い。
「流石に洗ってあげた事はなかったんですけど、乾かすのと梳くのと編むのは僕の仕事でした」
 云いながら、八戒は悟浄の乾いた髪束を指の間から落とした。真紅の髪がさらさらと白い指からすべりおちていく。そして未だ濡れている部分の髪を八戒は手に取った。表情が、ふ、と、変わる。同じように笑顔に分類される表情ではあるが、それまでとは何かが違った。
 ゆるりと視線を上げ、八戒は悟浄を見つめた。目が合って、悟浄は何が違うのかすぐに判った。表情に色や温度があるのなら、それらが違うのだ。今さっきまでの、思い出を見つめた、暖かいが回想でしかないセピア色の笑みとは違う。もっとはっきりした笑貌は、確かに悟浄に向けられていた。古いアルバムを懐かしく眺める笑みではない。一緒に笑ったり怒ったりする時の八戒の表情に、悟浄はゆっくりと腕を伸ばす。滑らかな顎のラインを指で辿ってそのまま掌を頬にあてれば、八戒はドライヤーのスイッチを切って自分から悟浄の手に頬を添わせた。
「悟浄に構うのが、好きなんです。誰かに構ったり構われたりするの、本当はあんまり好きじゃないんですけど、でも、悟浄に構うのは凄く好きなんです。悟浄に甘えてもらえると物凄く嬉しいんです。どうしてでしょう……解ります?」
 半ば伏せた長い睫の奥から悟浄を見つめる八戒の瞳には、確かに甘えの色が滲んでいた。
 甘やかしたい、と、手を焼かせて困らせて、自分だけに甘えて欲しいと甘える八戒の複雑怪奇な甘え方に悟浄は苦笑する。愛しているの言葉だけでなく、必要とされている事を行動や態度で実感したがる八戒は、悟浄に甘えられる事を望むのだ。“甘えて欲しい”と恋人に甘えられたら、我儘で甘ったれた手のかかる男になるしかないではないか。自分勝手で横暴だと時々八戒は悟浄を評するが、悟浄をそういう人間にしているのは八戒なのだ。
本当は、悟浄は他人に構われるのが好きではない。身体的な接触は別だが、精神的にある一定線より内に近寄って来られると半歩だけ身を引いてしまう。一歩ではなくほんの小さな半分――決して届かない半分。
けれど――
 頬に当てた手をそのまま八戒の後頭部へ伸ばし、自身に引きよせるように悟浄は力を込めた。
「そりゃ、俺らがめっちゃらぶらぶだからだろ?」
 悟浄の顔に重なる八戒の白い面に、幸福という名の笑みが刻まれる。笑み崩れながら閉じられた翡翠の瞳に写る自分も同じように笑っている事を、悟浄はちゃんと確認した。






 ラジオから流れる異国の音楽に悟浄の低い声が重なる。
 キッチンで少し遅い3時のお茶の準備のために動き回る悟浄の気配を、ソファに腰かけ瞳を閉じて八戒は追っていた。
 話し声よりもわずかに低い掠れがちの声は、寝室で八戒を翻弄する時のそれに似ている。
 悟浄の髪を洗って、乾かして、さて次は何をしようかと楽しく考えた八戒の手を引き、悟浄はソファに座らせた。
『お前、ここから動くな』
 我儘な命令にみせかけた言葉と優しい笑顔で、悟浄は八戒をソファに留める事に成功した。

      “When I get older losing my hair many yeare from now 
       will you still be sending me a valentine,
       birthday greetings bottle of wine.”

