その愛の意味 後編


消灯時間はとっくに過ぎているが、総帥の弟にして科学士官でもあり
時にはここで教鞭も執るルーザーは、とがめられることもなく寄宿棟に入ることが出来る。

案の定、暗い廊下にドアの隙間から明かりが漏れているのを確認して、コンコンと扉を叩く。
「はい?」
すぐに透明感のある声が返ってきた。
「ぼくだよ、サービス」
答えるとすぐにカチャとドアが開く。そして光の中に笑顔の弟が立っていた。
研究室の蛍光灯とは対称的な、柔らかな白熱灯の明かりの下で、金の髪が輝く。

歩み寄って、抱きしめた。弟の髪の香が鼻をくすぐる。
やはりもう風呂には入った後らしい、彼が愛用しているシャンプーの匂いがした。
「ようこそ。ルーザー兄さん」
サービスも抱きしめ返してくる。強すぎもせず、だけど親愛の感情が確実に伝わる強さで。
成長期だから会う度にたくましくなっていくけれど、彼の腕に込められた力はいつも一定だった。
必要以上でも以下でもない。そういった弟の性質が、ルーザーにとってはとても好ましい。
親愛の情を込めて白い頬にキスをすると、サービスも同じようにキスを返す。

「この時間までお仕事ですか?」
問いかけつつ兄を室内にいざなって、弟はさっきまで自分が座っていたらしい
デスクの前の椅子を指して、「どうぞ」と勧めてくれた。
士官学校の宿舎なので、部屋には最低限の家具しかない。
サービスは補助用らしい木の丸椅子を片隅から引っ張ってきて、すぐ横に腰掛ける。
「いいのかい?」と聞くと、「ぼくは疲れていませんから」と笑った。

そして「紅茶しかないんだけど……」と言いながら、さっきまで自分が飲んでいたらしい
ティーポットから、暖かなお茶を注いで渡してくれる。
「すみません、カップが一つしかなくて」
確かに机の上にあるのはマグカップ一つだけだった。
「じゃあ一緒に飲めばいい」
そう言うと、サービスは嬉しそうに微笑む。

同じ謝罪の言葉でも、研究室とは雲泥の差だなと思った。ここには受容だけがある。
世界がみな、こんなにシンプルだったらいいのに。
ぼくの指示にだけ従っていれば、それですべて上手くいくのに。

「ところでサービス、さっきから時々混じっている他人行儀な口調はやめてくれないかな」
「ああ、ごめんなさい。ここでは兄さんは先生でもあるから、つい混じってしまって」
「どこにいても、ぼくはぼくだよ」
サービスがサービスであるように、と心の中でつけ加える。
「はい、ルーザー兄さん」
応えて弟は、座っている椅子をもっとこちら側にずらして、甘えるようにもたれかかってきた。

昔からルーザーとサービスにとっては、
こうして触れ合っていることが何より心地よく、自然なことだった。
その理由を兄は、自分は常に周りへの距離感と無縁でいられないからだろうと分析している。
この弟だけが唯一距離ゼロでいられる、いてもいいと思える相手だ。

きっとサービスもそうなのだろう。ルーザーとはまた違った理由から、
本人には責任のない部分でこの弟も、周りとの距離をうまく取ることができない。
似ているからこそなおさら痛々しく思えて、だからなおさら抱きしめたくなる。

それでルーザーは今も右手でサービスの肩を抱き寄せながら、
机の上に広げられていた本を覗き込んだ。
「相変わらず無駄の多い文章が好きなんだね、サービス」
「シェイクスピアの戯曲ですよ。……どうしてもぼくはこういうのが好きで」
サービスは吐息がかかる程に兄の耳元に口を近づけて、
小声で「兄さんの期待に添えなくてごめんなさい」とつけ加える。
でも決して卑屈ではなく、そこにあるのは許されることを信じている甘え。
ルーザーにはどこまでも心地よいものだった。

