ハーレムは兄の腕を押さえていた手を離し、自分の服を脱ぎ始めた。
ボタンを引きちぎるようにして外し、コートとその下のシャツをまとめて乱暴に脱ぎ捨てる。
そうして裸の胸を狂おしくルーザーの身体に押しつけ、その体温を感じ取った。
唇を吸うと吐息が熱い。
舌を差し入れると暖かくねばっこい液体がからみついた。そのまま兄の舌を絡ませ吸い上げる。
全ては粗野で性急な行為だったが、ルーザーは大人しくされるがままになっていた。
それどころかむしろ従うかのように舌を動かして、滑り落ちてくる弟の唾液を飲み込んでいく。
ハーレムは両手で兄の顔を押さえた。目を閉じたまま、手だけでその表情を探る。
ルーザーも瞳を閉じ、頬だけがハーレムの舌の動きに合わせて動いていた。
あまりに穏やかなキスだった。
「どうしてだ」
思わず唇を離して呟いた。
「何が?」
ゆっくりと目を開いたルーザーが聞き返す。こんな時でも兄の声は静かなものだった。
聞きたいことも言いたいことも沢山ある。だが口に出してはいけない気がした。
それに、言葉にすれば自分が想っていることよりもずっと矮小なものになってしまう気がした。
「どうして……」
だからそれだけを繰り返して頭を振り、それよりももっと目の前の身体を暴き確かめれば
答が分かるのではないかという衝動に突き動かされ、
唇を喉からその下へと移動させながら、もどかしく下半身からも衣服を取り去る。
さらに自分が引き裂いた兄の衣服の破れに指をかけ、裂いていった。
黒い布は闇に沈んで溶けるように消え、後には横たわる身体だけが残された。
やはり白い肌だと思う。傷ついてはいるが、ハーレムよりはずっと少ない。
たった一度、ルーザーが戦場で傷ついたのはたった一度のことで、それが最期だった。
手の届かない所で死んで、永遠に手の届かない所に逝ってしまったはずの兄が
今、目の前に横たわっている。その裸の胸は静かに上下して呼吸を続けている。
再びハーレムは兄の身体に手を触れた。今度は顔だけではなく全体を探っていく。
自然と行為は熱を帯びていった。鎖骨、肋骨、乳首、脇、腰骨、下腹部……。
「……、……っ」
愛撫に応えるようにルーザーは息を吸う。そしてわずかに開いた唇から呼気を滑り出させる。
静かな情欲に満たされていく様は、いかにもこの兄に相応しかった。
そしてこれが自分を犯せと言った彼の望みだったのだと、
ハーレムはごく自然に受け入れていた。
若かった頃、ハーレムはルーザーに自分と同じような性欲があるのか疑っていた。
だから兄の行為は性のためではなく、征服と抑圧のためだと受けとめていた。
しかし今、静かに、だが確かに性に溺れていくルーザーの姿を見て、ハーレムは
自分が思っていたほど兄は人間離れした存在ではなく、だからこそ天才と呼ばれる
奇跡の体現者だったのだと納得し始める。
さらに促すかのように、ルーザーの冷たい指がハーレムの身体を同じように愛撫し始めた。
愛のない行為、ではない。これは愛の行為だ。昔からそうであったように。
ただあの頃はルーザーもハーレムもお互いのことを理解することが出来なかった。
今は出来るのかというと、そんなことはない。
だけど理解出来ないということを、やっと受け入れ始めた。
とても長い道のりの果てに。そして間もなく終点がやってくる今になって。
「ん、んん……」
指で触れ合い口づけを交わす。身体と身体をこすりつけ、熱を交換する。だけどまだ足りない。
どうすれば満たされるのかは予感していたが、あと一歩が踏み出せなかった。
「……ハーレム」
相変わらずの抑揚の無さと、乱れ始めた吐息が奇妙に絡まり合う発音で
ルーザーは弟の名前を呼ぶ。
「なんだ、よ」
己の内に高まる欲望をそろそろ抑えきれなくなってきた弟は乱暴に応じる。
「おまえは……」
兄が何かを言いかけて止めるのは珍しかった。もしかしたら初めて見たかもしれない。
「僕を……。ねえ、ハーレム」
「どうすればいいんだ? なあ、教えてくれ。……ルーザー」
真摯に、あるいはすがるように兄を見つめる弟の視線に対し、ルーザーは
しばし彼方を見つめるかのように視線をそよがせた。
それは困っているようにも戸惑っているようにも見えた。そうしている兄はずっと幼く見える。
彼は23歳のままなので、弟はもう20も年上になってしまったから、だけではないだろう。
どうであるにしろ、ルーザーがハーレムの兄であることは変わらない。
憎んでいても恐れていても……もうこの世にはいなくても。
「兄貴、……兄さん」
膝で兄の膝を割る。もどかしげに足をくい込ませ、開かせる。
腰の後ろに手を滑り込ませ、持ち上げる。
その間中ルーザーは、声にならない吐息をあげながら弟の顔を見つめ続けていた。
「はあ、はぁ……」
もうすぐたどり着く場所への期待から荒い息を吐きながら、
指で入り口を探り、軽く刺激して、指以外のものをあてがう。
ハーレムは最後になお一瞬だけためらって、次の瞬間にはそのためらいを捨てた。
「あ…あぁっ」
ルーザーの身体が侵入してくる刺激に仰け反る。
「……ん、くっ、ぅ」
ハーレムは歯を食いしばり、なお奥へと進もうとした。
「はぅ、んぅ……ぁぁ」
目を閉じ眉を寄せて苦しげに喘ぐルーザーの手が伸びてきて、ハーレムの頬を通り過ぎ
髪の中へと差し込まれる。そして招くかのように兄の手は弟の頭を引き寄せた。
身体を曲げて顔と顔を近づけると、ルーザーは貪欲にハーレムの唇を舐め舌を吸う。
「……ん、……、は、……うぅんんっ」
呼応するかのようにきつく締めあげてくる下の口の中で、ハーレムは懸命に動いた。
一つ一つの動作が生み出されては消えていく。快感もまた同じように、生まれては消えていく。
きっと最後には何も残らないという確かな予感を抱えながら、動き続ける。終わりまで。
「く…は…っ、……う、んん、……ぁ、ぅ」
そうしてすべては白の中へと消えていった。もう思考も感情も何もなく、
ただ一つの感覚だけに推し進められて、最も幸福な最後へと突き進んでいく。
「…………うッ、あ、はあっ」
その瞬間、ルーザーはすがるようにハーレムの首筋へと顔を埋め、
注ぎ込まれるものを受けとめた。
そうして身体から力が抜け、視界が暗転する。
ぐるぐると世界が回り始める。
放棄していたもの――思考が回復する。
だけどまだ現実を受け入れたくない。
夢にルーザーが現れた意味、彼の言葉の意味。
それを考えてどうする、考えたくない、
分かりたくない、分かっているから分かりたくない、
まだ兄の身体の感覚は残っているが、もうルーザーはいない、
この現実を……。
ハーレムはゆっくりとまぶたを開き、覚醒した。光がまぶしくて、すぐにまた目を閉じる。
そして偽りの暗闇の中で、先ほどの夢を思い返そうとする。
だけどそれは指の間からこぼれ落ちる砂のように、思い出す先から消えていく。
明日にはきっとすべてを忘れているだろう。
彼は、少し泣いた。
2004.7.26
|