 男性ボーカルに被さる悟浄の滑らかな声。
 八戒自身はこの歌を知らないが、悟浄は歌詞の意味を理解して歌っているのかと心の中で笑いながら首を傾げる。
 珈琲の芳ばしい香が漂ってきた。
 午後の陽射しはただただ優しい。
 手足の力を抜き、だらりと八戒はソファにもたれた。背凭れに首を預けるようにしながら仰のいて天井を見上げる。隣で丸くなっているジープがもぞりと動いた。
 ゆっくりと八戒は目蓋を持ち上げた。
 ふわりとカーテンが風をはらみ膨らむ。視線だけ動かし、八戒は広がっては戻るカーテンの動きを眺めた。目には見えない風の流れが、まるで寄せて返す波のように緩やかなカーテンの動きで視覚的に捉えられるのはとても不思議な事だ。
 形のない気持ちを、言葉という、やはり目に見えない――けれど確かに存在するもので伝えるのに似ている。
 好きだ、と、言葉にできる幸せ。
 好きと告げた想いを受け止めてくれる相手がいる幸せ。
 悟浄の望みを叶えたい、悟浄に幸せでいてほしい、悟浄に笑っていてほしい――大切な相手に対して願う当たり前の事の数々。
懐っこい表情と態度でスキンシップを好むくせに、でも、本当は悟浄が他人に構われる事――踏み込まれる事が嫌いな事に八戒が気付くまでたいした時間は必要なかった。だから、同居人から恋人に格上げになった当初もできるだけ悟浄に踏み込まないようにしたものだ。でも、悟浄はそれが不満だったらしい。八戒だけは違うのだと、言葉にしてちゃんと伝えてくれた以降、八戒がくすぐったさに笑ってしまうほどの行動を悟浄は取るようになった。
大切なものを大切にしても良いのだと、愛しさは間違いではないと、ごく普通の――ありふれているが優しい事を悟浄はきちんと八戒に伝える。普段は饒舌な悟浄が、本当は気持ちを言葉にする術をほとんど知らない事は知っている。それでも悟浄は不得手なりにちゃんと八戒に教えてくれるのだ。
 ふっと影が視野に入った。
「起きてるか?」
 乱れ一つなくきっちりと長い髪を後ろでくくった悟浄が真上から八戒を見下ろす。結び付けるように八戒が髪に絡めた碧のリボンに、不平一杯の表情を見せた割には悟浄はそれを外さなかった。今も、赤い髪に映える翡翠色の細いリボンはちゃんと髪をゆわえた部分に結ばれている。悟浄が自分で縛ったのではなく、八戒が縛ったから、悟空曰くの触覚以外の悟浄の髪は全て後ろに撫で付けられていた。面長の男臭く整った綺麗な容貌がすべて顕わになっている。八戒だけの前でなら、悟浄は頬の傷を晒す事に抵抗を示さなくなっていた。
「えぇ」
 悟浄の姿を瞳に納めると自然と零れる笑みで八戒は答えた。悟浄は八戒の白皙の額を指で軽く弾いた。
「珈琲はいったぞ」
 弾かれた額を指ですりつつ八戒は身を起こす。
 テーブルには銀の珈琲ポットとマグカップが二つ置かれていた。
 長いコンパスを生かして3歩で悟浄はテーブルの横に立つと、ポットを右手に持ちカフェの給仕のように優雅な仕草でカップに注いだ。

      “When I get older losing my hair many yeare from now
       will you still be sending me a valentine,
       birthday greetings bottle of wine.”

 ラジオから流れる音楽にのせて、悟浄の唇からいくつもの音が零れ落ちる。

      ――今からずっと時が経って
        僕の髪がなくなるほど年寄りになっても
        君はまだ僕にバレンタインや誕生日のワインを贈ってくれるかい

「もちろんです」
 こそり、と、口中で八戒は呟く。薄い唇の端を持ち上げ、悟浄の胸を誇らしさと愛しさで満たす満開の花よりも美しい笑みを浮かべて八戒は立ち上がった。

      “Will you still need me,will you still feed me,
       when I'm sixty-four.”