ここに来たのは正解だったなと思う。
ただ静かで安らかなだけで建設的なことは何もないけれど、決して退屈でも面倒でもない。
だから、ずっとサービスが研究室に来てくれたらいいのにと望んでいたけど、
どうやら無理みたいだと分かっても不思議と失望は湧いてこなかった。
他ならぬサービスの願いだから。研究室じゃなくても、傍にいてくれるだけで、それでいい。
いつまでもこの綺麗な目でルーザーに向かって微笑んでくれれば、それでいい。
他の人間は絶対にしてくれないことだ。……他の兄弟、マジックもハーレムも。

その連想からふと思い立って聞いてみた。
「サービスはぼくのことが怖くないのかい?」
「……? いいえ。そんなわけないでしょう、ぼくの兄さんなのに」
サービスは微笑んで答え、証拠を示すかのようにルーザーの頬にキスをする。
「さっき部下は怖がっていたよ」
「兄さんはとても優秀だから。銃を向けられたら怖いのと同じですよ」
別に言葉で死ぬことはないんだから、論理的じゃないよと思いつつも、
なんとなく、その説明には納得がいった。
サービスがほとんど膝の上に乗るくらいに体を寄せてきて、抱きしめてくれたからかもしれない。

「ハーレムもぼくのことが怖いみたいだ」
ルーザーにはその理由が分からない。
ハーレムとは双子でもあるサービスも、困ったように眉を寄せた。
「……彼は、ぼくとはだいぶ性格が違うから」
「そうだね」
あの子には昔から沢山苦労をさせられた。サービスは反対に全然手のかからない子だった。
「こっちにおいで、サービス」
子供の頃のように膝の上に乗せる。さすがに体格の問題で、横抱きの姿勢になったけれど。
もっと成長したら、こうして抱き上げることはもう出来なくなるんだなと思うと寂しかった。

だから、子供の頃のように額にキスをする。
両頬に手を添えて、その顔を覗き込む。
長いまつげの奥にある青く美しい瞳に、自分の顔が映っているのが見えた。
――この子だけはぼくを怖がらない。
改めてそう思いながら、どんどん顔の距離を近づけて、最後は自然と唇と唇が触れ合っていた。
いつも抱きしめあってきたように、自然に。

そして最初はついばむように。次に段々と濃く。
サービスは嫌がる様子もなく、いつものように、ただひたすら兄の行為を受容する。
いつの間にか閉じていた目を開くと、相変わらず優しい顔が目前にあった。
どこか困ったようでもあったけど、あくまで微笑みは崩さずに。

「愛しているよ、サービス」
そう呟いていた。意味は、男が女を愛するように、
君との子供を作ってみたいくらいに好きだよということ。
「ぼくも兄さんのことが好きですよ」
でもサービスの好きは、兄として好きだという意味でしかないだろう。

それでも。
「好きじゃなくて、愛してるって言ってくれないか」
「ええ、もちろん。愛してますよ、ルーザー兄さん」
やはり、兄弟として愛しているのだとしても。
もう一度キスをする。呼吸が止まってしまうくらいに強く。体を抱きしめながら。

ルーザーには他者の思いというものが、理解できないことの方が多い。
なのに、こんな時に限って分かってしまった。
こんな時だからこそ分かってしまったということに、彼はまだ気が付かない。

本当に、サービスとの子供が作れればいいのにと思う。
でもダメだ、遺伝子が近すぎる。
うまく障害だけを取り除けるよう操作するには、まだ技術が足りない。
だいいち遺伝子を改変して作られたものは、それはもうサービスの子じゃないだろう。
やっぱり距離はゼロにはならない。
どんなに技術を追求しても、埋められないものはある。

そうしてルーザーの心に小さな絶望が生まれた。
それがやがてはこの天才を食らいつくす元となる。
だけど、彼はまだ気付かない。

今はただ、穏やかな受容の中で悲しみと安らぎを抱きしめながら、口付けを。


2004.5.18

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