□筋肉まりも□


「アホとしかいいようがねえ」
 船尾で錘を降りながら先ほどからゾロはその言葉ばかり繰り返している。
 女と見れば見境なしに鼻の下を伸ばしきり、面倒な事に自ら首を突っ込んだ挙句がこの結果だ。
「ほんとにアホだ。あほすぎる」
 一歩間違えば、サンジの首と胴体はきれいに切り取られ、この世とおさらばしていた状態だったかもしれないのだ。

 買出しにつき合わされ、大量の荷物を押し付けられたゾロが女の悲鳴を追いかけていったサンジにようやく追いついたころ、浅黒い肌の女船長はにこりと笑ってゾロに向かって声を発した。
 一瞬見ただけで、あの女は自分のことをロロノア・ゾロだと、6000万ベリーの賞金首だと認識した。
 そんな女にストーカーされた覚えはないから常日頃から手配書を見ているのだとしかゾロには思えなかった。

 そして次に思ったのは、その女の隙の無さだった。

 どうでもいい相手ならあのエロコックをぶん殴った上で取り返して船に帰る所だったが、あの女には全くといっていいほど隙が無かった。下手に手出しできる強さではないことがゾロにはよくわかった。
 言われるがままの条件を受け入れることしかできなかった自分を振り切るかのようにゾロは錘を振り続けた。

 刀に手をかけでもしようものなら、腰に収められたさやから短剣が飛び出してきて、それこそサンジを切り裂く有様がまざまざと想像できてしまったのだ。手の出しようがなかった。とりあえず、あのエロコックはコックとしての資質は一流であったから目の前でむざむざ殺すわけにはいかない。
「…だから最初っから絡まなきゃいいんだよ。アホだ。アホでなきゃ馬鹿だ」
「……いつから自分のことをアホと認めるようになったんだ?」
 錘の先にぴょこりと金色の頭が生え、それに続いて黒いスーツに身を包んだ細身のアホエロコックが音もなく甲板に降り立った。
 ゾロは目を丸くして、突然現れたそのコックに錘をふるうことを忘れて見入ってしまった。暑さのあまり少々ぼやけている月の光が二人を照らす。
「……なんでてめぇがここにいるんだ」
「そりゃ俺はこの船のコックだからな」
 胸を張って偉そうにぐる眉コックは言い、何事もなかったかのようにラウンジへ向かって歩いていく。ゾロはそのあまりの何事もなさに一瞬ああそうかと納得しかけたが、確かヌールの船では24時間拘束だったはずだと思い出し、慌てて錘を甲板に下ろすとその後を追いかけた。
 今のところ雑用3週間で終わってはいるが、下手なことをしてヌールの機嫌を損ねれば、そこにいる金髪のコックという人質をとられている以上大変戦いにくい状況に陥るのは目に見えていた。
 …人質といってもルフィはきっとそういうことを全く意に介さず戦えるだろうとゾロは思ったし、何よりあのコックはそんなことをされることを死ぬ勢いで嫌がるだろう。そして大概ゾロもルフィと同類なはずだ。だから、そんな心配は全く的外れなことなのだ。
 そんなことをどうして唐突に自分は思ったのかゾロは全くわからないまま首をひねってラウンジのドアを開けた。
 いつ見てもその手さばきはすごいとゾロは素直に思っているが、そのいつものままの手さばきでサンジは食事の仕込をしていた。野菜を食べやすい大きさに切ってそろえてそれぞれ別々の容器に入れ、厳重に鍵をつけた冷蔵庫にきちんと並べている。火にかかっている鍋からはおいしそうな匂いが立ち上っている。半端じゃない大きさのその鍋のスープはきっと明日一日であっという間に消費されてしまうだろう。そして、まな板の上では次々と魚が3枚におろされていた。
「早くもどらね―とまずいんだ」
「もともとてめぇがつまんねぇことに首突っ込まなきゃ話はえらい単純だったんだろうがな」
 といいかけて、とりあえずゾロは口をつぐんだ。そんなことは誰よりもサンジ自身がわかっていることだろうし、そこで作業を中断してケリをくらい続けるのもちょっと勘弁して欲しい気分だった。
「ナミさんやロビンちゃんにこれ以上迷惑はかけらんね―からな」
 そう言ってあっという間に大量の食材を後は混ぜるだけとか炒めるだけとかそういう状態にして、サンジはひらりとゴーイングメリー号の甲板から飛び降りて、急いでヌールの船に帰っていった。
 ゾロはしばらくぼーっとサンジの金色の髪が月の光に照らされているのを見てなんて目立つ頭なんだと思っていたが、どうして自分がそれを思っているのかと激しく疑問に思い、取り急ぎトレーニングに戻ることにした。