「64歳が640歳でも、10000歳になっても、答えは“Yes”です」
「は?なに、なんか云ったか?」
「いえ。ねぇ悟浄、キスして下さい」
「へ?」
 珈琲ポットを持ったまま悟浄が固まった。
「なんです、その顔」
「…いや、今日雨降るって云ってたっけ…?」
 右手にポットを持ったまま、屋内であるにもかかわらずわざとらしく悟浄は掌を上に向けて左手を翳した。片眉を器用に持ち上げて八戒は悟浄の左手を見つめた。
「これはどーゆー意味ですか?」
「あんま珍しい事があると、雨降るとか雪降るとか槍が降るとか云わねぇ?」
「――キスしたくないんですね」
「うそーっ、したいですっ。させて下さいっ」
 云いながらすぐさま悟浄はポットをテーブルに戻して八戒を抱き締めた。くすくすと喉の奥に絡む柔らかな笑い声を八戒はたてる。肉厚の色っぽい唇が八戒の目尻に触れ、瞼をなでるように掠める。それに誘われて瞳を閉じた八戒の唇に、優しく悟浄の唇が重なった。
「こーんな感じ?」
「うーん。もうちょっと可愛いのがいいですねぇ」
 語尾に触れるだけのバードキスが重なった。
「こんなン?」
「80点」
「うっわ、低っ」
 一瞬だけ眉間を寄せた悟浄は、だがすぐに楽しそうに笑うと三度目のキスを八戒に贈った。
「いかがでしょー」
「85点」
「えーっ、んじゃあさぁ」
 少し長めのキス。唇でくすぐるようにした後、高い鼻に高い音をさせておまけのキスが落ちてくる。
「90点、かな?」
「まだかよおい」
 不満の言葉もそれを紡いだ悟浄自身が笑っていては意味がない。薄い背を抱く腕は悪戯に動き始め、八戒も筋肉の綺麗についた悟浄の背を抱き返した。
「例えばあなたがハゲてしわしわの10000歳のおじいちゃんになっても、あなたがほしいし、あなたを満たしたいですよ」
 悟浄の骨の当たる肩に頬を乗せて八戒は笑いながら囁いた。一瞬不思議そうに動きを止めた悟浄は、だが、すぐに強く八戒を拘束する。
「よっ」
「うわっ」
 力ずくで無理やりに悟浄は八足の足を床から浮かせた。
「ご、悟浄っ」
 ほんの数センチ宙に浮いた状態になったと思ったら、そのまま八戒は立ち上がったばかりのソファに逆戻りさせられた。少々乱暴な仕草で座らされ、その衝撃に寝ていたジープが驚いて飛び上がる。きょろきょろと悟浄と八戒を交互に見やってから、ジープははふと息を漏らした。もしもジープが人間だったなら、それは呆れの嘆息以外何物にも見えなかっただろう。そのままジープは安らかな睡眠を貪るためにリビングからどこかへ出ていった。
「この格好いい俺様が、しわしわのハゲ爺なんかになるはずねーだろ?」
 座る八戒の足の間に膝立ちになり、悟浄は八戒の双手を手に取った。
「10000歳なら判らないじゃないですか」
 悟浄の手に遊ばれる自分の手をおかしそうに見つめつつ八戒は応じた。
「10000歳でもっ――…なぁ八戒」
 不意に悟浄は身を伸び上がらせた。八戒の肩に顎を乗せ、頬に頬をすりつけるようにする。八戒は横目でそんな悟浄を見つめた。上目遣いに小犬のように濡れた瞳で悟浄は八戒を見上げた。甘く溶けたようなその紅が八戒はとても好きだ。
「はい」
「俺が10000歳のしわしわハゲ爺でも、俺の事ほしがってくれんの?」
「えぇ」
「俺の事、満たしてくれんの?」
「えぇ」
 ふんわりと八戒は笑う。
「あなたは?悟浄。あなたは僕を欲しがってくれますか?僕を満たしてくれますか?――僕が10000歳のよぼよぼお爺ちゃんになっても」
「お前なら、10000歳でも20000歳でも、絶対に美人な爺になるって。もちろん、いつでもどんな時でも欲しいぜ。今でも、さ」
 頬に悟浄の唇が触れる。それは首筋を滑ってから八戒の唇に戻ってきた。
「“Will you still need me,will you still feed me,when I'm sixty-four”?」
 歌いながら悟浄が問いかける。
 紅宝珠よりも綺麗で貴重な世界で一組だけの宝石が八戒を欲しがっている。
 64歳でも、10000歳でも、八戒は悟浄が欲しいし、悟浄を満たしたい。
 悟浄を大切にしたい、悟浄を甘やかしたい、悟浄に甘えて欲しい。
 いくつになっても、どれほど年老いても己を欲しがってくれるかと、八戒の為に我侭に望んでくれる優しい恋人。
 ずっとずっと時が経ち、今を思い出にするほどの時間が流れても、悟浄を欲しがる自分を八戒は容易く想像できる。永遠も絶対も信じられないけれど、それでも、悟浄を欲しいと思う気持ちは強くなりこそすれなくなりはしないだろう。
「Yes」
 言葉と行動と全てで八戒は答えた。




 When I get older losing my hair many yeare from now
      今からずっと時が経って 僕の髪がなくなるほど年寄りになっても

 will you still be sending me a valentine,birthday greetings bottle of wine.
      君はまだ僕にバレンタインや誕生日のワインを贈ってくれるかい

 Will you still need me,will you still feed me,
      まだ僕を欲しがってくれるかい 僕を満たしてくれるかい

 when I'm sixty-four.
      64歳になっても


『WHEN I'M SIXTY FOUR/ビートルズ』
John Lennnon and Paul McCartney 
SGT.PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND 

 

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