□005.交易都市□ |
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枯れ果てたオアシスの大地に立ったとき、ここがほんの数年前まで交易都市だったと言われて納得する人間はいないのではないだろうかとゾロは思った。 一人の老人が飽きることなく砂を掘り返している。 みるも無残にやつれたその老人に向かって、その国の王女は満面の笑みを作って見せた。 ユバの大地が、再びオアシスとなる日をその手に掴むために。 「てめぇの女好きは今に始まったこっちゃねーがよ」 刀の手入れをしながらゾロは背後でジャガイモの皮をむく金色の髪のコックに向かって言った。 「あれはまたすごいぞ。少年誌ににあわねぇ」 「……ナニわけのわかんね―こと言ってんだ」 あきれた顔でサンジは丁寧に内曇砥でつくられた打ち粉を己の刀に打つ緑の髪の剣士を振り返った。 「そんなにしたかったのか?」 「ああ?なんだ?さっきから要領えね―な、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」 「添い寝だよ。ビビと、添い寝」 「…………………ああ、あれ」 右手を左手にぽん、と打ちつけてサンジはようやく得心のいった顔でうなずいた。 アラバスタを出航して、海軍をようやく振り切った穏やかな夜のことだった。 ゾロは刀の手入れの時には決まってキッチンにやってくる。男部屋では天井が低すぎて思うように手入れができないと言うし、甲板では潮風にやられてやはり思うように手入れができないと言うので、仕方なくサンジはキッチンを開放してやっていた。 「えらい古い話出してきやがって」 「俺は今知りたくなったんだ」 打ち粉を綺麗に和紙でぬぐいながら、ゾロは真剣な面持ちを崩さない。何の冗談かとサンジは思っていたが、ゾロはかなり本気でその理由を知りたいらしい。 それがナゼなのかは勿論サンジにはわからないしわかりたくもなかったが。 「ビビちゃん、笑ってたんだぜ」 「…ああ」 「自分にもできるかどうかなんてわかんね―こと、他人に向かって約束しなきゃなんなかったんだぜ」 「ああ」 「そりゃ一人で寝たら寂しいに決まってる」 「……そこが俺にはわからねえ」 手入れの終わった刀をさやに戻しながら、ゾロは首をかしげた。 「どうして添い寝したら寂しくねーんだ?」 「………………お前それ真剣に言ってんの?」 ただでさえ丸い目を大きく見開いてサンジはくわえていた煙草をぽろりと取り落とすほど口をぽかーんとあけてゾロを見た。 「わかんねーから聞いている」 「…お前今まで添い寝してもらったことね―の?」 「ねーな」 きっぱりはっきり言い切ったゾロにサンジはナニをどう説明すべきかその困難さに思い至ってくらくらしてきた。 「綺麗なおね―さまの胸の谷間とかに顔うずめるように抱きしめてもらってみろ。心のそこから安心するだろうが」 「……そうか?」 「そうか…ってさてはお前ドーテーか?」 「…なんで話がそっちにいくんだ?女の胸なんてどうでもいいんだ俺は」 「じゃドーテー決定だ。意外だなー、6000万ベリーの賞金首の剣豪様は大変ストイックで女を知りません、夢と野望だけくって生きてますってか?」 「……死にたいのか?」 「明日の朝ナミさんとロビンちゃんが召し上がるものを作ってから相手してやらぁ」 軽口をたたきながらサンジはようやく少し落ち着いてきて、ポロリと落とした煙草の変わりに新しい煙草を胸ポケットから出してきて火をつけ、斜めにくわえて中断されていた仕込み作業を再開する。 背後によくわからないオーラを背負った剣豪が怒りをメラメラいわせているのも軽く無視だ。 「……なんかさ、折れそうなときってあるだろう」 唐突にサンジがゾロに背中を向けたまま口を開いた。このクソコックをどうしてくれようと怒り狂っていたゾロの気がふっと弱まる。 「そーいうときにさ、隣に誰かいてくれんのってすげー安心する」 「…………」 抜きかけていた手入れしたばかりの刀をさやに収めなおし、ゾロは金色の後ろ頭をじっと見た。 明日の朝食の準備はほぼ終わったらしい。蛇口をひねって水を出し、手をすばやく洗って金髪のコックはエプロンで手を拭いた。 「まあ、お前が折れそうになっても俺は決して隣になんかいないけどな」 にかっと笑ってサンジは肩越しにゾロを見て、すぐにまたシンクに視線を落とした。だからサンジが口の中でもごもごつぶやいた「お前が折れるわけねーか」という言葉はゾロには聞こえていないはずだった。 聞こえないふりをするのがその場での一番の選択だとゾロにはそれだけはわかったようだった。 2003年7月25日
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