はるけき君を

 …あれはどう考えてもキスしようとしていたのだ、と八戒は思う。
 悟浄自身もそう言っていたのだからきっとそうには違いない。
 
 悟浄の、長い、長いきれいな睫毛が伏せられ、わずかに震えていた。あまりにそれが自然で、思わず八戒はそこで目を閉じかけたほどであった。

―――そう、自然。自然、だった。

 悟浄はモテル。キスを交わした女性など千人単位でいるんじゃないかと思うくらいモテル。だから多分、悟浄にとってはキスすることなどまったくもって何の感慨ももたらさないものであろうことは簡単に予測できる。
 そりゃあ、好きか嫌いかで分けたら、好きな方の部類には入れてもらっているのだろうけれど。

 大体悟浄は男で自分も男だ。

 ハグならできる。
 世界が未だたった二人であった頃、目の前で泣き出した教え子を、どうすることも出来ずにただずっと抱きしめていたこともある。

 ただ、キスは―――

 キスは、花喃としかしたことがなかったから。

 そんなくだらないことにこだわる自分をおかしいと思う。
 まるで女みたいだな、とも思う。

 ただ、くちびるとくちびるを触れ合わせるというその行為は、相手をよほど選ばないと嫌悪感ばかり先に立つおぞましい行為ではないか、と八戒は思っている。

 花喃は自分の半身だった。自分は花喃で、花喃は自分だった。

 だから、キスすることも、抱き合うことも、ごく自然なことのように思えていた。花喃を抱いているときは、自分の中の足りない半身がようやく満たされていくような幸福な錯覚を抱いていた。

 でも、花喃はもういない。

 やさしく自分を呼ぶ声も、てらいもなく道の真ん中で絡めてくる指も、シーツの波に見事に広がった長い長い髪も、きれいにきれいにほほえんだその瞳も、全て、失った―――――

 「あ―――、ダメダメダメダメ、こんな天気のよいこんな昼間からこんなことばっかり考えてるのは」
八戒は思いっきり頭を振って、暗い淵に沈みかけた自分の思考を振り払った。

 暗い暗い心のうつろに沈み込もうと思えばいつだって簡単に沈みこめる自分を気にかけてくれる、やさしいやさしい同居人に、また、負担をかけるわけにはいかない。
 自分が壊れるたびに、淵に沈み込もうとするたびに、自分の手を取ってくれる、紅の瞳の持ち主には、できる限り笑っていてほしいと思う。自分でできることがあるならばできる限りのことがしたいと思う。

 強い人だと思っていた、あの悟浄が、あんなに簡単に壊れることもあるのかと八戒はあの時とてもおどろいた。
 禁忌の子供。
 禁忌の子供だけが持つ紅の髪と瞳。
 あんなにつらそうに、あんなに悲しそうに、自分を見て、それでも自分に笑っていてほしい、といってくれた。
 かなしくてやさしいあの人を、本当に好きだと思った。
 笑っていてほしいと、心のそこから思ったのだ。

「洗濯物、早く干さなきゃ―――」
 洗濯籠から景気よく白い大きなシーツを取り出して、八戒はそのシーツを物干し竿にかけた。



 ―――八戒が、自分のことを好きだといってくれた。

 好きだという感情がいったいどんなものなのかまったく想像もつかないけれど、そういわれたときには本当に嬉しかった。めちゃくちゃ嬉しかった。
 今まで色んな女にそういわれた。
 そのどれともまったくちがう。
 うっとおしいだけだったその言葉が、自分の心を満たしていく。

 そしてその上、あの、きれいな碧の生き物はこの手を離れることなくまだ自分の家にとどまってくれている。
 まだ、あのきれいにきれいに微笑む人は、自分の同居人と言う身分で紹介することができる。
 本当にきれいに笑う。
 悟浄は心のそこからそう思っている。
 そして、多分、もっともっときれいに笑える日が来ることもきっとあるだろうということは分かっている。
 できることなら、その笑顔を見てみたい。
 それは自分のエゴでしかないことはよく分かっている。大切にしたい、だなんて所詮自分の都合だ。
 どうしたら大切にできるのかなんてこともまったく分からない。
 
