熱
「優しくなきゃイイのか?」
悟浄の両手が八戒の肩をつかみそのままベッドに押し倒した。両膝は八戒の細い腰をしっかり挟み込んでいる。そのまま八戒を見つめる悟浄の双眼は切羽詰まった色を浮かべている。この角度から悟浄を見るのは悟浄に拾われて気がついたとき以来だと、八戒はぼんやり思い出していた。
「俺がおまえに酷くすればイイのか?」
悟浄の体が八戒に覆いかぶさった。緩く結ばれていたバスローブの紐が解けて、八戒の薄い胸があらわになった。
・・・アツイ・・・
悟浄のシャツを通して熱が伝わってくる。
・・・人ノ体温・・・アツイ・・・
飢えた生き物がむさぼるように悟浄の口が八戒の首筋にあてられた。きつく吸われて、息を飲んだ。そのまま軽く歯を当ててカフスのはまった左耳まで一気に滑らせる。悟浄の舌が貝殻のような耳介をなぶる。唾液のたてる音がじかに脳髄に響いて思わず漏れた自分の声が、八戒にはひどく遠くに聞こえる。
悟浄は器用に膝を使って八戒のバスローブの前を完全にはだけた。馬乗りになり見下ろした悟浄の眼に八戒のからだが余すところなく晒された。まだ生乾きの髪が白皙の額に乱れてかかっている。濃い影をたたえて息づいている鎖骨の窪み。引き攣れてにぶく光る腹部の傷痕さえも悩ましい。その下の叢の陰りと未だうずくまったままの百合の蕾。それらを一瞥の内に視界に焼き付けた悟浄は、八戒の背中に手を廻してその上体を起こした。顎をつかみ閉じられたままの瞼に唇を押し当てる。唇を離した悟浄は、右手で八戒の柔らかなままのものを掴んで
「眼をあけろよ、八戒。俺を見ろ」
八戒の瞳が自分を捕らえたことを確認してから、その耳元に口を寄せた。
「俺は・・・禁忌だ」
八戒にはその意味が解らない。
「おまえが言った戒めの色は、禁忌の子供の証しなんだよ」
掠れた声が八戒の耳でささやく。言葉をつなげながら悟浄の手は八戒をなぶりだしている。意味をなさない悟浄の声を必死に拾っているのに、八戒のからだはそれとうらはらに熱を帯び始める。百合の蕾はほころび、確かな質量をもって塔へと変化していく。頂きに薄い浅蘇芳のドームを持つ塔は、からめられた悟浄の指に確かな反応を返していく。薄い胸が上下し、はやくも塔の先端からは透明な香油が滴りはじめてる。それは悟浄の掌ににじむ汗と交じり合い、喘ぎ声すれすれの荒い息づかいと共に、妙にくっきりとした音をたてて耳に響く。
うっすらと開かれた八戒の眼に映る悟浄の貌は無表情だ。そこに意味をみいだす八戒の思考は既に停止している。中心部から脊髄を駆け上がる快感だけが今の八戒のすべてだ。もう、眼を開けていられない。苦痛に耐える表情で、眉をひそませる。
「イケよ」
刹那、からだを強ばらせ声にならない声で叫んだ。無音の声と共に吐き出された白濁が悟浄の掌を濡らす。八戒はゆらりと上体を崩した。左腕でその背を受け止めて静かに横たえる。濡れた掌をシーツで拭い、涅色の髪に指を遊ばせて悟浄が言う。
「おまえがやったことを俺はどうこう言う気はないし。俺ってば存在そのものが禁忌だそうだから、ドッテことねぇーよ。なぁ、だから、もう黙って消えるなよ」
「ごじょう」
「嫌になったら、そう言えよ。ま、もっとも離すつもりはないけどな」
「いいんですか?僕、本気にしますよ」
「いーんでない?」
半身を起こして煙草に火を点けた悟浄はにやりと笑った。
「で、さ、八戒さん。俺マダなんですけど。イイ?」
八戒の頬がさっと朱に染まったが、そのまま黙って頷く。灰皿に煙草を押し付けた悟浄は、ふいに真顔になって八戒を抱き寄せた。
「俺、酷くするかもしれないぜ」
「かまいません」
と一言いって八戒は悟浄に口づけた。
八戒の乾いた唇を受け止めた悟浄は性急に舌を口腔に侵入させて八戒のそれにからめた。貪欲にむさぼりながら悟浄の右手は自分のシャツのボタンを外していく。はだけた胸に八戒の奇麗な手がおかれる。掌を伝わる鼓動と熱が確かに悟浄がここにいることを八戒に教える。コレハヤッパリ夢ジャナイ。
