忠誠の証 後編


「山南さん、もうすぐ戦闘区域に入ります」
「分かっているよ、山崎くん」
山南は眼鏡に手をやって位置を直す。先ほどの姿が幻であったかのように、
表情はすっかり元の不敵な笑みに戻っていた。
「胸が高鳴るねえ」
自分も周囲も鼓舞するかのように、山南は声を発する。
その一言で、ブリッジにもさっと緊張がみなぎった。

山崎は自分が事前に調べ上げた敵要塞の図面を主画面に呼び出し、
レーダーや各種観測機器から入力されてくる情報を、そこに映しだしていく。
「情勢は五分ですね」
「いや、こちらの方が有利だ」
山南はすぐにいくつかのポイントを指し示した。砦の主要部分を抑えたその箇所では、
確かに心戦組側の方が優勢に戦いを進めている。
「計算違いだね……」
状況とは裏腹に、山南の口調は苦々しげだった。
「すぐに援護に入りますか?」
山崎の問いかけに対しても、苛立たしげに首を振る。
「まだいい。もっと近づかないと、射撃の精度が得られないからね」
「しかし……」
ミサイルならば充分に射程距離内ではないかと言おうとして、山崎は口をつぐんだ。
それは自分が判断することではない。

「もっと接近するよ」
山南は声をあげる。山崎の目は要塞に据えられた敵の砲台を捉えていたが、
彼は黙って指示に従った。まだ大丈夫だろうと思う。
それに、山南さんの船ならば、なんとかなるはずだと。
与えられた範囲、与えられた権限の中で最善を尽くすことだけを考えて、山崎は状況を監視する。
「敵砲台旋回。こちらを向いています」
「遅いッ」
確かに敵の砲台は旧式で、動きも遅かった。
「こちらが先に破壊してしまえッ!」
山南の叫び声と共に、黒船から無数の弾丸が降り注ぐ。
圧倒的な火力は、砲台の周囲ごと要塞を削り取り、それを沈黙させた。しかしまだまだある。

「敵砲台発射」
「ちッ」
潰しきれなかった砲台群からの第一射が飛んできた。
相手の射撃は遅く精度もなかったが、威力だけはある。
「撃ち返せっ!」
逆上した山南の叫び声を聞きながら、山崎はむしろ冷静に、懐に入り込みすぎたなと
理解していた。これでは完全に乱射戦だ。

敵弾の一発が黒船をかすめ、船は大きく揺れた。
この船は、あまり装甲が厚くない。山南が作るものは、大抵そのような傾向があった。
高性能高機能、ただし耐久性の面では劣る。――まるで製作者と同じように。

「まだまだッ」
冷静さなどかなぐり捨てて指揮卓を叩きつつも、山南の指は正確に敵砲台の位置を示していく。
山崎はそこへ的確に弾を撃ち込むことだけを考えていた。
砲の数も性能もこちらが上だから、よほど運が悪くない限りは撃ち勝てる。
そう冷静に判断する一方で、先ほどもっと強く山南を制止すべきではなかったかという、
消えない思いも残っていた。だが、これとて「全力で戦ったデータが欲しい」という山南の希望と、
一致しているではないかという反論も聞こえる。
――まったく、山南さんのことになると、僕は判断力を失うらしい。
心の中でそう呟きながら、山崎は乱戦の中でも表情を変えることなく、確実に操作を続けた。

やがて射撃音が尽き、爆撃による地上の煙も晴れていく。
「敵砲台沈黙」
ブリッジの中に、ほっとした空気が流れた。思わずコンソールに突っ伏す隊士達の中で、
山崎は唯一、汗一つかくことなく指揮卓を振り返った。
「山南さん」
「……なんだい」
立ち上がり、肩で息をしたままの山南は顔を上げる。
それでもさすがに表情は、まだ戦意を失ってはいなかった。
「下では本隊が要塞への突入を」
「クソッ」
「結果として、我々が囮になった恰好です」
淡々と報告を続ける山崎の顔を、山南は睨みつけた。視線は山崎の顔を通過した先を見ており、
決して部下に苛立ちをぶつけているわけではないことは分かる。
それにしても上司に正確な報告を出すという自分の役目を、損だと思ったのは初めてだった。

