□雅号□



「…おいおいウソップ、迷子になってくれるなよ」

 サンジが軽くため息をついてウソップに向かって言う。

「ただでさえミスター迷子世界一連れてんだ。お前まで構ってやる余裕ねーんだからよ」
「…誰のことだ」
「俺の目の前にいる緑のマリモマン以外の誰のことに聞こえるってーんだ?ああ?」

 島一番の目抜き通りを男三人連れ立って仲良くお買い物をしているのは大変目立つし、そもそも外見からして大変目立ちまくっている。
 この島にはいないタイプの金色で色の白いサンジはどこから調達してきたのかよくわからないものすごくつばの広い帽子を無造作に被っていたし、緑色の頭の体格の大変よい剣豪は見事に日焼けをして真っ赤な顔を晒していたのでその存在感ときたら抜群だ。
 口をへの字に曲げてお互いをばちばちばち、とにらみ合う二人を浅黒い肌をした島民達は物陰からこそこそと見守ることしかできない。

「なんだー、お前ら。俺がいないとすぐ喧嘩しやがる」

 今にも刀を抜きそうだったゾロとサンジの間にひょい、とゴムの腕が伸びてきた。
 右手を麦藁帽子に当てて、左腕をうねうねさせて登場した船長をゾロとサンジは恐ろしい勢いで睨みつける。

「うっせぇ!邪魔すんじゃねー!」
「つーかてめーまた鉄砲玉みたいに出て行きやがって。トラブル背負って帰ってきてねーだろーなー」

 ゾロは日に焼けた顔を真っ赤にしてまだ何か言っていたが、サンジの方は胸ポケットから煙草を取り出して、しゅ、とマッチを擦ってそれに火をつけ、白い煙をふーっと吹き出してから心の不安点を口に出した。
 2人の言葉に、道の真中にあぐらをかいてにしししと笑っている船長の背後から、海賊でありお尋ね者の身である彼らとしてはかなりおなじみになってしまった台詞が聞こえてきた。

「待て――――!!金払えーーーーっ!」
「……」
「………」

 ゾロとサンジは無言で顔を見合わせて軽くため息をつくと、くるりと回れ右をして全速力で駆け出した。

「ウソップ!行くぞコラ!」
「なななななんだよ!俺はあの南の海最新式のパチンコを…!」
「つかまって金払わされたくなければさっさと走れ」

 頭に黒い布を巻きつけたやけに体格のよい男たちが、ルフィに向かって金を払えと大声あげて追いかけてきている。
 ゾロは隣に並んで走る金色の髪のコックをちらりと見やった。逃げ足が遅いわけはないし、元々化け物仕様の身体だからナニを心配することもないはずだ。

 しかし、ゾロは突然立ち止まった。そして刀を抜いてから、走り続ける仲間に向かって背中越しに大声で言った。

「ここは俺が食い止める、てめーらはさっさと逃げろ!」

 ごん

 派手に頭を殴られて大きなたんこぶを作ったゾロの首を引っつかんでサンジは無言で走り出す。

「…!いてーな!てめー!!」
「このクソマリモ頭!脳みそまで全部マリモに侵食されたか」

 すばらしい勢いで走りながらサンジはあきれ果てた声を出す。

「何で邪魔するんだっ」
「つか、何で戦うんだよ。言い分を聞いてみるまでわかりゃしねーが明らかにあちらサンはうちの船長の契約不履行で怒ってるみたいじゃねーか」

 並んで走るウソップはすごい形相で一生懸命両手を振っていたが、ルフィは大変涼しい顔をしていた。サンジの視線を受けて、にしししと笑う。

「だって食いもんあるとか言うからついてったら、勝手に絵を描かれてそれを買えって言うんだぜ」

 なんで絵なんか描かれたんだとゾロとサンジは今日2度目の同時ため息をついた。賞金首としての自覚が全くないこの船長は、例えば自分の肖像画が最新版として海軍に高く売れる、などという可能性にはちっとも思い当たらない。思い当たっていたとしても、そんなことは全く気にしない。
 そういう男だということは理解をしているはずだったが、あまりにも堂々としたその態度に時々ほんの少しの常識を求めたい気分になって…しまうことはないだろう、と途中まで考えてサンジは思った。
 これだからルフィなのだ。これ以外のルフィはルフィではない。

「コラ待て―――!!」

 背後の声がだんだん遠く小さくなる。メリー号付近まで走ったところでようやくその声が消えた。
 4人組は肩で息をしながら、何とはなしに走ってきた方向を振り返る。島の大通りのにぎやかさはまだそのままだ。幾分日が傾いてきてはいるが、まだ外は真っ青な空に真っ白な雲が印象的に輪郭を主張している。

「ルフィ、その手の中の紙切れは何だ?」
「ああ、これ。かいてもらった絵だよ」

 ウソップがルフィの手に握られた、丸められて少しくたびれた紙を指差して聞いた。ルフィもそこでその紙の存在を思い出した、といった風に一度紙に目を落としてからウソップを向き直ってカラカラと言う。

「持ってくるなよ!」
「置いてけよ!」
「そんなん持ってきたら請求されるの当たり前だろう!!」

 ゾロとサンジとウソップは同時にルフィに突っ込んだがルフィは「そうかー」と言ったきりで別に態度を改めることはなかった。相手の手に残ったままなら海軍の手に渡っていた、なんてことを考えたとはとても思えないけれど。

「全く…どれ、この俺様に見せてみろ。どんな絵なんだ?」
「それがよくわかんねーけど、あっという間にすらすらかいてたぞ」

 丸めた紙を受け取りながらウソップが言う。一応ウソップの審美眼はかなり正確だといってよいレベルなので、あの黒い布を巻きつけた男たちが金を請求してくるのが妥当かそうでないかを確かめておこうと思ったらしい。
 ウソップはその紙を広げた。
 ゾロとサンジもなんだなんだとその紙を覗き込む。

 明らかにウソップの顔色が変わった。ゴーグルの片方のレンズを下ろし、ダイヤルをしきりに調整している。そして、目の前の黒々とした墨で勢いよく書いたと思われるそれを穴が空くかという勢いでじっと見た。

「――――――――――おいルフィ!」

 蒼白な顔をしてウソップが振り返る。ただならぬ雰囲気にゾロとサンジは目を丸くして軽く息を呑んだ。ルフィは相変わらずにしししと笑っている。

「こりゃお前すげー人にかいてもらったな」
「そうなのか?」
「そーだ。ここに赤い落款があるだろう」
「ハンコのことか?」

 ウソップがルフィの目の前にその絵を突きつけてまくし立てる。

「よく見てみろ。この落款、ここ最近ものすごい勢いで作品を発表してウワサになってる、ナゾの写実画家『黄金週間』のものにまちがいねぇ」
「そのとーり!」

 がばっと音がして、頭に黒い布を巻きつけた男たちが五人、ルフィに折り重なって倒れこみ、押さえつけながら言った。

「にーちゃん、黄金週間の姉さんに絵ぇ描いてもらっといてタダっつーわけにはいかないなぁ」

 リーダー格の男がにやりと笑って言った。
   





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 夏という季節が好きです。

 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに…



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