身体の奥深くまで吸い出すようなきつい口づけを受けながら、八戒は何度もコレハ夢ジャナイと自分に言い聞かせる。腕はいつしか悟浄の背中に廻されてきつく抱き締めている。
ふいに唇を離し、悟浄は八戒の頭を掴むとゆっくりと下におしやった。悟浄の意図を察した八戒は胸から腹へおずおずと舌を這わせた。悟浄はもどかしげに
ジーンズのボタンをはずしジッパーを下ろした。質量と熱を持ったそれが息づいているのが下着越しにはっきりとわかる。一瞬のためらいの後に八戒は下着の上からそれにくちづけた。
「ちゃんとシテよ、八戒」
取り出したソレを口腔に含みながら、これから先これが自分を永くここに繋ぎとめる楔になってくれることを、願っている自分に気づき、やっぱり自分は最低だ、と八戒は思った。
初めての行為なのにも関わらず抵抗もなく舌を這わせている自分を、悟浄はどう思っているのだろう。眼を閉じている八戒には髪をしっかりと掴んでいる悟浄の熱い手と、もはや熱の塊と化して口中のソレだけしか感じられない。
いきなり、髪が後ろにひかれた。掠れた声が耳にとどく。
「コレでイっちゃうのは、もったいないでショ」
八戒のからだを自分の上に抱きあげ、右の中指と人差し指をその口にしゃぶらせる。閉じることのできない口から透明な唾液がこぼれていく。そんな有り様すらきれいにみえる男なのだ、と悟浄は思う。知らずにもれた息がまるでため息のような音をたてた。熱い息が八戒の耳元をくすぐる。口から抜かれた悟浄の指が唇を撫でてそれから背骨をゆっくりと降りて行く。脊椎を辿り仙骨を這いその奥のあわいに押し込まれていく指が、否応なしに八戒のからだを強ばらせる。粘膜を剥がす痛みに押し殺した呻きがもれた。
「ここ、いい?」
八戒は無言で頷いた。からだが竦むのは、慣れない行為に対する生理的な反応だ。今の自分はそうされたいのだ、と八戒は強く思った。それが決して欲望のせいではないとわかっていたが。
指がからだの内部で蠢く。深紅の髪に染み付いたハイライトのきつい香が強く香った瞬間、脳髄が純度の高い快感にふるえた。ゆるやかに立ちあがりかけた形のままで、悟浄の腹の上に吐き出されていく液状の生命。あまりのあっけなさに、羞恥を覚えることすらできずに、呆然としてしまう。
ずるりと指が抜かれた。その指が自らの腹の上の液体をすくう。そしてまた、今度は幾分性急に押し込まれ、内壁を拡げるように動く。
「なぁ、八戒。男をイカすなんて、簡単なんだぜ。」
乾いた口調で告げながら、指を動かし続ける。熱を帯びたそこが熟れて行く。
空いている手で八戒の手首を掴み、自分のソレに添わせる。それは熱く脈打つ塊であり、これから八戒を穿つ楔となるものだ。この楔が自分の体液と血でまみれるのかと思うと胸の奥がざわつき、きつく握りしめた。
八戒の手がやんわりとふりほどかれ、からだの中から指が引きぬかれた。悟浄はからだを反転させ、八戒をうつ伏せに組みしくと、一気にからだを押し進めた。撓む背中を押さえ付け、悟浄自身をも傷つけかねない軋みにも躊躇せずにソレが八戒を穿っていく。
「・・・っ」
痛みは鋭角なエッジだ。あの時切り裂かれた腹の痛みとは違う痛みに凌辱された姉の痛みが頭をかすめる。が、容赦ない動きが思考を飛ばす。うっすらと眼を開ければ、深紅が揺れている。自分の肩に、首筋にかかる悟浄の髪。内部を充填し蹂躙する熱と質量。
・・・イタイ、イタイ、・・・イ、イ・・・イイ・・?
痛覚に混じる微かな甘さに、たじろぐ。込み上げてくるものが、嘔吐感なのか快楽のあえぎなのか区別がつかない。背後の動きが一際激しくなり、肉を打つ音が響く。
ふいに動きがやんで、八戒の中で悟浄が弾けた。荒い息が遠くに聞こえる。
ゆっくりとからだを抜いた悟浄は、八戒の首筋に軽い口づけを落してその華奢な背中を抱き締めた。
言葉も無く。