「それで、今日はガンマ団新総帥の就任式だろ」
「分かってるよ」
一本吸い終わるころには、だいぶ頭が醒めてきた。
「おまえは来るのかい? ジャン」
「なんで俺がアイツを祝ってやんなきゃなんないの」
その新総帥と同じ顔をした男は、ふて腐れたようにそっぽを向く。
「私の甥なんだよ」
「いやアイツの身体は俺ので、精神は青の番人で……」
「甥なんだ」
きっぱりと言った。複雑に入り組んだ真相が明らかにされた後も、マジックが変わらず
シンタローを我が子として認め、迷い無くガンマ団を継がせることを決断したように、
サービスもそこだけは譲る気はない。
確かに24年間、あの子はサービスの甥であり、未来への希望を託した存在だったのだから。
「……」
ジャンは不満げな顔でサービスを睨みつけてくる。
ふと、子供っぽいなと思った。それはそうだ。今もジャンは18歳の時と同じ姿をしている。
40代のサービスにとって、18歳は子供に見える。
シンタローだって、今ではジャンの外見年齢より年は上なのだ。
改めて25年という歳月の重さを感じていると、
ふと人ならざる彼がどうしようもなく哀れに思えてきて、そんな自分に驚く。
呆然としてサービスが何も言えずにいると
ジャンはコロッと表情を変えて、ニコニコ笑いながら聞いてきた。
「ねー。俺とシンタロー、どっちが大切?」
……ズキリと頭に痛みが走る。何故かそれは、失った右目を中心に広がったような気がした。
シンタローも昔、似たような質問をしてきたことがあったなと思い出した。
何かの拍子にサービスが大切に持っていた学生時代のジャンの写真を見た甥っ子は、
「うわ、俺そっくり!」と叫んだ後、数日経ってから深刻そうな顔で聞いてきたのだ。
「ねえおじさん、おじさんが俺に構ってくれるのは、そのジャンって人と似ているから?」と。
サービスは「違うよ」と答えた。「ジャンはジャン、おまえはおまえだよ」と。
その時の言葉に嘘はなかった。……言葉にしなかった部分はあったけれど。
だから今、ジャンの質問にも嘘なく答えたかった。だけど、彼はきっとそれでは満足しない。
「ジャン」
それで、名前を呼んで彼の顎に手を伸ばす。顔と顔を近づけて、静かにささやく。
「おまえは私を守ってくれるんだろう?」
「……そうだ」
一瞬とまどったような表情をして、それでもジャンはきっぱりと答えた。
サービスは嬉しくて笑う。それもまた、本心だった。
「でも、私はもう終わった人間なんだ。生きてきた意味は、すべて失われてしまって」
言葉を句切る。
「おまえが居てくれることは嬉しいけれど」
吐息をもらす。
「何かを成すことはもうないだろう」
"もう"なんだろうか。自分が何か成したことなど本当にあったのだろうか。
罪を背負い、憎しみの中でもがきながら懸命に生きても。結局全ては偽りだったというのに。
頭の片隅でそんなことを考えながら、それでも笑って。だけどやはり涙は溢れて。
「あとはゆっくりと年老いて、死んでいくだけ」
「そんなこと言うなよ……サービス」
どうしていいのか分からないといった顔をして、 ジャンもサービスの頬に両手を伸ばしてくる。
「だから……」
さらに顔を、唇が触れそうな程に近づけてささやく。
「ジャン、あの子達を助けてやって欲しい。シンタローだけじゃなく、
グンマもキンタローも、コタローも」
愛しているから。でも、私はおまえより先に死ぬから。そこは言葉にならなかった。
言葉にしても、きっと伝わらないんだろうなと思った。
「ねえ。何かを守るのは得意だろ」
ジャンは困り切った顔で頭を振る。
「だけど、俺はかつておまえを守れなかった……」
「だから、今度はきっと出来るよ」
その一方で、考える。この言葉はかつてシンタローに言ったものではなかったか。
学生の頃、サービスがジャンをこのように励ましたことはあっただろうか。
「守ってくれ、私の大切な者たちを。この空間を。やっと手にした幸せを」
「……それが、今のおまえの幸せなのか?」
「そうだ」
サービスは泣きながら笑った。未来を語りながら、失った時間を思い起こして。
ジャンとの間に出来てしまった溝の深さを感じながら、それでも何かを求めて。
狂おしく、ジャンの身体を抱きしめる。
あの頃は、こんなことをしなくても彼との距離を感じたことなどなかった。
いつでも側にいるのが当然で、それがずっと続くと信じていた。
今、再び幸せを手にしたはずなのに、今度は失うことばかりを恐れている。
ああ、本当に自分は歳を取ってしまったんだなと感じた。
「泣かないでくれ、サービス」
ジャンもまた、サービスの身体をしっかりと抱き留めながら、昔と変わらない声で言う。
「分かったから。なあ。俺はただ、おまえに笑っていて欲しいだけなんだ」
あの頃からずっと。ジャンが求めてきたのはそれだけだった。本当に、それだけだった。
サービスは目を閉じる。この幸せを、きちんと受けとめなければと思う。そうしないと、可哀相だ。
誰が? ――彼が。
しばらく二人はそのままでいた。
やがて涙も乾いた頃、ようやく身体を離して見つめ合う。
「……おまえ、本当に涙もろくなったよな」
しょうがねえなあといった顔で、ジャンは笑う。屈託のない、あの頃のままの笑顔で。
「年寄りになったからね」
その言葉を、ハハッと実際の所サービスよりずっと長く生きている男は笑い飛ばす。
「それじゃ、出かける準備でもしますか」
言いながら、ベッドサイドに置いたままだったティーセットを取り上げて
ジャンはキッチンへと向かう。
「……ありがとう。ジャン」
サービスの言葉に、彼は振り向くことなく答えた。
「おまえのためならね」
「そう、私のために」
2004.5.10
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