□万年寝太郎□



「もう少しでお宝の島ね!」

 ナミがうきうきとした声で隣にいたチョッパーに話し掛けた。チョッパーもお宝に興味はあるし、何よりずっと退屈だった時間を通り越してわくわくするような冒険へ行くことができるのがとても嬉しかったので満面の笑顔でナミにうなずき返す。
 ゴーイングメリー号は夜明け直前の漆黒の夜の中をすばらしいスピードで進んでいた。

「うわ、なんだあの岩!ウソップの鼻みてー!」

 船首にのぼっていたルフィが唐突に素っ頓狂な声を出す。みると確かにルフィの指差す方向には天狗の鼻のような岩を突き出した大きな岩が見える。

「ほんとだ!ウソップの鼻だ―!」
「ははーん、どうだこの俺様の鼻は!岩にまで刻まれてる記念すべき鼻だぜ」
「うわ、あれウソップの記念碑か?」
「うわーーーっ、すげーーーーっっっ」

 大盛り上がりのルフィとチョッパーとウソップをまるっきり無視してナミは右手に見えるその岩をちらりと見やると、意識を目の前にある島へと集中した。誰がなんと言おうと、そこにお宝が待っているのだ。








「……帰る船がない?俺は麦わら一味を首になった覚えはないですけれど」

 額にうっすらと汗を浮かべてサンジはわざと軽口を叩く。しかしヌールは一向に笑いを収めず、涙まで流してサンジの方を見て口を開いた。

「…言ってくれるわ。麦わら海賊団のコックさん。私たちの情報力を見くびらないことね」
「何のお話か俺にはよくわかりませんが」
「しらを切るつもりなら切ってくれてもいいけれど」

 ヌールはそこでようやく笑いを収めてサンジをまっすぐに見て言った。

「言いなさい。他のクルーをどこに逃がしたの。…ちゃんとしゃべらないと痛い目をみることになるわ」







「でもよ、宝ってなんだ?」
「バカだな―ウソップ、サンジ言ってただろ。肉がたくさんあるに決まってる!」
「いや肉がたくさんあるのはいいんだけどさ、どうせたくさんありすぎたって腐っちまうだろ?」
「俺が全部食う!」
「それをやめなさいっていってんのよ!」

 ルフィの後頭部を激しい音を立ててナミが殴った。たんこぶから煙が出てルフィは見事に甲板とお友達になっている。

「宝ってそんなすぐに見つかるものか?」

 チョッパーが大変な正論をそこで吐いた。心配そうに見上げるチョッパーの頭をぽんぽんと軽く叩いてナミはにっこり笑って言う。

「大丈夫。そんなときのためにゾロがいるんじゃない」
「俺かよ!」

 すかさずナミに突っ込みを入れたがゾロは何か釈然としないものを抱えたままだ。
 サンジからもらったという2つのエターナルポース。
 もうすぐ雑用期間が終わるというこの時期に「宝島」をみつけたという。

「お!宝ってアレじゃね―のか!」

 ルフィが勢いよく島の草原を指差した。それにつられてウソップはゴーグルをぐるぐると調整し、チョッパーはなんとなく鼻をくんくんさせた。

「確かにあれだ!首に札ぶら下げてるぜ!」
「首に札?ナニいってんのよウソップ」
 
 ナミが腰に手を当ててウソップをじとりとみやる。しかし、だんだんと夜明けに近づいてきた東の空は明るく白み始め、ナミの目にもウソップのその言葉が指している物がだんだんと輪郭をはっきりとさせてくるのが見えた。

「ちょっと…何アレ……」

 思いっきり脱力してナミはへなへなと甲板にへたり込んだ。

「あら、どうしたの航海士さん」

 ロビンが白い上着を羽織ながら船室から出てきた。へたり込むナミとは対照的にルフィとウソップとチョッパーは方をくんで大喜びだ。

「すっげーぞあれ!さすがサンジだ!」
「うおおおおおお、あれだけあったら俺たち買出しに行く必要ないな!」
「ないな!」

 即興ででたらめな歌を作りながらルフィたちは踊り狂っている。ロビンはそのギャップが面白くてついくすくす笑いながら、一体ナミをそこまで落ち込ませ、ルフィをそこまで喜ばせるものは何かと島に目を向けた。
 そのロビンの視界に、1隻の船がごくわずかに引っかかった。

「牛だな、ありゃ」

 大欠伸を隠そうともせずゾロは言った。

「札まで下げてるぜ、ごりっぱに。『賞品ですありがとう』だとよ」
「……そんなの見たらわかるわよ!何で牛なの!牛って何!!ていうかお宝って普通金とか宝石とかお金とか……!!!」

