ベッドの上で目が覚めると、近くのテーブルの上にあった少女の帽子が、何となく目に付いた。
 何となく、それを被ってみた。
 特に意図はなかった。
 だから、

「……『キノ』?」

 思いも寄らない名を呼ばれて、本当に驚いた。
 白いシーツの上から刺さる、熱がかった、視線。わずかに開いてる、唇。
 思わず、

「…そうだよ」

 男はそう言って、一瞬だけそのやわらかな少女の唇を奪う。

「……」

 やっと正気に戻って、少女は思う。
 …ボクは何をやっているのだろう。






 ニゲラレナイ―her side―






 少しだけ久しぶりにあったその人は、少し目が合ったなり、嬉しそうに挨拶をしてきた。
 正直呆れて。
 同時に、かなりの吐き気が全身を駆け巡った。
 限りなく、気持ち悪かった。
 それなのに。
 抵抗は、出来なかった。
 そして、ボクは一生この人に、抵抗が出来ない気がした。
 その理由は、自分がよく知っているはずなのに、認めたくなかった。



 そして、気付いたらまたこの人と、唇と、手と、身体を重ねてた。
 ボクが、それを望んでいた。






「人の帽子を勝手に被らないでくれます?」

 言えるわけがない。認められるわけがない。

「ああ、悪かったね」

 帽子を被ったその姿が…寝ぼけていたとはいえ…こんな醜い男が、あの人に見えてしまったなんて。

「…悪かった、と思ってるようには見えないのですが」

 あくまで、丁寧語による反論。幼い憎しみがこもった。

「よっぽど大切なものみたいだね。誰かの形見なのかな?」
「あなたには関係ないです」
「初恋の人の?」

 反射的に、枕元に隠してあったカノンを、彼の眉間に直接当てていた。

「撃ちますよ?」
「図星、ってことかな?」

 正確には、違う。
 本物の帽子はあの人と共に滅びてしまったに違いない。
 これは模造品。
 でも。

「……」

 かちり、とわずかな音がひびく。

「…思い出の詰まったものであることには間違いないようだね」

 勝ち誇ったような声で、心の中だけで繋げようとした言の葉を、紡がれた。これも正確には違うのだけれど。
 『詰まった』ではなくて、『詰めた』だから。
 あの人との、わずかな記憶を。
 そうすることで初めて、この帽子はあの人の思い出の品となった。自分に関わる、あの人も関わるものは、全てそうしてきた。今は椅子にかけてあるジャケット、シャツやパンツに至るまで。新しくなるごとに詰めていく。色褪せないように。

「出て行ってください」
「誘ったのは君なのに?」



 そんな醜い笑みを浮かべるな。
 そんな…『戻れなく』なるような。



「いいから…出て行って!」



 私の肌から。私の記憶から。



「…もう君は、『キノ』に戻れないよ」

 眉間に銃口を当てられたまま、醜い男は、優しくその頭を撫でる。

「…×××××ちゃん」

 銃器を握る小さな手を、力でもって払った。



 彼は、言葉だけでは飽き足らず、物理的にも縛りつけはじめた。



 彼女は、ただされるがまま。






イジミテミタイ ―his side―



 君は、俺にどんなに非道いことをされても、耐えている。
 全身を震わせ、声を押し殺すように奥歯を噛みしめ、シーツを、その繊維が音を立てるくらい握りしめて、手が血でまみれているのに、爪を立て続けて…そうして、必死に耐えている。
 やめてと泣かないのは、それが俺に負けることだと思っているからというのも、君が俺にひどく怯えているのも、よく伝わっているよ。
 だから、ヤメラレナクナル。












「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「…大丈夫?」
「はぁっ、はっ…」

 酸素を必死に取り込んでいるその口を、舌で深く繋ぎ止めて塞ぐ。

「ンッ、んぐ」

 くぐもったその声すら、たまらなく愛しく感じる。相手は、こちらの舌を噛んで逃れようとしてるみたいだが、その力はひどく弱く、逆に行為を助長しているようにしか思えない。
 そんな幼い抵抗に、さらに愛しさが込み上げてくる。
 何とはなしに、口を解放してやると、激しく咳き込み出した。口の端から唾液が大量に流れ出る。
 表情はわからない。目かくしをしてから、数時間経っている。
 そろそろ、その下の表情が見たくて、何度も巻いた包帯を、ゆっくりとほどき始めた。それは幾度となく流れた汗や涙で、下層までびしょびしょになっている。
 ようやく、瞼が現れた。その瞼は痺れているように微動しながら、少しずつ、本当に少しずつ開いていった。
 そうして現れた、数時間ぶりに見る黒く大きな瞳。
 最初は、暗闇に灯るスタンドライトですら眩しそうに、まばたきを繰り返していたが、序々に慣れていくと、次は焦点を合わせようと、眼球をさまよわせた。
 そうして、不意に一致した点の先に見たもの。
 それは、彼女にとって恐らく世界で一番目に憎くて、世界で二番目に愛しい男の、微かに笑んだ顔。



 なんでそんなに優しく微笑むことができるの?
 なんでそんなに愛しい顔を向けてくるんだ?



 罵倒の言の葉を叫びたかったように見えたが、呼吸器官が異常を訴えていて失敗した。ならばせめて表情で、と願ったみたいだが、顔を痙攣させすぎた影響で力が入らず、叶わない。
 それでも、その言の葉は何故か青年に届いていた。
 何とも言えない、虚ろな表情。必死に言葉を紡ぎだそうと、小刻みに震えている唇。
 青年は少女の頭を優しく撫でながら、その耳もとで囁く。



『アイシテイルヨ』



 その言の葉が、彼女をどれだけ苦しめて、どれだけ憎しみを芽生えさせるかは知っていた。
 でもそれが。
 一度覚えた薬の味のように。



『ヤメラレナイ』






 いつまでもいつまでも
 抱きしめていたい。



end.


スガシカオの「イジメテミタイ」から。これすっごい歌ですよ。恥ずかしい。(爆)
シズ様はすぐに調子に乗るタイプと妄想。さらに、人の弱みに付け込むのが好き。
いとしければいとしいほどに。ひどく鬼畜ですね、ハイ。

初代キノ帽子かぶってないじゃん、と突っ込むのは厳しいです、ハイ。(アニメ放映前に打ったんで…)



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