「ふぅん……」
前に倒していた体を戻し、腕組みをして山南はうなずいた。
それはさっきまでとは裏腹の真剣な顔で、否応なく相手に話を続けさせるだけの力を持っていた。
それゆえに山崎は、今日見たその姿を克明に思い出しながら先を続ける。
「もう老犬で、かなり衰弱していました。おそらく、ここ数日の命でしょう」
「わかるのかい?」
「多少は医術の心得がありますから」
答えてから、少し言葉を切った。そして山崎はまっすぐに横に座っている相手の顔を見つめた。
「山南さん」
「……なんだい?」
「野垂れ死ぬとは、どういう気持ちがするのでしょうか?」
山南は視線をそらし、庭を見つめながら顎に手をやる。
「難しい質問だね」
はぐらかすのではなく、真剣に幾通りもの回答を頭に思い浮かべながら、
最善の解を探っている学者の顔だった。少し見とれてしまう程に、彼は真摯だった。
「僕も戦うことには向いていません」
「うん」
「僕は侍ではない。しかしいつかは戦いの中で命を落とすような気がします」
そこで山崎は言葉を切る。喋りすぎたという気がしたからだ。
本当はこう続けるつもりだった。
――その時、満足して死ねるのでしょうか?
「……」
やはり喋りすぎたなと思う。どうしてこんなことを口にしてしまったのだろうと、後悔すらしていた。
不快というわけではないが、ただただ失敗してしまったという感覚に近い。
もう立ち去ろうと心を決めて、実際に立ち上がる前に一応は何かを言おうと山南を見ると、
彼は深く考え込んだ顔のまま、怖い程の瞳でここならぬどこかを見つめている。
「山南さん」
「ああ、すまない。ちょっと考えてしまってね」
「何をですか」
「その犬のことだよ」
また虚をつかれて、山崎は動揺しそうになる自分を慌てて抑えた。
このままいくと、本当に何か自分らしくないことをしてしまう気がする。そんな予感がした。
「その犬、私が治せればよかったんだけどね」
山南は本気の口調と顔で語り続けた。
「私は機械は作れても、生き物の体はいじれない。そのことが残念でならないよ」
なかばあ然とする山崎の横で、その人は真剣に可能性を模索しているようだった。
「せめてここに連れてこられたら、少しは苦痛を和らげられないかな?」
「無理でしょう。あの状態で動かすことは、苦痛にしかならないと思います」
「そうか……」
山南は顎にやった手を動かす。
「……山南さん」
「うん?」
「もう、やめてください」
困っていた。まったくもって、困っていた。しかし決して不快になったわけではない。
うまく顔の表情を作れない自分がもどかしいほどだった。
「……何か、気分を害することを言ってしまったかい?」
「いいえ」
額を汗が流れるのを感じる。表情だけではなく、言葉もうまく選べない。
そんな自分の有り様を、今ほどもどかしく感じることはなかった。
何も言う事ができず、ただ相手の顔を見るのが精一杯だった。
「そうか。じゃあ、この話はやめよう」
山南はふっと肩の力を抜いた顔になる。山崎の体からも、つられて力が抜けてく。
そのまましばらく時が流れた。
「バズーカをね、作るんだ」
「……はい」
「刀以外の戦い方が、あってもいいじゃないか。ねえ?」
「そうですね」
「私は山崎くんのことを頼りにしているよ」
「……ありがとうございます」
何かとても重大な言葉を聞いた気がする。
だがそれよりも、山崎は横に座っている人の優しさについて、気を取られていた。
これは優しいのではなく、甘さなのかもしれない。
だが、一つだけ確かなのは、山南ケースケは柔らかな人だということだ。
山崎とはおそらく正反対の性質だと思い、そして守りたいと切実に感じた。
――この人の柔らかな部分を、自分が守りたい。
あの犬の顔が、そして撫でた時の手触りが、また鮮明に浮かぶ。
「山南さん」
「なんだい?」
「明日もその犬の様子を見に行こうと思います」
「それがいいよ」
「死んだら、どこか静かな場所に埋めてやります」
「ああ」
――優しいんだね、山崎くんは。そう山南はうなずいた。
優しくなどないと山崎は思う。ただ、いつかあの犬のように自分も死ぬのかと思っただけだ。
そして怖くなった。ただそれだけのことだった。――だが、山南は確かに答をくれた。
「山南さん」
「ん?」
これだけは言っておこうと思って、山崎は懸命に言葉を振り絞る。
「僕はあなたを守ります」
「……え?」
山南は思ってもみないことを言われたといった様子で、目をぱちりとまばたかせた。
無防備極まりないその顔を見ながら、まったく、どうしてこの人はこうなんだろうと山崎は考えて――
そんな人だから守ると決めたのだと思いなおした。
「では」
一礼して立ち上がる。
「あ、山崎くんッ」
「なにか」
「その犬の様子、私にも知らせてくれよ」
「……はい」
胸に暖かなものがこみ上げる。本当に自分らしくないことだと思いながら、
しかし決して不快ではない感覚だった。
2004.9.12
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