□満月□



 屍累々。

 それ以外に適切な言葉が見つからないのはこういう状況のことを言うのだろう、とサンジは思った。

 ゴーイングメリー号の甲板には酔いつぶれた冒険家一味とルフィにウソップ、チョッパーが仲良くごろごろ転がっている。最後までナミと飲み比べをしていた自称悪魔の竜(エル・ドラゴ)という男はようやく自分が満足いくまで飲んだらしく、気持ちよさそうに手すりにもたれかかってすやすや眠っていた。

 月明かりが甲板を照らす。幾分涼しくなった風がサンジの耳元を掠めて遠くに吹いていった。その風は一体どこまでいくんだろうなあ、となんとなくその行く先と思われる方向を目で追ったサンジの目に、月の白い光で縁取られた輪郭が飛び込んできた。

 その輪郭が、手すりに座って足をぶらぶらさせているミス・ゴールデンウィークのものだとわかるのに少々時間を費やしたのは、自分も酔っている証拠だろうか、とサンジは首をかしげる。

「こんばんは、ミス・ゴールデンウィーク。ご機嫌いかが?」

 レディに対する礼儀を完璧に守ってサンジはおさげの少女に声をかけた。目が合ったのに声をかけないのはサンジの騎士道に反するものだ。

「……麦わら一味のコックさんね」
「知っていただいて光栄ですよ」

 顔だけサンジに向けて、くりくりとしたほっぺと同じようにくりくりと目を動かして、ミス・ゴールデンウィークが言った。

「フランシスもバカね。麦わら一味だとわかってたら手を出したりしなかったのに」
「…フランシス?」

 あの大酒飲み男の名前はそういえばフランシス=ドレイクだったなあ、と思い出したサンジはそんな突っ込みよりも、目の前でルフィの似顔絵を描いたというのにそこで全く気づかないミス・ゴールデンウィークも相当なものだと突っ込みたかった。
 ミス・ゴールデンウィークはサンジの問いかけを全く無視して、足をぶらぶらさせているままだ。

「ねえ、あなたリトルガーデンでは見かけなかったわ。あの時はまだあなたは麦わら一味には入っていなかったの?」
「…痛いところをついてくれますね。俺はあのときはロウの館で電伝虫とたわむれてたんですよ」
「……間抜けだわ」
「自分でもよーーーーくわかってます」
「あなたたちには酷い目に合わされたもの。これくらいは言わせてもらわないと」

 麦藁帽子を被った人畜無害に見せかける目の前のおさげ髪の少女に言いたい放題言われてサンジは苦笑するしかなかった。
 酷い目に合わされたのはむしろこちらのほうだ。誰の何が嬉しくてケーキに刺さった蝋燭になりたがる人間がいるだろうか。ビビから散々聞かされた「蝋燭事件」はただでさえ短い足を切り落とそうとしたアホマリモの記憶とともにサンジに鮮明に記録されている。

「…まあ、それはお互い様、と言うことで水に流してもらえませんか」
「…条件によるわ」
「おいしい緑茶を1杯ご馳走する、と言うことでどうでしょう」
「……」

 しばらくそのサンジの言葉を吟味する顔つきでミス・ゴールデンウィークは足をぶらぶらさせるのを止めて考えた。

「悪くない条件ね」
「それはどうも」

 手すりからすとん、と甲板に下り、本日はじめて全身をサンジに向けて、その月の明かりに照らされた金色の髪を見上げながらミス・ゴールデンウィークは言った。

「せっかくだから寝覚めにいただくわ」
「仰せのとおり」
「それじゃあ、明日の朝。朝日が昇ってあなたの船の船首にかかるより前に」

 とぼけた表情でそう言って、ミス・ゴールデンウィークは少し危なっかしい足取りで自称エル=ドラゴのところに向かっていった。
 胸ポケットからタバコを取り出して、一本口に咥えると、サンジは煌々と照らす満月に向かってふう、と煙を吐き出した。





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