□ぐる眉コック□



「よう、具合はどうだ?」
 こんこん、とドアをノックする音が聞こえたかと思うと返事をする前に金色の髪と海の色の瞳を持つ背の高い男が部屋に入ってきた。
 右手にはあたたかな朝食を、左手には水の入ったビンを持っている。
「…ぼちぼちというところかな。ありがとう」
「…礼にはおよばねーぜ。ていうかあんたには俺悪いことしちまったしなあ」
 ベッドサイドのテーブルに右手と左手に乗っていたものを移し終わると、頭をかきながらその男は言った。
「まあ、仕方ないかもな。俺がいくらヌール様に意見したところで聞き入れてくださったことなどないからな。よく喧嘩しているのと間違われる」
 いただくよ、と続けて温かなスープを一口口に含む。…パスカルは正直今までに飲んだこともないくらい、びっくりするほどおいしいスープだと思った。
「あんた、料理うまいな」
「俺は海の一流コックだし、ここの厨房は相当使い勝手がいいし、金があるからいい食材も手に入るし、相乗効果ってやつだな」
 煙草に火をつけて、それを上向きにくわえながら海の色の瞳をまっすぐにこちらに向けてその男は言った。
「それにしても…でっかい船だな」
 金色の髪をさらさらとこぼし、ぐるりとあたりを見回してコックは言う。確かにパスカルの部屋だけでも船室と呼ぶにはふさわしくない充分な広さがあった。
「でかいなあ。俺もそう思う」
「おいおいまるで他人事だな」
 苦笑して煙草を右手に取ると、その男は俺に煙がかからないように横を向いて、ふーっと白い煙を吹き出した。
「あちこち見てまわったが…ほんとにすげーなこの船」
「ああ、何せヌール様が船長だからな」
 スープを一気に飲み干して、香ばしいパンに程よく柔らかくなったバターを塗りつけ、一口かじってからパスカルは答える。
 ―――確かにすごい船だ。われながら全くそう思う。
「しっかしこれだけでかいって―のに何でクルーが少ないんだ?つかいないって言ったほうが正しいだろ、これじゃ」
 大げさに肩をすくめてコックが言う言葉はいちいちごもっともだ。
 しかしそんなことは聞かれ慣れている。
 この状態が、この船の正しい状態なのだから。
「…皆獲物を狩りにでかけてるからね」
 第3者の声が、今まさに返答しようとしていたパスカルの言葉をさえぎって聞こえてきた。
「船長…」
「麗しのヌール船長、おはようございます」
 部屋の入り口に左手をかけて、右手を腰に当てたヌール船長がにっこり微笑んでいる。金色の髪のコックは丁寧に腰を折って船長に朝の挨拶をした。
「それはそうと今日はこんなところで油を売ってるの?雑用って優雅な身分ね」
「ヌール船長のお食事はすでにキッチンにできあがっています。どうぞ存分にお召し上がりくださいませ」
「給仕を私にさせるつもり?」
「とんでもない!ごいっしょします」
 そう言ってコックは足早に部屋を出て行った。ヌール船長はそれに続いたが、部屋を出る瞬間、パスカルのほうをちらりとあの鋭い眼光でみやった。


「…とてもおいしかったわ。ご馳走様」
「そう言っていただけるのは大変光栄です」
 食後のアッサム茶をいれてから、サンジはヌールに向かって頭を下げる。
「…獲物を狩りに行かれているクルーの方のお食事はどうしましょうか。ヌール船長」
「そうね、あと3週間は戻ってこないからしばらくは私とパスカルの分だけでいいわ」
「承知いたしました」
 そう言ってサンジはふと口をつぐんで、何かを考えているかのような表情を示した。
 ひとかけらも砂糖をいれない、香り高いアッサムを口に含んで、ヌールはそのサンジの表情の変化に視線を走らせた。
「…どうかした?雑用さん」
「……いえ、あいつにもえさやんなきゃいけないかなあ、なんて思って」
 サンジの視線の先にはこっくりこっくり眠りこけている電伝虫の姿があった。通話中以外は寝ているしかないからそれはかまわないのだが、よだれが激しくあふれ出ているのだけはいただけないとサンジは思った。
「…そうね。やったほうがいいわ。ついでにあと5匹いるからそちらにもいいかしら?」
「………あと5匹……!ってほんとにお金持ちだなぁ、この船は」
「あら、敵船から奪っただけよ。必要あるかもと思って売らないでとっておいたらいつの間にかこんなに増えてしまったというだけ」
「……なるほど」
 サンジは感心したかのようなため息を少しついて、食卓の皿を下げると、野菜のきれっぱしや少しだけ余ったスープを使って手早く電伝虫用のえさを作り、6枚の小皿にそれを盛り分けて、給餌にでかけた。

