「……んっ」
サービスは頬を紅く染めて声と吐息の境にあるものを発する。その顔は嫌になるほど美しい。
「…ぁ…、……うぅ、はあっ………、……ぅん…」
快楽に溺れきることはできないくせに、偽りの演技ばかり覚えていくくせに、
その体は貪欲なマジックを飽きさせることがなく、
この美貌を極限まで歪ませてやりたいという暗い情念は尽きることがない。
マジックは相変わらず無防備に投げ出された両腕の上に自分の手を押しつけ、
体重をかけて束縛した。そうしてゆっくりと動き続けながら命じる。
「目を開けろ、サービス」
「……、…………っ」
「こちらを向いて、目を開けるんだ」
「……」
答は沈黙だった。
先ほどまで出していた声を抑えることで、彼は拒否の意志を示してみせる。
もっともその有り様は、相手をますます猛らせるのに充分なものだった。
「………!? …ぅあッ!」
それまでのゆったりとした動きから一転し、痛みを感じる程急激に、堅く怒張したものを
容赦なく突き入れられて、サービスは思わず悲鳴を上げた。
マジックはそれを聞きながら顔を近づけ、むしろ優しい声音となってさらに命じる。
「ちゃんと目を開いて、おまえが、今、していることを、見ろ」
「あっ…………、んあっ……、く……ッ」
抵抗しようとしても両手はしっかりと押さえつけられ、広げられた足を甲斐なく動かしても
それはサービス自身の感覚にさらに刺激を加えるだけだった。
「ふ……、ぁ、ぅ………ぅ…ん」
「………、………ッ」
痛みと快楽の狭間で顔をしかめながら、些細な抵抗を続けるサービスに対し、マジックもまた
気を抜けば情欲に飲み込まれそうになりながらも、腰を動かして相手を責め続ける。
「ふあ……ぅ、…っ、………あっ、………ん……んんっ」
いつの間にか演技がクセとして体に染み込んでいたのか、
それとももはや演技ではなくなっていたのか、魔性の弟は少しずつ
前のように声をあげ始めていた。
「フッ」
兄はその様子をあざ笑う。
「……くぅ…ッ」
それを聞いた弟は、思わず足をマジックの腰に巻き付けて自ら腰を振っていた。
「はあッ」
今まで一度たりともそんなことをしたことはなかった相手の意外な動きに、
思わずマジックの声が漏れる。
それを聞いて微かに唇を歪めたサービスの様子を見て、支配者は激高した。
「貴様ッ」
「…………んん!!」
片手で頭をわしづかみにして、無理矢理こちらを向かせようとする。
サービスも必死になってもがくことで抵抗した。
「目を開け。さもないとぶつぞ、サービス!」
マジックの叫びに対し、瞬間的に弟の体から力が抜ける。それを苦々しく見下ろす兄の前で、
ベッドの上の被支配者は迷うように微かに瞳を開き、またすぐに閉じた。
「サービス」
再度その名に威圧をのせて呼びかけながら、体は逆に責めを和らげ
ゆっくりとその場に留まり円を描くかのような動きに変わっていく。
「…………、ぅぁ……」
応えるように声をあげて、片方だけの瞳がゆっくりと開かれる。
濡れて小刻みに揺れるそれは、青い水面のようだった。ただしその目に力はない。
マジックは両の目でしっかりと弟の視線を捕らえ、再び前後動を開始した。
ただし先ほどのような急激な動きではなく、あくまで快楽のみを与え、
そして与える以上にむさぼることを目的とした早さで。
「あ……、…んぁ、……、う……、はあ、………んッ」
サービスの瞳にもはや反逆の意志はなく、彼はいつものように性感の波に身を委ねながら、
自分にそれを与えている兄の顔をぼんやりと見つめていた。
彼の眼光は鋭く、魂まで射抜かれるようで、その前に全てを投げ出してしまいたくなる。
だけど、しない。それだけはしない。してはいけないのだと、何かが告げている。
「はあ……、は……、はあッ…」
マジックもまた、弟の中に没入を繰り返しながら、自分だけを見つめてくる相手の瞳が持つ
媚びと誘惑に、絡め取られるかのような感覚を味わっていた。
弟だからなと考える。守るべき弟であったモノだからなと。
しかし今はもう違う。何が違うのかはよく分からないが、目の前の存在は――確実に違う。
「あ……、ああ……、ん……、ぁんんっ」
「……、はあ……、……」
それぞれが頭の中では自分一人だけの思考をもてあそびながら、
皮肉なことに惰性だけで続ける体の動きは、最高の相性で互いが互いを煽り、呼応しあい、
徐々に早さを増し、彼らは渦に巻かれるようにして最後の深みへと滑り落ちていく……。
「……あ、んっッ。………ん……ぁ……あぁぁーッ」
そしてサービスが達して首を仰け反らせた瞬間、絡まり合っていた視線は外れ、呪縛が解けた。
「………はぁっ……クッ」
マジックは安堵と落胆の入り交じる奇妙な愉悦の中で、結局最後には自分を裏切った弟から
そのものを引き抜き、内側ではなく彼本来の性器の上へ自分の精をまき散らし、授けていた。
「にいさん……」
その熱い滴りを下腹部に感じながら、サービスは聞こえない程の小さな声で呟く。
「……」
何も生産しない、ただ快楽をむさぼるだけの営みの後、
マジックはベッドボードにもたれ掛かって、体を丸めて眠った様子のサービスの姿を眺めていた。
疲れているのはマジックも同じだが、彼は体以上に精神の疲労から、却って眠れないでいる。
まあ、それがなくとも二人が同じベッドで眠ることはあり得ないのだが。
マジックは疲れ切った表情の弟を、疑い深く見やりながら考える。
あの時は興奮し猛っていたが、今になってみれば大して面白くもない交わりだった。
少しばかりやりすぎた気がする。
マジックの失敗はいつも「やりすぎ」に由来するものだったから、
彼はこの感覚には敏感だった。もっとも今回は致命的な失敗を犯したわけではない。
だから次からはやめておけばいいだけのことだ。
やはりこの弟には演技をさせておき、それに乗ってやる程度がちょうどいい。
サービスは目を閉じ規則正しい呼吸を繰り返しながら、背部に残る痛みを感じていた。
兄は非道い、いつもやりすぎる。今日は特に酷かった。
だけどその身勝手さこそが心地よいものであるのも確かだった。
――兄さんが「ぶつ」なんて言い出さなければ。
ぶたれるのは嫌だ。訓練や戦闘で打撃を受けることは別に平気なのだが。
子供の頃、叱られたことが極端に少なかったからだろう。
経験のないまま大人になってしまい、今更叱られるのは怖くてたまらない。
そんなことを考える自分を子供みたいだと思いながら、兄はいつだって勝手だと
心の中で呟いて、今度こそ本当に眠りに落ちる。
遠くでドアが作動する圧縮空気の音がする。
そして二人は隔てられ、部屋はようやく日常の世界に戻ることを許された。
2004.7.29
|