 ただ、どうしても抱きしめたくてたまらなくなるときや、どうしても―――キス、したくなるときがある。

 一体キスしたい、というのはどういう感情なのだろう。
 相手にナニを求めているのだろう。
 自分はどうしたいのだろう。
 
 寝たい、というのは分かる。それは生理的欲求だと思っていればいい。愛情なんてなくたって男というものは射精できるし、いくらでも表面を取り繕うための嘘の言葉を吐ける。

 じゃあ、キスしたいという欲求はどういうものなのだろう。それをしたからといって子孫が繁栄するわけではない。
 ただ単に、くちびるとくちびるを合わせるというその行為と、例えば手と手をつなぐ、ハグをする、という行為の差は一体どこにあるのだろう。
 体の一部を触れ合わせる、ということであれば、それらには何の変わりもないはずだ。

 だが、悟浄はハグでは満足できずに、どうしてもキスしたくなるときがある。

 だからそこにはきっと何らかの違いがあるはずなのだろうが、悟浄にはどうしてもそれは分からない。

 なぜ、キスしたい、そう思うのか。

「…ていうか、ナンで、キスすんのいやがるのかなー」
 ベッドの上で頭をかきながら悟浄は寝起きでボケた表情のままつぶやいた。
 
…彼にとって、性別というものはまったく関係ないものなのであろうか。



「お祭りでもあるんですか?」
 久しぶりに八戒と2人で街に出た悟浄は、冬の日差しの中口々に何か騒ぎ立てながら駆けずり回る人の群れを見やった。
「…ああ、そーいやこの辺、新年のお祭りやるんだった」
「新年…?」
「ゴコクホージョーをカミサマにおいのりするんだとよ」
「…?仏の教えさえ実践してれば人は皆救われるんじゃないんですか。この辺では」
「…ま、ボーズが先頭に立ってお祭り騒ぎしてるんだからなー。寄付金やら何やらでフトコロはあったまるし、無礼講だとか言って公然と酒は飲めるし、喜んでんじゃない?」
 街のはずれの森の中の一軒家の悟浄宅の周りには、当然店もなければ市場もない。したがって、たまに街に買出しに行く=大量の買出しをする、という構図は見事に完成されている。=(イコール)どころか、≡(合同)でくくりたいくらいだ。
 洗濯物を干し終わった八戒がリビングに戻ったとき、悟浄はちょうど起きてきた所だった。寝ぼけて抱きついてくる悟浄を適当にあしらって、眠気覚ましのアッサムを淹れると、悟浄はディンブラがいい、と言い出した。生憎ちょうど茶葉を切らしていることを告げると、なら、買出しに行こう、と悟浄が言った。
 …多分、それは、まったくの口実だ、ということは八戒にはよく分かっていた。
 自分の神経の損傷を自分以上に気遣ってくれる悟浄は、黙って、でも絶対に八戒に重い荷物を持たせてはくれなかった。肩と首と脳の神経は、思った以上に強い力で結びついている。肩が下がれば、それだけ神経を引っ張る形になるのだ。
 でも、それを口に出せば八戒が必ず遠慮をして、一人で買出しに行くと言い出すことは目に見えているので、悟浄はあれこれ口実をひねり出す努力をしている。そして、八戒にはそれがわかるから、余計に何も言い出せない。

 真っ先にディンブラを買って、そのあとハイライトを1カートン(!)買い込むと、悟浄はあとは八戒の後ろをついて回り、八百屋、魚屋、肉屋、と主婦の買い物コースを満喫するツアーに出た。添乗員が遠慮して、重いものを買うのを躊躇していると、親切なそのツアー客は平気な顔をしてぽんぽん買い物篭に酒でも米でもほおりこんだ。