「……なんでこんなことになってんの?」
 一人一食10万ベリーで料理を請け負ったナミは鍵つき冷蔵庫を開けた途端目を丸くして言った。その冷蔵庫の中身を見ればご飯を作ろうとしている人間はみなそう言う風に言うだろう。
 サンジの下ごしらえは本当に完璧だった。ナミがするべきことはほとんどない。
「…ちょっとゾロ!!」
 甲板で大の字になって錘の隣で眠っているゾロのところにナミはすごい勢いで走っていき、その右耳を掴んで大声で名前を呼んだ。勿論それくらいでこの未来の大剣豪が起きてくるわけはないので、更にナミはぐーでゾロの頭を殴る。
「…あんだ、朝から血相変えて」
「なんでキッチンあんな風になってんの?!」
 右の耳を口元まで引き寄せて、ナミはゾロに向かって疑問をぶつけた。いきなりたたき起こされていきなりわけのわからないことを聞かれているゾロは首をひねる。 「あんな風ってなんだ」
「すでにほとんど料理がしてあるのも同然の状態じゃない…!あんなことできるのはサンジくんだけだわ」
「そりゃルフィがそんなことやってたら俺ぁ普通に驚くぞ」
 そんなことはナミがただで飯を作ると言い出すのと同義語なのだが、右手を左手にかけ、左手で顎をつまんでナミは考え事をしている。
「ねえ、サンジくんは24時間拘束でしょう?いつの間にこんなことしてたのかしら」
「クソコックなら昨日の夜来たぜ」
 頭の後ろで腕を組み、ゾロはナミを見上げて言った。
「……それってかなりまずいんじゃないの。これ以上女船長の怒りを買うことになったら……」
「コックだってガキじゃねーだろ。それくらいのリスクはどうにかしてるぜ、きっと」
「それくらいのリスクをどうにかできるくらいなら今ごろ他の船の雑用係なんてやってないわよ!」
 ナミが、昨晩自分が思ったことと同じ事を思っていると知ってゾロは少々あのクソエロコックに同情した。


「おう、ナミ!この飯めちゃくちゃうめぇぞ。まるでサンジの飯みたいだ!」
 口いっぱい朝食をほおばりながらルフィが言う。
「ルフィ…あんたサンジくんが行ってる船、見たことあるのよね?」
「おう、見たぞ。でっけー船だ」
「船長も見たの?」
「……見たぞ。色が黒かった」
 ほんの少しルフィの表情が変わったのを勿論ナミは見逃さなかったが、それについては何も言わずに、ゾロのほうを見た。
「ねえゾロ、あんたも見たんでしょ。どの船だかわかる?」
「どの船も何もあそこに停まってる一番でっけー奴だ」
 ラウンジのまるい窓からちょうど見える位置のその4本マストのバーグを見て、ナミはため息をついた。
 その船の規模と、先ほどのルフィの表情から考えて、その船の船長の力量は簡単に推し量られる。
「…サンジくん、大丈夫かな」
「おめぇが人の心配するなんてなあ」
 ほうれん草と人参のサラダをバリバリほおばりながらウソップが言うと、ナミは目を三角にむいてウソップを睨みつけた。
「サンジくんがいないとこの私がご飯を作らなきゃなんないの!わかる!一体誰のおかげでご飯食べられてると思ってんのよっっっ」
「いやその…あーえーと…そうだ!ゾロ!心配ならお前サンジの様子見てこいよ」
「はぁ?ナニ言ってんだ長っ鼻。毒キノコでも食って錯乱したか?」
 ナミに睨まれて冷や汗をだらだら流すウソップは何とか話を他に降らねばと恐ろしい提案をゾロにしてきた。ゾロにしてみれば全くもって冗談ではない。ナゼあのクソエロアホコックのためにそんなことしなくてはならないというのだろう。

 昨日からあのクソエロアホマヌケコックのことでなんだか自分が振り回されっぱなしのような気がゾロにはしていた。そして、確認してみるとそれは全く本当にそのとおりだったので、そのいらつきを解消するために、錘を振りに甲板へ向かった。





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 しつこいですがこの話はゾロサンです。  感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…

2003年6月30日



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