□好きなものはお金とみかん□ |
「てめー!!このクソゴム!いいかげんにしやがれ――――っっっ」 どかばきべき ……あまりに見慣れたその光景に、クソゴムといわれたこの船の船長と、自慢の足技を繰り出して船長を撃退しようとしているコックの戦いに振り返るようなクルーはもうこのゴーイングメリー号の船上にはいなかった。 「いーじゃんか!サンジのケチ!」 「ケチで上等だこの全身ゴム胃袋人間!てめーに満足するまで食わせられるほど食料はねーんだよっ」 どかばきべき ……言い争いが少し続くと乱闘になり、かなり乱闘が続くと言い争いになる。よくもまあ飽きないものだとナミはデッキで新聞を広げながらちらりとルフィとサンジを見た。 うららかな昼下がり。グランドラインとは思えないくらいの気持ちのよい気候だ。 少し潮を含んだ風が、みかん畑の方角からちょうどナミに向かって吹いている。かすかな甘いみかんの香りがナミの全身を優しく包み込んだ。 「ちぇー――っ、サンジのやつ、最近全然食べさせてくんねーの」 口を尖らせてルフィがガニ股でどかどかと歩いてくる。そしてナミの隣を何事もなかったかのように通り過ぎて倉庫へ向かった。どうやら自給自足に思い至ったらしく、釣りざおを持ち出すと、船べりに腰をかけて糸をたれた。 金髪のコックがこのところ、特に食糧事情に煩いわけをナミは知っている。何かの弾みで偶然誕生日の話題が出たときに、あのコックは「ナミさんの誕生日には腕によりをかけてご馳走作るからね!」と言っていた。 その場にいたのはナミとサンジと二人だけだったから、他のクルーがナミの誕生日を知っているとは思えない。 そもそも誕生日などというものはこの船には無用の長物だとナミは思う。 ベルメールさんはノジコとナミが家族になった日を心からお祝いしてくれた。その日だけで十分だ。 会ったこともない「親」というものの存在を否が応でも思い出してしまうこの日は、正直ナミにとってそれほど価値があるものではないと思っていた。 触れられたことも、ぬくもりも、優しさも、そんなもの全てひっくるめて欲しいと思ったものを何一つくれることのなかった「親」という不思議な存在よりも、今目の前にいる仲間のほうがナミには余程大切なものだった。 勿論、そんなこと恥ずかしくて口に出すなんてことは絶対にないだろうけれど。 「…まあ、おいしいもの食べられるからいっかー」 うーんとひとつのびをして、ナミは新聞をたたみ、キッチンへ向かって歩いていった。 夕食はクルーが全員目を見張るくらい本当に豪華なものであった。 この日のためにとサンジがとり置いていたエレファントホンマグロの丸焼きに、澄んだコンソメスープ。焼きたてのフォカッチャには香り高いオリーブオイルが控えめに添えられている。海草と温野菜を見事にブレンドしたサラダのドレッシングはこれでもかというくらいに鮮やかで、生花が飾られた2段重ねのショートケーキには真っ赤な苺と、ラズベリーと、ブルーベリーがかわいらしく盛り付けてあった。 「すげーぞサンジ!めちゃくちゃうまそうだ!」 「なんだ今日の飯はやけに気合はいってんなあ」 「こらルフィ!てぇ出すな!!それは俺のだ!」 「ルーフィー――――…必殺タバスコ星!」 「ぎゃ――――――っっっ」 「食事中は静かに食いやがれっ!!!」 …わけもわからずご馳走にありつけたためあまりに激しく喜ぶ男連中をとりあえずサンジは蹴り飛ばした。 「何でサンジこんな飯作れるのに俺にはおやつくれなかったんだー?」 ルフィとしては大変ごもっともな疑問だ。金色の髪のコックはちらりとナミのほうを見やり、上向きに煙草をくわえなおしてルフィに説教する。 「てめーがつまみ食いしなきゃこんくれぇの料理はいつだって出せるんだよ!このクソゴム。少しは改心しやがれ!」 「え?じゃあ俺がおやつ我慢したら飯はこんなに豪華になるのか?」 「てめーがおやつと勝手に認識している実はつまみ食いをやめりゃあな」 「よし!じゃあ俺我慢するぞ!」 「大いにしてくれ」 煙を吹き出して、椅子にえらそうにふんぞり返ってサンジが言う。もっともその言葉の後に「次はいくら早くても11月だな」と言った事はまるっきりルフィの耳には入っていないらしかった。 「サンジくん、おいしかった、ご馳走様」 「ああっ!ナミさんにそう言ってもらえるなんて…このサンジ一生の思い出です!ありがとう神様今日という名のこの佳き日を!」 くねくねしながらそういうサンジは全くいつもと同じ反応だったので、ナミは内心少しほっとした。 今日が自分の誕生日だと知られるのは少し嫌だなと思っていたところだったから、サンジの心遣いがありがたかった。 世間一般的には誕生日というものはお祝いされる日という認識で間違いないはずだ。 しかしこの船には世間一般人が乗っているわけがなく、もれなく非常識人の集まりなのでおそらく誕生日を祝うなどという思考回路を持ち合わせているとは到底思えない。