□ナルシスト□ |
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「ゾロ!!いつまでねてんのよ!!」 がん、と側頭部を蹴り飛ばされて、ゾロはいやいや目を開けた。夕焼けに染まってますますオレンジ色に見える航海士の姿がそこに見える。 「あんだ、もう夕飯か?」 「そうね。毎日毎日毎日毎日、私がこうして起こして差し上げなければならないだなんてあんたってほんっとうに非常識ね」 「あのクソコックも同じことを言ってたぞ」 「……この学習能力ゼロの昼寝男!!」 怒りに肩を震わせてナミがラウンジに向かっていくのをゾロは首を鳴らして見送った。今に始まったことではないだろうのにいちいち毎日怒り続けることができるあたりナミも相当のものだとゾロは思った。 「おいゾロ、いいかげんにしろよー腹減ったぞ」 ナミの代わりにウソップがキッチンから出てきてゾロを呼ぶ。それほどまたせていたのかとゾロはほんの少しだけ悪いことをしたと思い、もう一度首をこきこきならした。 そしてそこでゾロの視線が夕焼けの空に固定する。 突然眉間に皺を寄せて固まった未来の大剣豪にウソップは首をひねった。 「ナニやってんだよゾロ。もう頼むからメシ食わしてくれ…」 「ここはどこだ?!」 頭をかきながら言うウソップの服を突然掴んで、ものすごい形相でゾロは言った。余りのことにウソップは目を白黒させるついでに足をがたがた震わせた。 「どこ…ってゴーイングメリー号の甲板じゃねえか、ナニ言い出すんだ?」 「そんなこた見りゃわかる。ちがう、なんで、船が動いてるんだ?!」 夕日に染まったゾロの瞳がその色を映しこんで赤く燃えているように見えた。ウソップはそのゾロのあまりの迫力に口を空しく数回開閉させた後ようやく声を押し出した。 「た、宝探しに行くんだと」 「……宝探し?」 「わーーーっ、俺じゃねぇ、言い出したのは俺じゃねぇってば!!」 更にゾロはウソップをこれでもかとばかりに睨みつける。この男がずっと魔獣と呼ばれていたわけをウソップは骨の髄から味あわされた。 「クソコックは…?あいつは置いてきぼりか?」 「ちちち違うって、落ち着けよゾロ。これは元はといえばサンジが言い出したんだ!」 「……?」 ゾロの険しい表情が少しだけ緩み、ウソップの服を掴んでいた手も離す。ウソップは蒼白になりながらも殺されてはかなわないと一生懸命自分が知っている事実をゾロに告げた。 「サンジが肉屋からお得意様サービスでもらったエターナルポースがあってよ。そこには何かはわからないけどお宝があるって言うんだ」 「……」 「どうせサンジが戻ってくるまで暇だし、じゃあちょっと行ってみるかってルフィとナミが…」 「………」 「1日くらいで着ける島らしいぜ。この辺じゃ海軍もとんと見かけないし好都合だって…」 「……そうか。で、もちろん元の島に帰ることはできるんだろうな」 眉間のたて皺を隠そうともせずゾロはウソップに詰め寄った。ウソップはどうすることもできず本当に顔面蒼白で汗をだらだらと流しながら何と言ったらこの魔獣から逃れられるのかとそればかりを考えていた。 「……あんたがそんなにサンジくんの心配をしてあげるなんてなーんか意外ね」 「ナミ!」 助かったとばかりにウソップがこそこそとナミの後ろに回る。ナミは半分呆れ顔でため息をつき、ゾロに向かって右手の人差し指を突き出した。 「ちゃんとエターナルポースは2つあるわ。ひとつは宝島に向かう用。もうひとつはあの島に帰る用。さすがサンジくんね。私に言われなくてもちゃーんとエターナルポース2つそろえるだなんて」 ナミの左手の中には確かにエターナルポースがあった。二つのエターナルポースはともに針をゆらゆらさせている。 「あんまり遅いから来てみたら…ゾロ、ほんとにいい加減にしてね。早くご飯が食べたいの。私たちは」 そう言ってナミとウソップはキッチンに消えていった。ゾロは、何か釈然としないものを感じていたが、とりあえず腹が減っていたので、夕飯を食べることを優先させた。 ゾロは一体自分が何に釈然としないのか、深く考えることはなかった。そして、その深く考えなかった自分を後々蹴飛ばしたくなるほど恨むことになるだろうとは少しも思わなかった。 「夕飯の支度ができましたよ。麗しのヌール船長」 「あら、ありがとう」 金色の頭が深深と下げられて、この2週間と少し毎日同じ台詞を言いつづけたコックの後頭部をヌールは見つめた。 書き物をしていた手を止めて、サンジの方を見やる。 「…ありがとう、雑用さん。貴方は本当によく働いてくれたわ」 「これくらいのことで済ませてくれる貴女の寛容さがあってのことですよ。ヌール船長」 サンジは思いっきり対レディ用の笑顔を作ってヌールに答える。ふ、と笑ってヌールはサンジから目をそらせた。 「もうすぐ雑用期間も終わりね」 「貴女が終わらせてくれるというのなら」 「あら、最初の予定どおりよ。貴方の働きっぷりがよかったから、といっておくわ」 優雅な動作で椅子を引いてヌールは食堂に向かうために席を立った。サンジは右足を一歩引いて、ヌールの通り道を恭しくあける。 「雑用期間が終わったらどうするの?」 「そりゃ勿論、船に帰ります。俺の本当の船に」 「あらそう」 くすくす、と右手を拳に握って口に当て、ヌールは笑いながら横目でサンジを見た。 「船に帰るですって…?」 「ええ」 青色の瞳をまっすぐにヌールに向けて、サンジはきっぱりと答えた。ヌールの瞳が、サンジのそれに固定され、そしてその瞳を射抜くかのような眼光を寄せる。 「でもその前に」 「その前に?」 サンジは、胸ポケットから煙草をとりだして、1本口にくわえると、かちりとライターを回してそれに火をつけ、白い煙をふーっと吹き上げてから言った。 「貴女の部下で戻ってくる人たちに夕飯を作って差し上げないと」 「……………………」 一瞬、ヌールは目を細めてサンジを見た。深い海の色をした瞳には細波ひとつ立っていないようにヌールには見えた。強い、まっすぐな意志がそのままヌールに伝わったとき、ヌールは突然笑い出した。 「あはははは…!部下…部下ね。ええ、その通りよ。でもそんなことより…貴方の帰る船は…もうどこにもないんじゃなくて?麦わら海賊団のコックさん」 サンジは煙草を唇の端で銜えなおして、そして右足を更にもう一歩軽く後ろに引いた。 □□□□□ だんだんと書きたいところに近づいています。サンジ、がんばれー! 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに… 2003年9月3日 |