□黄色□



 息が苦しい。

 ゾロはもう何度目になるかわからないがとにかく息をごぼっと吐いた。
 灰の中にある空気はほとんど出し尽くしてしまったんじゃないかと思うくらい長い時間ゾロは潜りつづけていた。
 水圧はどんどんゾロの身体を締め付ける。

 胸が、苦しい。

 こんなにも胸が苦しいのはなぜだ。

 あの金色の頭を早く見つけないと。
 真っ暗なこの海の中にも光り輝くあの金色の頭を見つけないと。

 早く、生きたコックに、会いたい、会いたい、会いたい。

「どこにいるんだよ!!」

 思わずゾロはここが海の中だということを忘れてそう口走り、おかげで空気を大量に吐き出して、代わりに海水を大量に飲み込んだ。
 むせ返って更に海水を飲み込むわけにはいかなかったが、ゾロは勢いで激しくのけぞった。
 海水の、肺への浸入は避けなければならない。

 ゾロはぎゅうっと目を瞑り、むせ返る衝動をやり過ごした後、目を開けた。


 ――――――――――いた!!


 首をのけぞらせたゾロの視線の向こうに、ぐんぐん深い海へと沈んでいく金色の頭が見えた。
 ゾロはものすごい勢いで水をかいた。水圧がゾロの身体を押しつぶし、もうほとんど残っていないはずの酸素を欲して全身が悲鳴をあげている。
 しかし、ゾロが今知覚しているのはサンジの金色の髪のみであり、その他のことは本当に全くどうでもよかった。

 いた、いたのだ。あの金色の髪のコックが!!

 自分が水をかいてそこに駆けつければ、あのコックの身体を青い空の下へ引っ張りあげることができるのだ。





「投石器だけ分解したらどうにかなると思ってた?」

 くすくす笑いながらヌールは短剣のさやをルフィの顎の下に押し当てて言う。
 ヌールにルフィが飛び掛っていった瞬間に、ルフィの勝ちは確信されていたはずだった。海軍が彼らの女船長の不敗を信じているように、麦わら海賊団は、怒らせたルフィの恐ろしさをよく知っていた。
 
 それが。

 ルフィは全身の力がだらりと抜けて、その見事な細工が施された短剣のさやに首から吊り下げられているような格好で、全身の力を振り絞ってヌールを睨んだ。

「てめ…ちゃんと勝負しホ…」
「あら、私はちゃんと勝負してるわよ。まさか、能力者と戦うときに海楼石を使うのがちゃんとしてないとか言わないわよね」

 短剣のさやに施された繊細な細工の一つ一つにはめ込まれた海楼石がルフィの能力を全て奪っていた。海楼石を突きつけられた能力者は、赤子同然に無防備になる。

「ホセ、マウリッツ、サンタ・クルズ!ぼけっとしてないでパスカルの支援にまわりなさい」
「……はっ!ただいま!!」

 呆けていた海軍の兵士達がヌールの一喝で慌てて走り出す。いつの間にか再び銃口を向けられていた麦わら一味は動くに動けなかった。ましてやロビンの能力で海楼石を奪うなどということは不可能だったし、ナミは完全にクリマタクトを使うタイミングを逸していた。

「まず能力者を片付けるのよ。一番弱そうなそのゾオン系から」
「はっ!」
「うわーーーーーーー!!!」
「チョッパ――!!」

 自分が狙われたことを知ってチョッパーがパニックに陥りかける。ウソップが慌ててチョッパーを抱きかかえて横に飛び退った。その隙を突いて、ロビンが再び構えられた銃を叩き落そうとハナハナの実の能力を使おうとした。

「危ない!ロビン!!」

 ナミがそう叫び、クリマタクトでロビンに向けられた攻撃を防ごうとした。しかし、その程度で防ぎきれる攻撃ではなかったのだ。
 ロビンめがけて無数の小さな海水を詰めた袋が投げつけられていた。冷静にその戦況を見るものがいればまるで雪合戦だと言って笑っても仕方のない状況であっただろう。だが、その攻撃はどんなに幼稚なものに見えたとしても能力者には最も効果のある攻撃だといってよかった。
 チョッパーを狙うと見せかけてロビンを封じたヌールの攻撃にナミは唇をかんだ。ルフィとロビンを封じられ、ゾロとサンジは海の中から上がってこない。自分とウソップとチョッパーだけでこの局面を乗り切る方法は―――高速に頭を回転させながら絶望的な表情でナミはヌールを睨みつけた。
 その視線を真正面から受けとめて、ヌールはやはりくすくす笑い、ますますルフィに海楼石を押し付けて言った。

