「なにしてんだ、おまえ?」
慣れ親しんだ特戦部隊の飛行艦。その隊長室に、寝そべっていた賓客。
雑誌だの競馬新聞だので散らかり放題の部屋を、気にすることもなく、
ただ自分の居場所――座る場所だけはしっかりあけて、ソファにしどけなく。
三十数歳の双子の弟は、けだるげな視線で、なぜか嬉しそうにこちらを見上げて、唇に人差し指を当てた。
――黙っていて。の合図。
その口元がなぜか動いている。飴でも舐めているかのように、優しく。そして蠱惑的に。
「……なにしてンだよ?」
――おまえは俺のことなんか、大嫌いなんだろう? 一族なんて、捨てたんだろう?
それなのになぜ、今日に限って。今日――つまりは2月の14日。自分たちが生まれた日。
たった二人の双子として、この世に生を受けた日。
その生が、祝福され、輝いたものであったかは、分からないけれど……。
「おめでとう、ハーレム」
その気持ちを読んだかのように、こくりと喉を鳴らして口の中ものを嚥下し、双子の弟は口を開いた。
「なにが?」
「誕生日。おめでとう」
「めでたくなんかねーよ」
反射的にそう言ってしまう。コイツは危険だ。そう本能が感じていた。
きっとまた、ろくでもないことを企んでやがる、この弟は。今度はどんな復讐を――。
そう考えてしまう自分は、なんとも情けなく、そして悲しかったが。でもそれだけの理由はあって。
「だって僕が祝ってあげないと、他に誰も祝ってくれないだろう?」
ムカつく。何がめでたいものか、三十男の誕生日なんて。
彼――サービスはゆらりと立ち上がり、片手に箱を持ってこちらに近づいてくる。
――魔女、魔女、この魔女。今度は何を企んでやがる。
いつものように黒いコート。無造作でいながら、きちんとオーダーメイドで仕立てられた一品物。
体の線を浮かび上がらせる、女のようでいて、でも決して女のものではない肉体。
蠱惑的な瞳。同じパーツで作られているはずなのに、決して自分にはない表情。
だがなぜか逃げることは出来ない。それは兄として出来ない。そしてそれを相手も分かっている。
「おめでとう」
そうしているうちに、双子の弟はハーレムのすぐ前に立ち、その肩に両手を回して抱きしめた。
いや、しどけなく寄りかかってきたといった方がいい。
「酔ってんのか?」
口からは甘い香り。それとアルコールの香り。
「いや、確かにこれはウィスキー・ボンボンだけど、酔うってほどじゃないよ」
唇と唇がまさに触れあうような距離で、平然とそんなことを言う。
背後に自堕落な生活をにじませて。――だが、ハーレムも、人のことは言えない。
戦いと酒に明け暮れる日々。まるで何かから全速力で逃げ続けているように。
そうして歳を取っていく。そのむなしさを知りながらも。
「ほら口をあけて」
「嫌だね」
細い指でそのウィスキー・ボンボンとやらをつまみ上げながら、余計に体重を預けてくる。
ふざけんなテメェと思うが、もはや逃げられなくなっていた。いつの間にか。
……いつもそうだ。
「じゃあ、仕方ないね」
サービスはそう言って、ウィスキー・ボンボンを口に入れる。
赤い唇の間から白い歯が覗いて、ドキッとする。
そのまま口付けされた。
「!?」
舌で何かが押しつけられてくる。チョコレートだ。ウィスキー・ボンボンだ。
拒もうとするが、拒むときっと、この脆くて儚い菓子はつぶれてしまう。
そして中から濃密な酒があふれ出す。それはきっと自分たちの唇の間からしたたり落ちる。
そう考えていると、つい、飲み込んでしまっていた。ウィスキー・ボンボンを。
口の中にチョコレートの味が広がる。限りなくビターで、ほとんど甘味はない。
おそらくどこかの専門店の、最高級のチョコレート菓子。サービスの好みはいつもそうだ。
最高の物を、最低に消費。
「噛まないでね」
唇を離した弟は、美しく微笑みながらそう言った。
――ふざけんなッ。
という思いは言葉にならない。
「チョコレートが溶けて、お酒が出てくるまで待って」
白い指がハーレムの唇をそっと押す。いたずらをするように。魔法をかけるように。
そんなことをする人間は、今も昔もこの弟しかいなかった。
「おめでとう、ハーレム」
そっと抱きしめてくる。理由は知らないが。やっぱり酔っているだけなのかもしれないが。
「僕たちが生まれた日に。その生に。感謝をしよう」
どうしてそんな気持ちになったのかは知らないが。
いや、やっぱり復讐なんだろう。苦い苦いチョコレート。かみ砕いてしまえばいいのに、出来ない。
全て分かっていながら――、こうして優しくすることすら、相手にどれだけの苦味を与えるか知りながら。
それでもサービスは優しくハーレムを抱きしめる。せめてチョコレートが溶ける、それまでは。
そして囁く。
「おめでとう。僕たちが生まれてきた日に。幸せな誕生日に。ハーレム」
――Happy Birthday.
2007.2.14
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