届く声 後編


「山南さんッ」
覗き込んだ彼が見たものは、血まみれになって、力なく笑う上司の姿だった。
「はは……」
「……」
山崎はそれを見つめる。どんな顔をすればいいのか分からなかったからだ。
「ははは……」
山南は力なく笑い続ける。その瞳はほとんど現実を映してはいなかった。
彼は……あまり、実戦の場に立ったことがない。そして……あまり、心が強くない。
いや、これは強い弱いの問題ではない。血に慣れているかどうかということは。
そして自らの手で相手の命を奪うという、それも刀で直接奪うという、
ずぶずぶと自分の刀が相手の体に沈み込み、その命を絶つという状況に何を感じるかは。
それが平気であることを……別に「強い」とは言わないだろう。

そして……山南は、とにかく、どのような意味においても、このような状況が得意な人間ではなかった。
山崎とは正反対に。
「あはは……」
瞳が笑っている。普段から、山南はよく笑う人だったけれども、この笑いはそういったものではなかった。
山崎は山南さんの笑顔が好きだった。でも、こんな微笑みは見たくなかった。
「山南さん」
肩を掴む。どうしたらいいのだろうと、途方に暮れながら。
「大丈夫ですか?」
尋ねる。自分の声に相変わらず感情がこもっていないことを知りながら。
「山南さん」
声をかける。とにかく何か言ってくれないかと思いながら。
そうしたら、なんとでも答えますからと考えながら。

「うん……」
山南の瞳がゆっくりと焦点を合わせた。
その瞳に自分の顔が映っていることを、山崎は見ていた。
相変わらず、何の表情もうつしてはいない顔。
――そうだな。これなら無視されるのも仕方ないな。
彼はそう考えた。
――声が、気持ちが、届かないのも無理はないな。
山崎は、そう思った。

「山崎くん……」
「はい」
ただうなずく。それしか出来ないから。
「山崎くん……ッ」
「はい」
「怖かったよッ!!」
がばっと山南は抱きついてきた。
「え……」
思わず凍り付く。
「本当に君がいてくれなかったら、僕はどうなっていたかッ」
「あ、はい……」
それは確かに事実だ。事実だが……山崎が今知りたいことは、そういうことではなく……。
「大丈夫ですか、山南さん」
「うん。君のおかげでね」
ぎゅっと再び強く抱きしめられた。心のどこかが、チクリと痛んだ。
嬉しい以上に、申し訳なかった。

「すみません。間に合いませんでした」
「そんなことないよ。助けてくれたじゃないか」
「すみません。怖い思いをさせて」
「いや、いいんだよ……。だって、僕が自分から望んだことだからね……」
「すみません」
「そんなに謝らなくてもいいじゃないか……山崎くん……」
山南は顔をあげる。顔にはまだ返り血が付いていたけれど、
そこには微笑みがあった。いつもの山南の笑みだった。
心がまた、チクリと痛む。嬉しい、嬉しいけれど……。どうしても消せない痛み。

二人で屯所に向かって帰る。
血まみれの山南をおぶりながら。……まだ、足が震えてちゃんと歩けないらしいので。
人とは出会わない。山崎がそういう道をきちんと選んで歩いているから。
結果としては遠回りだが、今は何よりも安全が優先した。
ただ、帰り道が遠いことは、少し、辛かった。この時間が長引くことは。
早く一人になりたかった。

「大丈夫ですか、山南さん」
「……さっきから、そればっかり言っているよ、山崎くん」
「はい……」
――僕にはそれしか言えませんから。
無力感にさいなまれながら、山崎はそう考えていた。

「ねえ、山崎くん」
後ろから声がする。吐息が肩にかかる。幸せな重み。だけど、とてもとても、重い心。
「一つ教えてあげようか」
「なんでしょうか」
「僕が、その、なんというか、正気に戻れたのはだね……」
「はい」
「君のその目が見ていてくれたからだよ」
「……」

思わず足が止まった。ただそれも一瞬のことで、山崎は再び歩き出す。
彼はそういう人間なので。
「山崎くんのその目が、僕は好きだよ。君がそうしていてくれると、きっと大丈夫な気がするんだ」
後ろから声がする。吐息が肩にかかる。幸せな重み。とてもとても幸せな重さ。
「君がいつもそうやって見ていてくれるから、僕はきっと、大丈夫な気がするんだ……」

――そうですか。
応じる声は言葉にならなかった。
ただ彼は願っていた。この道がいつまでも続きますようにと。

――僕もあなたが好きです。そんなあなたのことが、好きです。
応じる声は、やはり言葉にはならなかった。

「でももう、二度と無茶はしないでくださいね」
「うーん……」
早くも立ち直りつつあるらしい、というか懲りるということを知らない人の言葉を聞きながら、
山崎は困っていた。本当にこの人はまったくもうと、常にない長さで悪態をついていた。心の中で。
「困るのは僕なんですから」

けれども――それはなぜか、嫌なことではないのだった。


2007.1.18
このSSは「村民パルフェ」のrinko様に差し上げました。
愛に満ちた崎南と真・心戦組の彼らとその幸せを願いながら……この拙い作品を捧げます。

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