誤解


様々な人間の運命を変え、多くの秘密が太陽の下に暴き出され、
まるで台風のように通り過ぎていった、あの南国の島での騒動からだいぶ経ったある日の事。
高松は相変わらずガンマ団の医療スタッフとして白衣をまとい、
薬品の匂いに満ちた部屋で静かに一人煙草を吸っていた。
本当に静かな午後だった。

そんな彼だけの時間に滑り込んできた古い友人。
彼はノックもせずに入ってきて、ごく自然な仕草でデスクに腰掛けた。
「やあ。ドクター」
「……あなたねぇ、行儀が悪いですよ。サービス」
高松は肘をついた姿勢のまま、25年間罪を共有した友人を見上げる。
「私は患者じゃないから、これには座りたくない」
罪悪感というものに乏しい友人は、それだけ言って足で丸椅子を押しのける。
他の人間がすれば粗暴以外の何物でもない行為なのに、彼がすると妙に優雅だ。
そのことだけは否定できない。が、自分の空間を乱されるのはやはり好きではない。

フンと不機嫌そうに息をついて視線をそらす高松の横顔に、サービスは顔を近づけた。
「ドクター、髪にゴミが付いている」
無造作にこめかみ近くへと伸ばされた指が、髪をくすぐり、奥に隠された耳にかすかに触れる。
不本意なことに、背筋がぴくりと反応してしまった。
「いいんですか? ジャンが見たら誤解しますよ」
「まずいかな」
小首をかしげる仕草はどこか少年のようで、また溜息をつく。
「あなたねぇ、いい歳してもうちょっと自分の行動に責任ってものを持ちなさいよ」
「その言葉を君に言われるだなんて、心外だ」
ククッと楽しそうに笑って、サービスは指につまんだ細く白いものをくるくると回してみせた。
それが先ほど高松の髪からとったゴミらしい。

「……まさか白髪じゃないでしょうね?」
「残念ながら、違うみたいだ」
ほらと丁寧に差し出してみせてから、サービスは身体をひねってゴミ箱の中に糸くずを落とす。
傍若無人なわりに、そういう所は律儀だ。昔から。多分彼なりの基準があるのだろう。
もっともその線引きがどこにあるのかは、未だに理解できかねる。
高松がそんなことを考えている横で、傍若無人な友人はまた残酷なことを口にした。
「黒髪だと白髪も目立ちやすいだろうね」
「あんたねえ、自分が歳取らない体質だからって、好き勝手言ってますね」
吸い終えた煙草を灰皿に落として、また新しく火を付ける。
「そんなことはないさ」
声にこもった静けさに、高松は目だけ動かして先を問う。
「ジャンと一緒にいると自分が歳を取ったことを実感するよ。
 たぶん、これまで生きてきた年数よりこれから生きていける年数のほうが少ないんだろうってね」
静かに言葉をつむぐ横顔には、たしかに若さではないものが映っていた。
「ジャンに白髪が生えるところを、私が見ることはないんだろうな」

結局ノロケに来たんですかと思いつつ、高松は意地悪く問うてみる。
「その前に歳取るんですかね、あの男」
「……さあ?」
「人間は歳をとる生き物だってこと、忘れてるんじゃないですか」
「可能性はあるな」
くつくつと楽しそうにサービスは笑う。

そしてふと真顔になって言葉を続けた。
「25年間だよ。ジャンに出会う前より、彼を失ってからの時間のほうが長い。
 その間、ずっと罪を背負って生きてきたつもりだったのに」
「……」
「シンタローもグンマも、ジャンが死んだ年齢をとっくに越えてしまった。それなのに。
 彼だけが若いんだ。彼だけが、ずっと」
美しい友人は、ほとんど表情を変えることなく、淡々と話し続ける。
「どう受けとめればいいのか、分からなくなるよ。時々」

「あなたの口から、そんな殊勝な言葉が聞けるとは思ってもみませんでしたよ」
「ドクターだから話しているんだよ」
「だからまた、そういう事を……」
高松は自分のこめかみを揉む。何年生きようとも、親友のこの自覚の無さは変わることがない。
そして、もっと長い年月を生きていながら、この甘えに一々転がされているもう一人の友。
「……本気で頭痛がしてきました」
「それは大変だ」
サービスは言うだけ言って満足したように、涼しい顔で髪をかき上げた。

その様子を横目で見ながら、高松はぼそっと呟く。
「私のグンマ様とキンタロー様には近づかないでくださいよ。まったくもう」
「私にとっては甥っ子なんだけどな」
「青の一族とは思えないくらい素直な方々なんですから」
「まったく、君が育てたとはとても思えないくらいに」
二人は互いに笑い合う。一人は天使の微笑みで、もう一人は科学者の苦笑を。

そうしながら高松の頭の中にある常に冷えた部分は、この空間を共有することもまた、
生きることと歳をとることがイコールではないあの男とはできないんでしょうねと考えていた。
――それで、あなたは私に何を求めているんです、サービス?

いつの間にか灰が長くなってしまった煙草をもみ消し、
再び新しいものを取り出して火を付ける横で、友は語り続ける。
「シンタローもグンマも真っ直ぐに育ってくれた。私達はあんな事をしたのに、ね。
 本当に、一族の宿命はあの子達の代で変わるのかもしれないな」
「そしてあなたは取り残される側ですか」
サービスはただ静かに微笑む。
「ドクターも色々と誤解されているよ」
「いいんですよ、頭悪い連中にどう思われようが」
目を伏せて煙を味わっていると、横から手が伸びてきて取り上げられた。
顔をあげると美しい顔が近づいてきて、触れて、離れた。

「誤解されますよ」
表情を変えずにポツリと言う高松の様子を見て、サービスはクスッと笑う。
「それって誤解っていうのかな」
「確かにそれは、そうですね」

火がついたままの煙草が、灰皿に落ちた。


2004.5.3

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