思えないが、ナミとしては、「知っててお祝いされない」というのと「知らないからお祝いされない」というのは完全に別のものだった。 知っているのならとどこかで期待してしまいそうな自分がいるのはちょっといただけない。なので、知らないのなら知らないままで済ませたほうが余程いいのだ。 いつものようにシャワーを浴びて、いつものように航海日誌をつけて、いつものように少しだけお酒を飲んで、ナミは眠る前に少しだけ海を見ようと甲板に出た。 ごくわずか輪郭のぼやけた月が明るく甲板を照らしている。満月になる直前の月の光量は闇夜を照らすには十分で、今日は海賊の襲撃もないだろうとナミは思った。 昼間よりは少し温度の低い風がさわさわとナミを通り抜けていく。みかんの香りが心なしかきつい。 昨年の今ごろはここにこうしているだなんて想像することもできなかった。 だから来年の今ごろはもっと想像できないような状況にいるだろうなとナミは思った。 でも、きっとそれはどんどんすごい方向に代わっていくんだろうということも確信していた。 この船のこのクルー達。そして船長。 最後まで一人で戦い抜くと決めていた自分が助けてと頼った相手。 惜しみなく全てをかけてこの自分を救い出した大きな手。 「ナミ―――――――――っ!」 大きな声で手を振りながら、ポケットをぱんぱんに膨らまして黒い髪の船長がみかん畑から降りてきた。 「…ルフィ?あんたナニしてんの?こんな夜中に」 起きていたら腹が減るからと食事の後は大概コックにどやしつけられて早い時間に眠りにつく船長にしてはかなり遅い時間だ。後少しで日付もかわる。 「ほらこれ」 「だからナニ?」 「プレゼントだ!」 大威張りでふんぞり返ってルフィは鼻から息を勢いよく吹き出した。 「………は?」 「だからプレゼントだ!ナミ、お前今日誕生日だろ!」 にしししと笑って船長はパンパンに膨らんだポケットの中からみかんを取り出してナミに突きつけた。 「………………………………ルフィ……なんで私の誕生日なんか知ってるの」 「だって飯が豪華だったじゃねーか」 「……」 「んで今日7月3日だろ?」 「……?」 「お前の名前ナ(7)ミ(3)じゃん!そしたら今日は絶対お前の誕生日だって思った。俺は!」 ルフィのその台詞にこめかみを抑えてからナミは眉間に皺を寄せた。世間一般常識的に計り知れないものをルフィは持っているがこれなどその極めつけもいいところだ。ルフィ理論でいくならクミさんは9月3日生まれでナナさんは7月7日生まれだろう。 「…………………あんたのそういうところってすごいと思うわ。私常々」 「俺がすごいことは今に始まったことじゃない!だから受け取れよ」 「…ルフィ……」 笑うと本当に糸目になる黒い髪の船長は満面の笑顔で両手いっぱいのみかんをナミに提示した。 …あのみかんはベルメールさんのみかんだった。 ベルメールさんの優しい手がたくさんたくさんみかんを取って食べさせてくれた。 今はもう触れることのかなわないベルメールさんの手。 今こうしてみかんを取ってきたのは、この船の船長。一億ベリーの賞金首。そして未来の海賊王。 「ナミ、お金とみかんが好きだって言ってたろ?俺、金がないからみかんで我慢してくれよ」 「………ルフィ……」 そう言ってナミはルフィの手からみかんを受け取り、そのみかんを長いことじっと見つめていた。その肩が、わずかに震えているような気がルフィにはして、なんとなく不安になってルフィはナミの顔を覗き込んだ。 「…ナミ?」 「……ルフィ……あんた……」 そこでまたナミが言葉を区切ったので、ルフィはますますナミの顔を覗き込んだ。息がかかるくらいそばにナミの長いきれいなまつげが見える。 ばこーーーーーーーーん 「……!!いってーな!!なにすんだよナミ!!!」 「なにってあんたこのみかんどっから持ってきたのよ!」 「どこってそりゃこの船にみかんがある場所なんてあそこしかないだろ」 「……勝手にベルメールさんのみかん畑に触るなって言ってあるわよねぇぇぇぇぇ」 「…………わーーーーっ、いいじゃねーかお祝いしたかったんだし!!」 「煩い!このみかん泥棒!あんたどうせくれる前に何個か食べたでしょう!!」 「12個しか食ってね―よ!」 「………………なんですって!!!」 満月になる直前の月の光に明るく照らされた甲板をナミに追い掛け回されてルフィは走った。 どたどた言う音がナミの肩を振るわせる何かを吹っ飛ばしているようだった。 ナミにとって特別な7月3日は、ルフィを追い掛け回しているうちにいつのまにか終わっていた。 □□□□□ ナミ!誕生日おめでとうv 私はルナミ推奨なのでルナミテイストでいかせて頂きました。何はともあれ、ナミにはこれからいっぱいいっぱい幸せになってもらいたいものです。 ステキな背景はガソリンスタンド様からお借りしています。ありがとうございます。 感想なんかいただけると嬉しくて喜びの阿波踊りを踊っちゃいます。もしよろしければ掲示板とかメールとかに… 2003年7月3日 |