□まりもヘッド□

「だから何度もいっているでしょう。そんなことは私にはできない」
 
 低く押し殺した女の声をはっきりとサンジの耳が捉えた。レディの危機はすぐそこだ。
 その直後、どんっ、という壁をたたく音、何かもみ合う音まで漏れなく聞こえてきたものだからサンジはとっくに頭に血が上っていた。
 麗しのレディをかどわかす(この表現も大概だが)不貞の輩には天誅を下すべきだ。にぎやかな市場をするりするりとすり抜けて、サンジは目的の路地へとたどり着いた。

「俺は……!!」
「てめー、そこ動くな!!!」

 何か言いかけた『不貞の輩』はサンジによってあっという間にぼこぼこに蹴り倒された。
 突然の侵入者に目を丸くして女はサンジをまじまじと見つめた。極上の笑顔を作ってその女に「お怪我はありませんか」と声をかけたあと、サンジは地面に這いつくばっている男の襟首を持ち上げて、ものすごい形相で彼を睨みつけた。

「麗しのレディに手ぇ出すような野郎はもっと痛い目みとかないと思い知れねえか?」

 既に半分意識を失い白目をむきかけている男もサンジのその恫喝に汗やら鼻水やらたらして必死でおびえている。口をぱくぱくあけて何か言いかけているようだが意味をなす言語には全くなっておらず、膝はがくがく震えっぱなしだ。

「ちょっと待って…!」

 事態の急展開にようやくついてきた女がサンジを制した。サンジはその男をほおりだすと対レディ専用の笑顔を作って彼女の手を優しく取り甘い声を出した。

「ああ、なんて麗しいレディなんだ。自分をひどい目に合わそうとしたこのクソ野郎まで庇って差し上げるなんて…貴女のその美しく気高い心はグランドラインをも覆い尽くす……」
「貴方、お名前は?」

 ほおっておけばいつまでも続くだろうサンジのラブコック全開の言葉の奔流をすっきりせき止め、その女は微笑んで口を開いた。途端サンジの青い瞳がめろめろのハート型に変わる。

「サンジといいます。マドモアゼル」
「サンジ…貴方は何をしている人?」
「しがないコックですよ。ああ。声もお顔も麗しい貴女に名前を聞いてもらえるなんて俺ァなんて幸せものなんだ」

 その様子に彼女は口元に手をやり、くすり、と笑った。

「サンジ…サンジね……」
「ああ、貴女のその美しい声で俺の名前を呼んでいただけるとは」

 腕を胸の前で組み腰をくねらせて鼻の下をこれ以上ないというくらいに延ばしたサンジはその狭い路地裏でごろごろと転がった。

「サンジ」
「なんです?マドモアゼル」

 にっこり微笑んで彼の名前を呼んだ麗しのレディに、途端に転がることをやめ、こちらもまたにっこり微笑んでサンジが近づく。


 ひやり。

 ……何が起こったのか一瞬サンジの頭は漂白されかかったが、その半瞬後に、唯一知覚できたひやりとした感覚のものが一体何なのかを理解した。
 細く冷たく、そして研ぎ澄まされた刃がサンジの頚動脈にぴたりと当てられている。

「……マドモアゼル」
「…私の名前はヌール・ジャハーン。海賊業界じゃ少しは名の知れた船の船長をしているわ」

 サンジの額から冷たい汗が一筋流れ落ちた。その刃は短剣のもののようだった。サンジを攻撃の射程内に捉えるまで一切殺気めいたものを感じさせず、サンジが彼女の攻撃半径に足を踏み入れた途端に抜き放たれた短剣が正確にサンジの急所を捉えていた。かなりの使い手だ、とサンジは思い、まさか美人局の複雑バージョンかと情けないことを思った。

「よくもまあこれだけぼこぼこにしてくれたものね」

 す、と短剣が僅かに横に引かれた。ぬらりと何かあたたかいものが首筋を伝わったが、皮膚を切られた感覚は全くなかったので、どれだけその刃が鋭く丁寧に研ぎあげられているのかサンジにはダイレクトに伝わってきてしまった。

「彼はパスカル・ラファエル。私の船の大切な船員よ」
「…それで、貴女の要求は?ヌール船長」

 唇の片方を吊り上げ、サンジは両手を上げ、彼女に向かって質問した。船員をぼこぼこにやられたとすれば相応の要求をしてくることが十分に考えられる。サンジ一人で解決できるものであればそれにこしたことはないが、一人で解決できないものだったとしても、一人で解決すべき問題であった。
 この恐ろしい短剣の使い手と一戦やることは論外である。勝つか負けるかというレベルの話ではなく、サンジが女に手を出すなどできっこないのだ。

「貴方の首…といいたいところだけれど」

 そう言ってヌールは短剣をサンジの首からはずし、腰につけた見事な皮作りのさやにおさめた。

「懸賞金がかかっていない首をやたらめったらきり落とすことは私の好みではないわ」

 この言葉をひっくり返すと、懸賞金がかかっている首ならいくらでも切り落とすということになる。
 ゴーイングメリー号には賞金首がいる。ロビンもルフィもそしてゾロも勿論簡単に首を落とされることなどないということはサンジだってよく理解している。
 しかし。
 賞金首とはそういう存在なのだ。
 こちらは微塵も存在を知らない相手が常に首を切り落とすチャンスを虎視眈々と狙っている―――

 サンジ目の前で世界最強の剣士に切られた、緑色の髪を持つ賞金首。
 世界最強などとはごく僅かの確率でしかブチ当たらないことは分かっているし、あのまりもヘッドが恐ろしく強いこともサンジはよく知っている。
 
 首を切られてごろりと転がっている緑色の頭などという存在になることはないだろうということも知っている。

 全く無自覚に眉間にしわを寄せているサンジを面白そうにながめ、ヌールはその浅黒い肌の腕を豊かな胸の下で交差させ、要求を口にした。

「そう恐ろしい顔をすることはないわ。とても簡単なことよ」

 サンジは海の色がそのまま溶け込んだかのような青い瞳をヌールにまっすぐに向けて宣告を待った。

「この島のログがたまるまで、パスカルの変わりに私の船で雑用をして頂戴」
「……他は?」
「それだけでかまわないわ」

 サンジは明らかにほっとした表情で上げた両手をおろし、胸ポケットから煙草を取り出して火をつけると、ふーっと真上に煙を吹き上げた。とりあえず仲間をどうこう言うものではなかっただけ救われた気分だ。サンジ一人でどうにかできるものであったことが彼を安心させた。
 そのサンジの表情の変化を楽しむかのように目を細めたヌールの視界に一人の男が唐突に入った。
 そしてゆっくりと振り返ると、その人物に向かって、彼女は口を開いた。

「…ねえ、簡単なことでしょう?ロロノア・ゾロ?」

 
 

 
□□□□□

 ワンピース初めて書きました。そしてあとがきもはじめて付けてみました。
 買い出しにいくってきっと一人じゃ無理だろうな―と思ってじゃあサンジが誰を連れて行くかというとチョッパーだとトナカイ形で背中に荷物をしょわせられるからかなり大掛かりな買出しだろうな―とかウソップはすぐ文句言う上に役立たずだから少しの買出しのときだろうな―とか色々と考えてみたわけです。
 というわけで、こういう雰囲気でしばらくお話は続いていきます。書きたいな―って思う話がどんどん出てくるってやっぱりワンピースってすごいなと改めて思ってばかりです。

 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…

 2003年5月19日



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