□サメ男□



 早く。早く。早く。


 これまでこんなに船のスピードを出すことを願ったことはなかった、とゾロは思った。


 とにかく早く。早く。早く。あの、金色の髪の持ち主の元へ。


 早く見つけて、そしてとりあえずぶん殴らなくては気がすまない。

 すばらしい勢いで船は進んでいた。ドクロマークの海賊旗を降ろし、化け物たちが船をこぐ。

 浅黒い肌に黒い髪をもつ、美貌の女船長。
 どこをどうしたらそんな結論に達したのか想像もつかないが、金色の髪のコックは、その女船長が、海賊に対して容赦ない弾圧を加える海軍だと知り、ルフィに偽のエターナルポースを渡して仲間を逃がそうとした。

「…サンジ、大丈夫かな」

 重量ポイントで必死になってオールを動かすチョッパーが、心配そうにつぶやいている。
 その真後ろでゾロはずっと無言でそして恐ろしく集中していた。できるだけ音を出さないようにということと、できるだけ大きくすばやくこぐというどう考えても矛盾する二つの行動を統一して行おうと必死だった。

「考えてみりゃ怪しさ満点だったぜ」

 ちっとも効率的ではないが、それでも一応必死にオールをこぎながらウソップが言った。

「大体ゾロやルフィが剣突きつけられたってところで強すぎる。そんな人間が世の中にごろごろ転がってるとはとても思えねぇ」
「電伝虫もたくさん飼ってたみたいだしな」

 歯を食いしばりながらチョッパーが相槌を打った。

「そもそも海軍がいないのにあんなに平和な島がグランドラインにあるってことからしておかしかったのよ…」

 遠くにかすかに見える、小さな商船を見逃すまいと必死にその後を追うナミが眼鏡を少し押し上げて言った。

「でも、結局今になって考えたからこそそういうことがわかったわけよね……」

 低い声をナミはのどから押し出した。
 全くナミの言うとおりだとゾロは思った。

 つい先ほどまでは疑いもしていなかったのだ。
 あのゴーイングメリー号専属コックは、あと3日もすれば雑用から解放されて、今までと同じようにキッチンでフライパンをふるっているだろう、と。
 あるべきポジションにぴたりとジグソーパズルのピースがはまるより自然に、ルフィのつまみ食いに怒鳴り声をあげたり、ナミやロビンにお茶を入れたりする金色の頭が帰ってくるだろう、と。

「お前ら、とにかくサンジ見つけて連れ戻すぞ」

 漆黒の瞳をまっすぐ前に向けてルフィが言った。
 誰もがその言葉にうなずき、ナミはロビンを仰ぎ見た。遠く離れたあの商船に、気づかれないようにそのエターナルポースの指針を見るというどう考えても恐ろしく体力を消耗するだろう能力を、黙って彼女は使いつづけていた。






「ヌール様のやり方はまちがってはいない」

 パスカルは唇をぎゅうとかみ締めてそう自分に向かってつぶやいた。

「海賊は悪だ。絶対的正義の名の元に倒すべき存在だ」

 目を固く瞑り、上を向いてやはりパスカルは自分に向かってそうつぶやいた。

「なのにどうして俺はヌール様のやり方に意見してしまうのだろう」

 握り拳の形をした右手がぶるぶると小刻みに震えている。
 ヌールから聞かされたターゲットが「麦わら海賊団」だと理解したとき、パスカルは、強くそれに違和感を感じた。
 アラバスタでクロコダイルを捕えたスモーカーがおかしなことを言っていたのを偶然パスカルは耳にしたことがある。「クロコダイルを倒したのは麦わら一味」だと。
 海賊同士の抗争は一般市民を巻き込まない限りありがたい話だ。勝手にお互いつぶしあって自滅してくれればなおのことよい。
 
「俺は海賊が大嫌いだ」

 パスカルははっきりとそれを自分に言い聞かせた。
 海岸に捨てられていた彼を拾って自分の子供のように育ててくれた老婦人は、ある夜街を襲った海賊に生きながら火をつけられて燃えて死んだ。
 何も悪いことはしていない、善良な人間に理不尽な死を強いる海賊を、パスカルは心の底から憎悪した。
 そんな海賊をこの世から駆逐することができるのなら。そう思って海軍に入ったのだ。身寄りもコネもなかったから雑用からここまで叩きあげでやってきた。
 そして、ヌールの部下になる。

 ヌールは狙った海賊は全て殺してきた。
 船長は勿論雑用に至るまで全員、文字通り皆殺しにしてきた。

 ヌールの強さに悲鳴をあげ、白旗を掲げている海賊にも容赦はなかった。
 鋭い銀色の短剣が、海賊どもの口を咲き、目を抉り、耳を殺ぎ落とし、指を一本一本解体していった。

 それくらいのことをされてしかるべき存在なのだ。海賊は。
 パスカルは何度も何度も、何度もそう自分に言い聞かせた。海賊の暇つぶしに、生きながら焼き殺された彼の育ての親や、性欲処理の道具としてしか扱われなかったというヌールの母親や、とにかくパスカルの目の前で息も絶え絶えに悶え苦しんでいる海賊たちがのうのうと生きていれば、そういう悲劇が繰り返されることは目に見えている、とパスカルは強く自分に向かって確認した。
 今ここでこの海賊を殺しておけば、将来この海賊達に殺されるかもしれない人々を救うことになるのだ、と。


 そして、立場は違えどパスカルのような子供を量産していることに、パスカルは無理に気づかないふりをしてきた。
 海賊にだって子供はいるだろう。大切な人もいるだろう。
 そして親を失った子供達は海軍を憎み育つのだ。



「パスカル…!」

 耳慣れた声が彼の名前を呼び、パスカルは急速に自らの意識を思考の泉から現実の岸辺へと引き上げた。

「…早かったな」
「まあな。それよりヌール様はどちらに?捕えた海賊は?」
「到着するなりそれかよ」

 パスカルは苦笑して目の前の小さな商船から降りてきた、彼の同僚たち―――ヌールの部下たち、を見回した。
 本来なら余裕を持って麦わらの船を取り囲み、皆殺しにすることができる予定だったというのに、歯車は狂いっぱなしである。
 とはいえ全ての歯車が狂ってしまったわけではない。とりあえず麦わらの一味の一人は捕えているのだし、この男を人質にして麦わら一味をおびき出すことも可能だろう。
 もっともその人質は、いい加減口が悪く、ヌールにいつ殺されてもおかしくない状況へと自らを追い込んでいっているようだが―――

「もしかしたらヌール様がもう殺してしまってるかも知れないが」
「そうだな。ま、死んでいたとしてももう少し生きていることにして、麦わらをおびき出す餌にでもするか?全世界にむけて惨めにつるされた死体でも晒すか」
「…まあ、ヌール様がどうお考えかというところだな――――……!」

 視界の隅にかすかに映った船の影にパスカルは自分の目を疑った。

 あの船は。


 ドクロマークに麦わらの……


「…なんだ!?まさかあの船は…!」


 声にならないざわめきが一同から立ち上り、もう一度パスカルは自分の目を思い切りこすって水平線を見た。

 金色の髪の男が命がけで逃がしたはずの、麦わら海賊団の船が、何故か、全速力でこの島へと向かってきていた。












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2003年10月8日



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