「……どうしますか」
山崎は個人的な感情を抑えつけて尋ねた。結局のところ彼にできるのは、
自分のするべきことをするという、それ以上でも以下でもないことを痛切に感じながら。
「敵の本陣はまだ落ちてはいないんだね」
山南は汗を拭いながら椅子に腰を下ろし、きつく何かを考え込んでいる表情で画面を見つめた。
「はい。しかし突入はもう始まっています」
「本丸を撃つ」
要塞の中央部が指し示される。
「……味方の先陣が今どの部分にいるかは、分かりません」
空の上からは、敵要塞の中でどこまで味方が侵入しているのかまでは把握しきれない。
下手をすれば彼らごと吹き飛ばしてしまう危険性があった。
「大丈夫だ。味方はそこまで到達していない」
山南は断言する。山崎はしばしその顔を見つめた。

眼鏡の奥で汗に濡れて光る山南の目は、普通ではない輝きをはなっていた。
頭の中に思考が溢れるあまり、何も見てはいない目。
けれども、だからこそ、「大丈夫だ」というのは確かに計算した結果なのだろうが。
いや、彼が考えているのは、自分があげるべき戦果のことだけなのかもしれない。
あるいは土方への対抗意識だけなのかもしれない。
山崎には分からなかった。

おそらく、他の人間ならば撃たないだろうと思う。そう、他の人間ならば。
山南をただの指揮官としてしか見ていない人間ならば。

「撃ちたまえ、山崎くん」
しっかりと山崎の目を捉えて、再度山南は命じる。そこには逆らえないだけの何かがあった。
――「勿体ないよ」
戦闘前に言われた言葉が頭に響く。自分のことを、そう言ってくれた人。
山崎は無言で目をコンソールに落とし、目標の座標を入力する。
ブリッジ中の視線が自分に集まっていることを感じていた。他の人間なら、撃たないだろう。
だが、山南が判断したのだから間違いない。自分は、自分だけは、それを信じるべきだと。

――あの時は、それが忠誠の証だと思ったのだ。

指がボタンを押す。
黒船の主砲は、正確に敵要塞中枢を撃ち砕いた。――味方に損害は、出なかった。

「そうか、おまえが撃ったのか」
土方は声に危険な静けさをたたえて言う。
「反省しています」
山崎は変わらずまっすぐに鬼の副長の目を見返して言った。
「僕が止めるべきでした」
「……ほう」
たっぷりと時間をかけ、土方は山崎の顔を見つめる。
もっとも、自分の顔に何の表情も浮かんでいないことだけは、山崎にも自信があった。

「そうか」
だが何かを納得したように、土方はうなずく。
「分かったよ。つまりおまえは山南派ってことだ」
――そして俺の敵だ。彼の目はそう語っていた。
「局長裁定で、今回のことは咎めなしってことになった。……命拾いしたな」
最後にひときわ鋭く山崎を睨みつけると、さっときびすを返して土方は去っていく。

その後ろ姿を見送りながら、山崎は息を吐いた。
土方に言った言葉は、紛れもなく本心だ。あの時、自分は山南を止めるべきだった。
それはもちろん土方のためではなく、心戦組のためでもなく、誰のためでもなくて、山南のために。
忠誠を感じているからこそ、相手に判断力を委ねるのではなく、自分で判断するべきだと、
あの人自身が言っていたように。――「勿体ないよ」

言葉の主が部屋を出てくる。
「ああ、山崎くんッ。まったく土方ときたら、なんてわからず屋なんだろうねえ」
「……今回は山南さんがやりすぎです」
「ええー」
心外な様子で口を曲げる、まるで子供のような副長に向かって山崎は頭を下げた。
「そして僕もやりすぎました。すみません」
――次は必ず、止めますから。


2004.9.30

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