 年を越せるくらいの買出しを終えてふと街の様子を見やると、お祭り前のお祭り騒ぎだった、というわけだ。

「新しい年を迎えるからってナニがいいんだろうなあ」
悟浄が早速ハイライトを取り出して紫煙をくゆらせながらいう。
「そりゃあときどき区切りをつけないと気分があらたまらないじゃないですか」
「…ナルホド。そーいうものなのね」
妙に納得して悟浄がうなずく。確かにそういわれれば、ときどきは何か節目があってくれると便利だ。
「ところで悟浄、お祭りがあるんなら、せっかくだからもう少し見ていきませんか」
八戒が悟浄に向かっていう。
「…お、いいねえ。多分振舞い酒が出るぜ?こーいうときは、ボーズに感謝…」
言いかけた悟浄に、誰かがドン、とぶつかった。
「何だ貴様!」
居丈高で耳障りな声ががなりたてた。頭を丸めているのでどうやらボーズの集団らしかったが、それは坊主というより、ごろつきといったほうが正しいような人間たちだった。
「まーそー言われても、ぶつかってきたのはそちらさんだし」
一応悟浄は返事をしてやる。
「我らは玄奘三蔵様の部下だ!それを知っての狼藉か…?」
凄みを利かせて特に陰険な目つきをしたボーズが言う。寝不足なのか何なのかよくわからないが目の下にクマを作ってまで迫力を出そうとしている涙ぐましい努力が笑える。
「…三蔵の部下だとよ」
「…三蔵のほうはきっと部下だと思ってないでしょうねえ」
大げさに肩をすくめて悟浄が言えば、これまた大げさに八戒がため息をついて答える。
「…三蔵様を呼び捨てにするとはいい度胸だ!貴様らのような輩は地獄に落ちてしまえばいい!百八の責め苦を味わって、二度と転生できない姿に成り果てるのだ!!」
「…大した破嘴(ポーツェ:不吉な呪い)だな。ボーズのくせにそんなこと口に出していいのかよ」
絵にかいたような悪役の台詞にあきれ果てた悟浄が、相手をするのも馬鹿らしいという口調で言う。
「貴様のようなやつを救うために我らは修行しているのではない。貴様のようなやつはじゃまだからさっさと地獄に落ちてもらったほうが我らも無駄な労力を割かずにすむ」
 さも当然の理論を口に出すかのようにすらすらと言葉をつむぐ坊主どもに、最早返事をする気力もなく、これ以上いやな言葉を浴びせられて気分をわるくするのもいやなので、悟浄はくるりと後ろを向いて、その場を立ち去ろうとした。全員のしてしまってもよかったのだが、せっかくのお祭りの場をこんなアホどもに付き合って盛り下げるのもあまり趣味ではなかった。
「悟浄…」
 あわてて八戒が悟浄の後を追おうとした。
「…フン、このあたりの住民は無知だからあのような汚らわしい存在を許しているのだ。見よ、あの、忌まわしい髪と瞳の色を――――」
 おそろしい勢いで悟浄が振り返るより先に、最後まで台詞を言い終えることができず、その言葉を発した坊主は殴り倒されていた。
「…何で、もっと早く殴り倒しとかなかったんでしょうね…」
笑顔すら消して八戒が二人目の坊主の胸倉をつかみ締め上げながら言う。
「その汚らわしい口を二度と利けなくして差し上げましょうか。それともこのまま三蔵の前まで引きずっていってあげてもいいんですよ」
その八戒の押し込めようとしても押し込められない怒りに気おされて、その首を締め上げられている坊主は、何度か死にかけた魚のように口の開閉を繰り返したあと、ようやくかすれた声を押し出した。
「…き、貴様らのような下賎な者どもに三蔵様がお会いになるとでも思っているのか!」
「…まだそんな口が利けるんですねえ」
八戒は、僅かに手に力を入れた。
「三蔵の権力を自分の権力と勘違いするような下賎な下衆野郎のたわごとにはこれ以上付き合っていられませんね」
そう言って、心底相手をするのも無駄だというように手を振り払った。その坊主は手の動きにつられて短いスカイダイビングを行い、見事に顔面から落ちた。
 いつのまにか集まっていた見物人から失笑が漏れる。羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めたその坊主は、それでも捨て台詞を残すことに余念がなかった。
「…下賎の者め!―――その禁忌の子供も所詮…」
あっという間に腹に5発、顔面に3発食らったその坊主は八戒の足元で今度こそ本当に伸びた。
「聖職者だからといって頭がいいわけじゃありませんね。ぼくがそんなに平和主義者に見えますか?殺されたいんです?」
残った坊主どもはおびえて寄り添いながら、激しく頭を振り、否定の意を示す。
「…い―――よ、もう、八戒」
八戒の肩に悟浄が手を置く。
「…でも、悟浄…」
「い――の、こんなアホどもに付き合ってる時間が無駄だって」
そう言って悟浄は荷物を抱えて歩き出した。八戒はおびえて自分を見上げる坊主と伸びている2人の坊主にはまったく目をくれず、悟浄のあとを追った。
 見物人からの冷笑を浴びて、それでも何も言い返せず、その坊主というよりごろつきの集団はひたすらおびえて固まり、八戒の姿が完全に見えなくなるまで、立つこともできなかった。。



