□004.大神殿□ |
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「少なくとも俺は神に祈ったことはない」 それを言うなら俺だって同じだ、とサンジは思った。祈って何かがどうにかなるのならいくらでも祈るが、現実はそうは甘くない。何かを解決したければ自分でどうにかしない限り決してそれはないのだとサンジは充分すぎるほどわかっていた。 「立派なご高説だがよ」 胸ポケットから煙草を取り出して、口にくわえて火をつけると、ふうっと煙を吹き上げてサンジは言った。 「取り急ぎ今日はここで夜明かしだ」 サンジが顎をしゃくりあげた先を見て、ゾロはいやそうに眉を歪めた。 そこには真っ白い大理石でできたどこからどうみても巨大な宗教施設が月の明かりに晧々と照らされて、自身にまきついている無数の蔦をくっきりと浮かび上がらせていた。 そもそもナニがどうなったらこんな状況になるのかサンジは声を大にしてその宗教施設が祭り上げている存在に問い質したかった。 自分の料理を絶対に「うまい」と言わない全くもって料理のつくりがいのないマリモヘッドとここで夜露をしのがなければならないなどというのは拷問以外のなにものでもなかった。麗しの航海士様や考古学者のお姉様なら積極的に夜も明かせようというものを。 「…やけに広い場所だな」 「…いいからてめーは黙ってろ、気が散る」 そう言ってサンジは壁にまきついている枯れた蔦を集めてきて、マッチを擦って火をつけた。ぱち、ぱち、と蔦のはぜる音がする。オレンジ色の明かりが、疲労を濃く映した金色の髪を持つコックの顔にゆらゆらと影を落とした。 「こんなに広い場所を占領しなきゃ忘れられるような奴がまつられてんのか?」 「…忘れられる奴はどんなでっかいものや立派なものをもらっても忘れられるもんだ」 いつの間にか火の上でトカゲかヤモリかイモリかよくわからない物体がぐるぐると回されていた。こんがり焼き上げていると言うよりは炭化させようとしているとしか思えない焼き様だ。あんなもの食べたら大変まずいだろうとゾロは思った。 「…できたぞ」 「……それ食うのか」 「いいから食え、力つけろアホ」 「………どうみても炭だぞ」 「こうでなくっちゃきかねーんだ」 サンジはそこでいったん言葉を区切った。そして少しだけ眉根を寄せて真っ白い大理石の床に横たわっているゾロをみる。 「つべこべ言ってねーでさっさと食え。明日の朝には俺はここを心の底から抜け出したいんだ」 「そりゃ同感だ」 「お互いの幸福のためだ、早く食え」 そう言ってサンジがぐりぐりとその炭化物を押し付けてきたので、ゾロは仕方なくごくりとそれを飲み込んだ。 そしてそれはおそろしくまずかったらしく、思い切り眉間に皺を寄せたその表情のまま、器用にゾロは眠りについた。 大理石の床にじわじわと拡張していた濃い赤色の液体がようやくその広がりを止めた頃、東の空が白みはじめた。 サンジは少しだけ安心して、船に帰ったらこのアホ剣士のためにレバーとカツオとほうれん草と干しぶどうを使ったメニューを作ろうと心に決めた。 2003年7月21日
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