 獲物を狩りにいったこの船のクルー。
 大量の電伝虫。
 広い広いこの船。  そして恐ろしいまでに強いこの船の船長。

 口の中でそれらをぶつぶつとつぶやいていたサンジはほんの一瞬だけ普段見せない表情をその端正な白い顔に浮かべたが、すぐに何事もなかったかのような顔をして、残りの電伝虫を探して広い船内を歩き回った。



 夜になると金髪のコックがひょっこり顔を出すのはこの1週間の日課になってしまった。
 奴が言うには、あのでかい船には船長も含めてクルーが2人しかいないらしい。そんな非常識的な船があるかと心からゾロは突っ込んだが、とりあえず自分が食事の下ごしらえをすることでナミやロビンの負担を最小限にしなければならないと大変な勢いで説得され、それに従うしかなかった。
 ナミのことになるとこの金色の髪のコックが血相かえるのは相変わらずだ。
「……で、すげーのさ、とにかく船に電伝虫が6匹」
「……そりゃすげー。金持ちだなそいつ」
「金持ちも金持ちさ。食材にも生活必需品にもとにかく景気よく金をくれるからな」
 ものすごい勢いで大根を刻みながらコックが言う。
 …普段当たり前のようにそこにいたあの金髪が、昼間、気が付いたらいない、という状況にゾロは何か違和感を感じていた。
 キッチンに立つのがあの目立つ金色ではなく、オレンジ色だったり、制裁を食らった黒髪だったりするのがどうもしっくりこない。
 適材適所という言葉がゾロの頭の中をよぎった。キッチンでこちらに背中を向けて何かやっているのが一番似合うのはやはりこの恐ろしく派手な金色の髪だとゾロは思った。
 それから考えると、一体自分にとっての適所はどこだと考えて、甲板で錘をふるっている姿が浮かぶのだからゾロも大概だ。野望に向けて一直線に自分では進んでいるつもりでいる。

「船はでけーし、船長は美人。厨房広けりゃおまけに金持ちと来たもんだ」
 唐突に手を止めて、ぽつりとコックはそう言った。
「……どうしたコック、この船降りたくなったのか?」
 右手で酒瓶を掴みながら、唇の右端を吊り上げてゾロが言葉を返す。そう口に出した途端、とてつもない違和感がゾロの中に広がった。

 あの金色の髪のコックがいないこの船がグランドラインを航海する

 そういう図式はとてもゾロには思い浮かべられなかった。

 クソ生意気で口ばかり達者で女好きの今回最大のトラブルメーカーがいない、という光景がゾロには全く想像できなかった。

「…いや……ゾロ、それよりてめー……」
 手を止めてためらいがちにこちらを振り向きながら、何かを言おうとして金色の髪の他人の船の臨時雑用係は口ごもった。
 ゾロは右眉を上げて、腕を組み、その海のように青い瞳をまっすぐ見る。
「……」
「あんだよ」
「……ちゃんと順番に皿洗いしろよ!ナミさんやロビンちゃんにこれ以上負担かけさせんな」
 一気にそれだけ言って、キッチンの時計に目をやり、慌ててコックは臨時雑用をしている船へと帰っていった。


 …何か言いたいことがあったのだ、とゾロは思い、しかしそれが一体何なのか全く見当がつかなかったので仕方なくトレーニングに戻ることにした。
 後で思えば、どうしてその時自分がサンジの言わんとすることに気づかなかったのか、ゾロは恐ろしく自分を呪った。







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 サンジがぼこぼこにした船員はパスカル=ラファエル。船長はヌール=ジャハーンです。どこから名前を取ったかお分かりの方はぜひ仲良くしてくださいv
 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…

2003年7月7日



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