「投下用意」

 間断なく投げつけられる海水を詰めた袋から逃れることが出来ずロビンは甲板に這いつくばったままだ。それを助けようと少しでも動けば途端に銃口が火を吹くだろう。
 その間に海軍の兵士達は少しの無駄もなく行動し、大きな大砲を準備した。

「…こんな至近距離で大砲なんか撃ったらあんたの船も無事じゃすまないわよ」

 ナミがヌールに向かって言った。ヌールはそんなナミの台詞をまるっきり馬鹿にしたように言葉を返す。

「そんなことは貴女に教えてもらうまでもなくわかってるから。…では、撃て」
「うわああああ!」
「きゃあっ」

 ヌールの命令と共に大砲から弾が発射された。ナミとウソップとチョッパーはなんとかロビンの手を引っ張りあげてメリー号のマストの後ろに隠れようとしたが、普通の人間である(一部例外含む)彼らが砲弾より早く動けるわけがない。

「みんなーーーーっっっ!」

 ルフィが渾身の力をこめて叫んだ。隣でヌールはくすくすと笑っている。

 砲弾は着弾寸前に空中で分解した。
 中から網が現れ、4人の上に降りかかる。

「すぐに殺しはしないわ」

 ルフィをちらりと見やってヌールはつぶやいた。

「しばらくその海楼石を織り込んだ網の中でもがいてなさい」
「…殺すんなら、早く殺した方が…いいぞ」

 ルフィがヌールに向かって途切れ途切れの声で言う。そんなルフィを面白そうに見下ろすと、ヌールは三日月の形に口を開いてにっこり笑って一言だけ言った。

「ご忠告ありがとう」







 手が届いた!とゾロは思った。

 いつもは刀を握っているゾロの手が、コックの白い腕を掴んだ。途端、ものすごい力でゾロも深海に引きずり込まれていく。
 サンジの足につながれている鉄の球を切り離そうとしてゾロは刀を持ってきていないことにようやく気がついた。ヌールに刀を置けと言われてそれきりそのまま飛び込んできたのだ。

 ゾロは、引きずり込まれる腕を掴み、上腕を掴み、腋の下に手を入れてサンジを抱きかかえた。意外なほどにその身体は華奢だった。そして、その身体は温かかった。抱きかかえ、触れ合っているところからゾロの中に何かが流れ込んできているような気がした。なんという言葉が適当なのかゾロにはよくわからなかったが強いて言うなら、安心しているのだろう、とゾロは思った。
 そこまで考えた後、ゾロは慌てて腋の下でサンジの脈を確認した。ついさっき死んだばかりです、などという状況は洒落にならない。

 ―――金色の髪のコックはまだ生きていた。
 ちゃんと、生きていた。

 生きたコックを、ゾロはこれから引っ張りあげることができるのだ。
 青空の下へ、連れ戻すことができるのだ。

 ゾロは、サンジの顔を覗き込んだ。暗くてよく見えはしないが、サンジの口は半開きになっているようだった。
 
 それはまずい、とゾロは直感的に思った。
 その半開きの口から海水が浸入してサンジの肺を満たしてしまっているとすればサンジの体はこれ以上長時間もたないだろう。
 そんなときにどうしたらよいのかなどということはゾロは全く知らなかった。知らなかったがどうにかしなければならない。ここまできて、目の前でコックは溺れ死にました、などということになった日にはゾロは自分のことを絶対に許すことが出来ないだろうとわかった。思うのではなくそれは確信だった。
 
 そして、ゾロは、サンジの唇に自分の唇を合わせて、その口腔内に侵入している海水を吸い出した。

 他にいくらでも上手い方法はあるのだろうが今のゾロにはそれしか出来なかった。何度も吸い出してはその海水を捨て、ゾロは深く深く、唇を合わせた。
 同時に、ゾロは自分の肺から空気をサンジに送り込んだ。いい加減ゾロも空気不足なことには違いないのだが、サンジにそれが必要なことはゾロにはわかっていた。

 今この金色の髪のコックは気を失っているのだ。自分の身体に何が必要なのかという判断をするための脳の機能が麻痺しているのだ。
 だから、判断することのできる人間が代わりに必要なものを判断しなければならない。

 そう考えてゾロはどうして自分がこんなことを考えているのかわからなくなってきた。まるで何かに対して言い訳を考えているようだ、というところに考えが及んだとき、ゾロは激しく頭を振って、とにかく浮上しよう、と決意をした。

 コックを生きて連れて帰る。

 今はそれだけ考えていればいい、そのための最適の手段をとろう。

 ゾロはそう結論付けた。
 とりあえず左腕にサンジを抱え、右手でゾロは勢いよく水をかき始めた。
 光の差し込まない真っ暗な海の中で、上下左右の方向感覚を失いかけたゾロに、サンジの錘が方向を示していた。
 









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2003年11月28日



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