分からない、分からない


「どうして分からないんだ、ハーレム?」
「お前の考えていることなんか、分かってたまるかッ!」

ここはハーレム率いる特戦部隊が所有する飛行船の中。
戦場から帰還する途中、「マジック兄さんに本部まで呼び出されたから乗せてくれ」と通告して、
一方的に乗り込んできた厄介な客。サービスという名前の双子の弟は、
相も変わらぬ黒いロングコート姿で、隊長室のソファーに優雅に腰掛けていた。
背もたれに体重をあずけ、足を伸ばし、くつろぎきった格好で寝そべっている。
これではどちらが部屋の主だか分かりゃしねえというのが、ハーレムの感想だった。
いつもそうだ。

なにせ、サービスがこの部屋に入ってきた時の第一声が、「疲れた」。
「お邪魔します」とか「迎えに来てくれてありがとうお兄様」とか言えねーのかお前はと返すと、
弟はわざとらしく彼を部屋まで案内してきた部下の方を振り返り、
「わざわざ地上まで迎えに来てくれてありがとう、マーカー」と微笑みながら言い放ったものだ。
「いえ……。ごゆっくり」とどこか引きつった顔で、「頼むから部屋破壊しないでくださいよ」と
目で無言の訴えを残しつつ退出した部下の様子を、思い出しても腹が立つ。
そして後はお定まりの口喧嘩だった。

「大体お前は昔から態度が悪すぎなんだよッ」
「野蛮人に言われたくないね」
「だれが野蛮人だコラ。ちょっとは戦場帰りの俺をねぎらおうって気はねーのか。
 何が"疲れた"だ。どうせ社交界で遊び回っていたんだろうがッ」
「社交だって疲れるものなんだよ。大体ぼくは人付き合いは嫌いだ。
 古い付き合いなんだからそれくらい知っているだろ。やりたくてやっているわけじゃない。
 これだってマジック兄さんの依頼なんだから、ハーレムの任務と大差ないよ」

一を言えば十返ってくるとはこのことだ。
肝心なことはろくに話もしないくせに、どうしてこんな時にはペラペラ回るんだこの口はッと、
その澄ました口元を子供の頃のように左右に引っ張ってやりたい衝動にかられるが、
弟はそれも読んで、「近寄らないでくれ」とばかりにさりげなく右手で眼魔砲の準備までしている。
もちろん兄としては正面から戦って負けるつもりはなかったが、確実に部屋は吹っ飛ぶ。

そして結局彼らのやりとりは、いつものように冒頭の台詞に行き着くのだった。

「双子なのに……」
わざとらしい溜息を吐きつつも、サービスには憂い顔が似合いすぎる程に似合う。
俺はだまされないぞと思いつつもつい揺れてしまう心を振り払うかのように、
ハーレムは自分によく似合うと自負している、意地悪い顔で笑ってみせた。
「じゃあそっちから歩み寄ってみろよ」
「歩み寄っているじゃないか」
「はン、ど・こ・が・だ・よ!?」
「自分からこの飛行船までやって来ただろ」
サービスは腰掛けたソファーをぱんぱんと叩く。
ハーレムには「こんなむさくるしい所まで」という声が聞こえたような気がした。
「……その合流地点まで、帰り道迂回してまで迎えに来いって言ったのは
 オメーじゃねぇかあああ!!」

緊張感に満ちた数秒の静寂の後……。
「不毛だね」「不毛だ」
ほぼ同時に同じ言葉を発してしまい、双子の兄はムッとした表情を、弟は苦笑を浮かべる。
ともあれ肩の力が抜けて、ハーレムもまた
弟とは慎重に距離を置いたままソファーに体重を預けた。

「それにしてもよ、お前がガンマ団関係の仕事をしているなんて珍しいな」
「本当はやりたくないんだけどね……」
サービスは気だるげに髪をかき上げる。確かに顔色は少し疲れているようだった。
「ハッ。どうこう言いつつ俺達の帰る場所はあそこしかねーんだよ」
ほがらかに笑って言ったハーレムの顔を、弟はジロっと見やる。
遠回しにとはいえ、どこか懐かしさすら覚えながら迎えの言葉を言ったつもりの兄は、
彼の目の底に光る冷たさに思わず鼻白んだ。
「……なんだよ」

「ハーレムは、疑わないんだな」
サービスはゆっくりと身体を起こす。
「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「このままマジック兄さんにずっと付いていくつもりなのかい?」
「なんだ? お前は反乱でもたくらんでるってのかよ」
弟はゆっくりと頭を振った。「どうして分からないんだ、ハーレム」と言いたげに。
双子の兄は、視線で「お前の考えていることなんか、分かってたまるかッ」と投げ返す。

歳をとるごとに美しく、そして憂い深くなっていく片割れはぽつりと言った。
「ぼくは以前、秘石を海に捨てたことがある」
「な……ッ」
愕然とした様子の兄を見やり、弟は魔女としか形容しようがない笑みを浮かべて
顔の横で細く長い指を立ててみせる。
「炉の中に放り込んだことも、地中深くに埋めたこともある。
 それも一度じゃなく何回もね。だけど、何度捨ててもアレは戻ってきた」
一転して眉をしかめるその顔は、心底秘石が忌まわしいものであるかのようだった。
ハーレムには急に室内の空気が下がったような気がした。

「……アイツの復讐か?」
どうしてこいつはそんなことが出来るんだという狂おしい問いが、喉元までせり上がってくる。
それはそのまま、弟が秘石眼をえぐった時に感じた恐ろしい疑惑でもあった。
なぜサービスには一族の象徴ともいえる石を、目を、簡単に捨てることが出来るのか。
ハーレムにとってこの世で一番大切なものは、幼い時からずっと一緒に歩んできた兄弟だった。
だがこの弟にとっては、本当は一族などどうでもいい存在なのかと、時々思ってしまう。
その度に心がかきむしられる。魂が分かたれるような痛みを感じる。

「そうだ。そうだけど、違う。ぼくは一族の宿命を壊したかった」
こちらを見ないまま、ふっと表情から力を抜いて弟は答える。
怒りも悲しみもない、ただ静かな横顔。だからこそ余計に怖くなる。
「でも捨てるなんて方法では無理なんだ。もっと根本的な何かが……」
兄の気持ちなど知るよしもなく、テーブルに片肘をついた上にあごを乗せ、
明後日の方向を眺めながらサービスは回顧し続ける。
本人は意識していないのだろうが、
そうやって今以外の時間を見つめている時こそ、この双子の弟は美しかった。
彼の瞳は、いつだって現実を見ているようで見ていない。
それはまるで、もうこの世にはいないあの男と過ごしたわずかな時間に、
魂の一部を置き忘れてきたという証拠にも感じられて、ハーレムの神経を逆撫でする。

「結局、壊すのかよ……」
だが、言えたのはそれだけだった。

「ハーレムには分からない」
「ああ。どうせ俺には分かんねーよ」
でもお前だってルーザー兄貴のことは何にも知らねえままじゃねえかと、
思わず口に出しそうになって、飲み込むために酒をあおった。
窓を眺める。飛行船の外には見渡す限りの青が広がっていた。一族の象徴、秘石と同じ色。
ハーレムにとって空は自由の象徴だった。家族とは安らぎの場所だった。
けど今だけは、その青が苦かった。


2004.5.7

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