「…俺、手えだすのは誰より早いって自信あったんだケド」
夕食後に、お気に入りのディンブラを淹れてもらった悟浄は、八戒の手さばきをボーっと見ながら言う。
「僕だって手を出すつもりはありませんでしたよ」
注意深く最後の一滴まで出し切って、八戒は、悟浄と自分の分のカップに芳香を上げる琥珀色の液体を満たす。
「ま、あんなアホどもにこだわって貴重な時間を費やすのはもったいないなー――」
悟浄が八戒の傍によってくる。
このスキンシップ好きの同居人が、見た目以上にダメージを負っているだろうことは、八戒に容易に予測できた。
振舞い酒も待たずに、さっさと引き上げてきた同居人はすでにハイライトを3箱消費している
ちらりと時計を見やって、肩を抱こうとする悟浄の手からするりと抜け出た八戒は、にっこり微笑んで悟浄に大きな黒い包みを手渡した。
「―――なんだ、コレ?」
かさかさした手触りのそれに悟浄が当然のごとく疑問を投げかける。
「まあいいですから。ちょっと寒いですけど、外に出てみましょうよ」
「え――――、ちょっとどころじゃない―――――」
「はい、コレ悟浄の上着です。あ、そうそう、ライター持ってきてくださいね」
「???―――八戒さん?」
ほら、と悟浄の手を取って八戒は家の外に出た。
しぶしぶ悟浄も手を引かれて外に出る。

満天の星の片隅に細い細い月がすでに沈もうかという位置にきていた。
吐く息が白く凍る。
遠くの街から、お祭りの喧騒の断片が漂ってきている。

「悟浄、それ、開けてください」
「…おう」
…黒い包みにはかさかさかわいたものがいっぱいに詰め込まれていた。つん、と硫黄と樟脳の混じった匂いがする。どこかで見たことがあるような気がするが、何の用途に使われるものなのかはすっかり忘れてしまった。
「悟浄、ライターかしてください」
八戒は黒い包みの中から1メートルくらいの紐に紙を巻いた筒が魚の背骨のように連なったものを取り出して、その先端にライターで火をつけた。

ばばばばばばばばん!

派手な音を立ててそれらは龍が踊るようにくねってはじけた。
「なんだよ!!脅かすなよ。あーーー、心臓止まるかと思った」
この音を聞いて悟浄はようやくそれが爆竹だということに気がついた。
「春節はコレがなくっちゃはじまりませんよ」
そう言って八戒はまた、別の紐の先端に火をつける。

ばばばばばばばばばばばばばばばばん!

さっきより紐が長い分、音もハデに長く続き、爆竹は悟浄の足元ではぜつづけた。

「…てめ、八戒!!わざと俺のほうに投げただろう!」
「さあ?春節なんですから、悟浄v」
にこにこしながら八戒は次の爆竹に火をつけようとしている。
八戒の手からそれをひったくって悟浄は火をつけたそれを八戒のほうに投げつけた。
「――!悟浄、そんなあからさまに投げつけないで下さい」
爆煙をもろに吸い込んでむせながら八戒が言う。
「春節なんだろ?い―――じゃん、無礼講で♪」
「…そっくりお返ししますよ…」

ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばん!!!

