沈める森 ―Night in the Sinking Forest―



 深緑に沈む暗闇を、暖かな炎が染める。
 その炎を囲むように三人の人間と犬と、少しはなれてモトラドが一台止まっている。
 人間たちの年齢はバラバラだった。一番大きくて二十代前半、一番小さくて十代前半だった。
 上の二人は黒い髪だったが、下の一人は犬の毛と同じ白い髪だった。

「眠ってしまいましたね」

 真ん中の年齢の人間が言った。少年より少し高めの声で。

「ああ」

 大きい人間が言った。その声には保護者特有の、宝物をやさしく見守るような感情が込められていた。
 ふと、大きな人間が呟く。

「こうしていると、夫婦みたいだね」
「寒い冗談はやめて下さい」

 真ん中の人間が即答する。
 大きな人間は真顔で頷いて、

「そうだね、君はこんな大きい子供をもつような年齢ではない。失礼なことを言った」

 少し焦点のずれているような、答えを返す。
 真ん中の人間は特に気を悪くした風でもなく、焚き火に枯れ枝を放った。
 宙から戻るその手を、大きな人間の手が自然に捕らえる。
 そして、やわらかに顔を近づけて、やわらかに唇に触れた。
 顔と顔がごく自然に離れると、真ん中の人間が少し鋭く言った。

「悪い冗談はやめて下さい」
「大丈夫だよ。ティーはとても寝付きがいい」

 そう言うと、ティーと呼んだ子供の頭を優しく撫でた。
 まるで、父親のようだった。

「キノさんと同じだな」
「寒い冗談はやめて下さい」

 キノと呼ばれた人間の顔が、焚き火に照らされて紅く揺らめいた。

「別に冗談ではないよ」

 本当のことだろう、と同じ意味の言葉で返した。
 そして、今度は舌を求めて口づける。

「ん……」

 少し詰まった声が漏れた。

「シズさん…」
「少し、強引だったかい?」

 シズと呼ばれた人間が、少しおどけた様子で言った。

「少しじゃありません。エルメスと陸君もいます」

 キノが小出しに息を吐きながら、淡々と返す。

「構わないさ」
「…意外ですね。元王子様だから、こういうことはしないと思っていました」

 非難のような声でもなく、淡々と続ける。

「違うんですね。元王子様だから、場所も選ばないんですね」

 他人事のような声のキノの言葉にシズは苦笑して、

「……いや、それは関係ないと思うけれど」

 少し苦そうに言った。

「あははっ」

 キノが楽しそうに笑う。キノの反応に、シズは意外そうな顔をした。
 そんなシズに構わず、キノは、

「え?」

 シズに口づけた。深く。






「キノさん……」

 キノの手がシズの顔を伝い、首を伝い、腰に達して、緑色のセーターを捲り上げた。
 逞しい肌には、無数の傷後がある。その中で、特に大きく深い傷跡を見つけた。腹のあたりだった。
 そこに、やさしく口づけた。

「う……」
「感じるんですか?」
「そんなこと、聞いていいものでは、ないよ…」
「ボクにはいつも聞いてるくせに」
「ん、く……」
「この傷は…あの子がやったものですよね?」
「そう、だが…」

 不意に、肌に歯が立てられる。

「痛っ」

 たまらず、小さな悲鳴が漏れる。

「こら、キノさん……」
「ずるいな…ボクでさえ、あなたに傷をつけたことはないのに」
「キノさん……?」

 シズの目線からは、キノの表情は見えない。

「もしかして、嫉妬かい?」
「寒い冗談は……あっ」

 シズが両手で無理矢理キノの顔を上げた。
 その表情は、

「……」
「……」

 しばらく見つめあった。
 そして、
 
「うわっ!」

 先に動いたのはキノの方だった。シズの腰のベルトに手をかける。

「ちょ、ちょっと、き、キノさん!」
「静かにしてください。みんなが起きるんで」
「いや、でも、それは」

 容赦なく、金属と金属のぶつかる音、それから合皮とデニムの擦れる音、金属とデニムが解ける音と続き、最後に結合しあってた金属たちが分かれ別れになる音が、夜の空気を震わせた。

「キノさん、それは……」
「初めてなんで、我慢してくださいね」
「いや、そうじゃな……うっ」

 キノが下の中心に口づけると、ぴちゃっ、と小さく湿った反響音がした。その音は、細かく続いていく。

「…ん、く。……ぁ」 

 シズが身震いをする。その口からは、いつもより少しだけ高い声が発せられる。
 キノはくすくす、とまるで内緒話をするような声を立てて、

「シズさん、女の子、みたいだ」
「…悪い、冗談、だ…っ」

 湿った音は、より強くなる。
 舐め上げる音に、吸い上げる音。それらが交互に流れ、飲み込む音、と繰り返される。
 何度も。
 それに比例するように、荒々しい吐息は連続的に紡がれる。

「キノさん、そろそろ…」
「んむ、もう?」
「いや…そうじゃ、なく、君、にも」
「だめです。最後まで、んく、やります」
「強引、だな……」
「あなたに、言われ、たく、んん、ないです」

 舌と唇の動きに、小さな手が繊細に加わる。
 低く轟くような、呻くような声がシズの喉を震わせる。
 そして、

「あ……」

 熱い液体が冷えた空気を覆った。
 …空気だけではなかった。






「……」
「だから、途中でやめた方がいいって言ったんだよ?」
「……」
「絶対、君を汚すことになるから、って」
「……聞いていません」
「言いたくても、言えなかったんだよ」
「言えなくても言ってください。最悪です」

 実に不機嫌そうにキノは言った。
 二人は焚き火から少し離れた川にいた。シズは川辺に座り、キノは髪や顔、シャツを洗っていた。
 特に髪は、パースエイダーの手入れを行うとき以上に、念入りにしていた。

「タオル、よかったら」「遠慮します。自分のがあります」
「それじゃあ、寒いだろう。私の」「遠慮します。寒くありません」
「この前、また綺麗な髪飾り」「遠慮します。荷物になります」
「キノさん、怒って」「怒っていません」
「……」「……」

 キノはシズに向かって背を向いている。
 無論、その表情は分からなかった。
 シズが小さくため息をつくと、それに答えるようにキノが尋ねた。

「そういえば、なんで言えなかったんですか?」
「それは……」

 シズはしばらく考え込んだ。そして、言った。

「キノさん……本当に初めてだったのかい?」
「は?」
「いや、なんでもないよ。とにかくそういうことだ」
「意味になって……」

 キノはしばらく考え込んだ。そして、言った。

「そういうことなんですね」
「そういうことだ。だから、機嫌を直して」「それとこれは違います」
「キノさん……」「冗談ですよ」

 ゆっくりとキノが振り返る。
 その顔が、月明かりに照らされて、

「……」

 シズは思わず見とれた。 






 川のせせらぎが、細やかに月の光に反射していた。
 暗闇なのに、不思議とその反射光が、少女の全身を彩っているような錯覚に捕らえられる。
 青年は少女に吸い寄せられるように近づき、ごく自然にキスをした。


end.




口ネタですが、なるべく卑猥にならんように頑張りました。

何か、弟子と師匠のやりとりみたいですね。
シズ様がセクハラ親父みたいで、申し訳ないです。
さすがに、[巻ラスト直後ではないと思います。このシズ様ピンピンだし。海じゃなくて森だし。
[巻に矛盾しないよう頑張ったのですが、やはり矛盾してしまってますね。
すいません、見逃してください。



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