白い花が咲いたなら


光溢れる緑の庭に、僕の弟はいた。
「ああ、ルーザー兄さん」
こちらを見て立ち上がると、長く伸ばした金の髪が肩からはらりと落ちた。
「帰ってきていたんですか?」
軽く首をかしげて微笑む。切れ長の青い美しい瞳が細められる。
僕も笑った。
「久しぶりだね、サービス」
そっと手を伸ばす。
「会いたかったよ」
弟の白く柔らかい頬に一瞬指が触れ、次に彼は僕の腕の中へと飛び込んできた。
「私もです、兄さん」
サービスの髪からは、いつだって光の匂いがする。

「何をしていたんだい?」
僕は尋ねる。
「木を、植えていたんです」
サービスは足元に小さく芽吹く苗木を指さした。
その白く細く長い指が土に汚れているのを見て、僕は眉をひそめた。
「土いじりだなんて……」
「いけませんか?」
弟は笑う。許されることを知っている笑み、兄である僕のことを心の底から信じている微笑み。
だから僕は許す。
「いけなくはないけどね」
そうして笑った。弟と同じように、心の底から。
「サービスに土いじりは似合わないよ。どうして木なんか植えようと思ったんだい?」
誰かに言われてしたことじゃないかという予感がした。
「士官学校に入れば、しばらく帰ってこられませんから」
「じゃあせっかく植えても、世話する人間がいなくなるってことじゃないか」
「丈夫な種類を選んだから、きっと大丈夫ですよ」
サービスは無造作に手に付いた土をはらう。ぱらぱらとこぼれる土の欠片が
幼い苗木に降り注ぐ。まるで祝福を与えているように見えた。

ああなるほど、きっと大丈夫なんだねサービス、と僕は思う。
他の兄弟も、屋敷の使用人もこの苗木のことを気にかけるだろう。
いつも誰かが世話をして、学校の寮に入ったサービスに木の様子を伝えるのだろう。
弟は、愛される方法を知っている。

総帥として忙しく働く長兄、科学者として研究の一線に立っている僕、
士官学校には行かずいきなり実戦に出るという三男、そして末っ子の彼も。
僕ら兄弟は少しずつ離れていく。誰もがそのことに寂しさを感じている。
だからきっと。この木に水を与えることで、か細い結びつきを保とうとする。
弟は、無意識のうちにそれを知っている。

「ルーザー兄さん」
サービスは僕の手を握った。
「屋敷に戻ってきた時は、この木の様子を見てやって下さいね」
「そうだね……」
実のところ、僕には寂しいという感情がよく分からない。
「育ったら、白い花が咲くんだそうです」
ただ、この弟の笑顔は見ていたいと思う。

「それで、誰にこの苗木をもらったんだい?」
弟は答えなかった。笑って僕の頬にキスをして、屋敷に戻っていった。
他にも見せたいものがあるんだそうだ。

僕はちっぽけな苗木を見た。
踏みつぶそうかと考えた。とても簡単なことだ。
そうしたらサービスは悲しむのだろうか。
悲嘆にくれる弟の顔は、それでも美しいに違いない。
そしてきっと、誰かがまた彼に手を差し伸べる。
それが僕であればいいのだけれど。

自分の手を見た。
サービスの手が汚れていたから、僕の手にも土がついている。
この手じゃ弟の涙はぬぐえないなと考えた。
だからまあ、今日の所はやめておこう。

白い花が咲いてからでも。この木を枯らすのは、簡単だからね。


2004.4.28

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