そうして、爆竹は二人の足元ではぜつづけ、悟浄で一抱えもあるような黒い包みの中身はあっという間に消費されてしまった。
樟脳のにおいと、なかなかおさまらない煙の中で、二人はちょっとはしゃぎすぎてつかれた子供のように、地面に腰を下ろして足を投げ出し、両腕で体を支える格好をしていた。

ひときわ大きな歓声が遠くの街から聞こえてきた。
同時に寺院の鐘も一斉に打ち鳴らされているようだ。甲高いカーン、という音から腹に響くごおおん、という音まで、個性豊かな音が聞こえる。

「…除夜の鐘っつーもんは静寂のなか心を落ち着けて聞くモンじゃねーの?」
「そー言う年もあればそうじゃない年もあるんですよ、きっと」
「…そーいう問題か…?」
なぜか必死で笑いをこらえている八戒のとなりで悟浄は真剣に悩む。その悟浄の悩む姿が余計におかしいらしく、八戒は肩を震わせて口元に握った手を当てて、一生懸命笑い声を出さない努力を続けていた。
「…そんなことより」
笑える腹筋のせいで少し揺らいだ声で八戒が言う。
「悟浄、年が明けました」
「…さっき、さんざん爆竹でお祝いしたからなー」
空を見上げて悟浄が言う。
「…昨年は、本当にお世話になりました」
笑いをようやくおさめて深々と八戒が頭を下げる。
「悟浄、あなたに会えて本当によかった、って思います」
「…何だよ、あらたまって」
悟浄が体を起こし、八戒のほうを向き直って言う。
いつもと少しだけ違う八戒の雰囲気に焦る自分をどうにかしているとは思うが、焦らずにいられるかといわれるとそれは少々無理な話のようなので、仕方がない、と悟浄は現状を受け入れることにした。
「悟浄、僕は……―――」
そう言って八戒は、悟浄に顔を近づけた。
一度、その瞳の色が淡い星の光に照らされて綺麗に碧に見える位置で顔を止め、数瞬ためらった後、瞳を閉じて、そしてその唇が、軽く、本当に軽く悟浄の唇に触れる。
 …状況がよく理解できなかった悟浄は、ただその触れてすぐに離れた唇の感触だけは脳裏に鮮やかに再現できた。
 1秒にも満たなかったであろうそのキスの瞬間に、あたたかいものが胸いっぱいにこみあげてきた。
 何とも表現しようがないその気持ち。
 大切にしたい。
 笑顔でいてほしい。
 そして、本当に言葉にできないこの胸の中の八戒に対する気持ち。
 とてもあたたかで、その思いがあるというだけでなんだか自然に笑顔が出てきてしまうようなそんな気持ち。
 …たった一度のキスが、その思いをより強くしていく。
 
「…八戒、ズルイ」
いつのまにかうまいこと八戒をその手の中におさめて悟浄が言う。
「―――え?」
いきなりの悟浄の台詞に驚いて八戒が少し身をよじって悟浄の顔を見る。
「だってさ――、俺がキスしたいときには全然してくれないのに、何の心の準備もまったく全然してないときにいきなりスルんだもん」
「――――その言い方は非常に誤解を招きそうな気がしますが…」
八戒が苦笑する。
「ナニ、じゃあいっそ最後までヤっちゃう?」
「……悟浄……殴り倒されたいんですか?」
「―――大いに嘘です。めちゃくちゃ嘘です」
ホールドアップの姿勢で、悟浄が攻撃的笑顔の八戒に言う。

…風がどうっと吹いて、寒さがどうっと二人に押し寄せてきた。
「あーーーさむーーー」
「そろそろなかに入りますか」
身をちぢこませる悟浄に声をかけ、八戒が悟浄の手を引く。
 その手はとても暖かかった。

 できるのならば、自分のこの気持ちを表現する言葉を今すぐ誰かにもらいたかった。
 そうはうまくいかないからなんとも言えない、言えていない自分が少し情けない。
 とにかく、心の中がどんどんあの碧で占領されていく。
 そしてあきれたことに、その占領具合が自分にとっては気持ちのよいものなのだ。
 欲しくて欲しくて欲しくてたまらなかった、自分のとなりで自分に笑ってくれる存在が八戒なのだと少し自惚れはじめている。
 自惚れついでに、もしほんの少しでも、八戒が、さっきのキスで同じようにあたたかさを感じてくれているのならば、コレがキスをしたいという欲求の根底にあるものではないか、と思ってみたりもする。


 細い細い29日目の月は山の端にかかり、星はますます輝きを増して、風はやはり断片的に街の喧騒を運んでいる。
 この二人にとってのとても重要な年は、爆竹の派手な音と、そしてはじめてのキスとで始まった。


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