 ナミの口から奔流となってあふれ出るはずだった単語の羅列が強制的にストップさせられた。
 ナミの口を押さえているのはロビンの手だ。

「……!(何すんのよ!ロビン!!)」
 
 じたばたと暴れようとしたためナミの手足もロビンはその手で押さえた。突然のそのロビンの行動にゾロは刀に手をかけて険しい目つきでロビンを問い詰める。

「何してんだ考古学者」
「今は説明している暇はないわ」

 珍しくロビンが焦った表情でだんだんと白い光に照らされていく海の一角を見つめている。

「お願いだから静かにして。そうしないと……大変なことになるわ」

 見れば先ほどまで歌い踊っていた3人組もロビンの手に押さえつけられてもがもが言っている。
 ゾロは一瞬ロビンが船ののっとりを狙っているのかと本気で刀を抜きかけた。しかし、普通に考えれば攻略しにくいゾロを自由の身で泳がせているのは合点がいかない。ゾロをこそ一番に押さえつけるべきはずで、目の前の黒い髪の毛の持ち主がそうしなかったということは他に理由があると考えるべきだ、とゾロはそう思った。

「…剣士さん、貴方も伏せて」
「……伏せるのはいいが、何が起こったんだ?説明しろ」

 素直に甲板にうつぶせになってゾロは言った。ロビンは無言のまま視線でゾロを促した。ゾロはロビンの視線をたどったが、そこにはただの商船が航海しているだけのように思えた。

「…あの船がどうかしたのか」

 一応ゾロは声を潜めてロビンに聞いてみる。ロビンは額から汗を流して可聴レベルぎりぎりの声で答えた。

「あの船は…あの船は、海軍の偽装船よ」
「海軍の?でもお前がそんなに深刻に心配するような船か?」

 自分より高額の賞金をかけられている目の前の7900万ベリーの首を持つ年上の女性をゾロは首をひねって見上げた。ロビンは相変わらずその船の動きを注視している。

「ええそうね。深刻に心配すべき船だわ…あの船に狙われた海賊は、一人として生き残ることはできないといわれているわ」
「まさか」
「そうね。まさかと思うほうが自然だわ。だけれど、あの船の船長は凄まじく強い…普通の人間ならそのスピードで。能力者なら海楼石をうまく使って。情け容赦なく皆殺しよ」

 珍しくロビンが饒舌になっている。それほどまでに強い海軍がいるのなら自分の耳に噂が流れてきてもいいはずでは、とゾロは思った。

「幸いあの船は今何か別の海賊を追っているようね。ものすごく急いで航海しているわ。このまま私たちに気づかず通り過ぎてくれればいいんだけれど…」
「なんなら乗り込んで不敗伝説に傷でもつけてきてみるか?」
「無理よ。一度だけ見たことがあるわ。あの船長と戦った後の海賊船を。甲板は赤いペンキをぶちまけたかのように真っ赤で、メインマストからは首や、足や、胴体だけの海賊が何人も釣り下がっていたわ。海賊旗はずたずたに引き裂かれ、海賊船の船長は船の後ろにくくりつけられて、生きながら鮫の餌にされ、苦悶の表情のまま腸を垂れ流していた……」

 情け容赦ない、残忍なその海軍は、海軍本部でも異端視され、しかしその実力ゆえに半ば放任状態になっているとロビンは続けた。恐ろしいスピードを持つというその海軍船の船長はどんな奴だとゾロは思い、ついこの間恐ろしいまでに強い女と対峙したことを唐突に思い出した。

「これでわかったでしょう。早く通り過ぎてくれることだけを願って。絶対相手にしちゃいけない集団が世の中にはいるのよ。特に、あの、ヌール船団にだけは」
「……………………ヌール……?」

 どこかでその名前を聞いたことがある、とゾロは思い、それがどこでだったか一生懸命思い出そうとした。
 その間に、商船は無事にぐんぐんゴーイングメリー号から離れていく。
 ロビンは、しばらく全員を甲板にねじ伏せていたが、商船の姿が豆粒ほどになったとき、ようやく押さえつけていた手を離し、安堵のため息をついた。そしてすぐ、異様な雰囲気のゾロに気づく。

「ヌールだって……?」

 ゾロが拳を震わせて立ち上がった。

「俺はつい最近その名前を聞いたことがあるぜ」

 低く押し殺した声でゾロは言った。

「おい、あのクソコックが連れて行かれた船の船長、ヌールとか言ってなかったか……?」

 ゾロの放った爆弾は音もなくその場で爆発し、その場にいたクルーに無言の嵐をもたらした。






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2003年9月3日



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