Song for You 〜12〜
舞台はファントムとの2人。
まるでそこだけ光が当たるようなあでやかなクリスチーヌ。
そのクリスチーヌは優しく歌を聞かせるのだが、首を振るファントム。
身振りと手振りだけでよくここまで表現できる。
堀尾君がやったよりも上手いんじゃない?
クラス中がそう思って成り行きを見守っていた。
は宥めるように歌う。
悪い事をしてはいけない。
あなたは本当は良い人なの。
パパによく似た面差しの貴方をわたしはとても好き。
貴方はわたしの音楽の妖精。
その歌をさえぎるようにファントムが立ち上がってを抱きすくめる。
力強い腕に言葉どおり攫われて、は心臓がドキドキしてきた。
堀尾以上の熱演に見ているほうも力が入る。
会場は水を売ったようシンとしていた。
そして唯一の科白がその正体を明かし、皆は目を見開いた。
「俺は父親ではない。
お前が欲しい。
俺を選べ。
さもなくば皆殺しだ」
会場が騒然となった。
それよりも一番驚いたのは間近にいただった。
薄々感づいていたのだけれど、本人には圧倒される。
手塚ならそうだろう。演技でなくてもあの貫禄と身のこなし。
たったひと言のセリフで芝居がぴしりと締まった。
それにしても迫真の演技だ。
触れば切れそうな手塚の怪人に、のクリスチーヌは本気で恐怖を感じた。
詰め寄る手塚、後退する。
俺を選べと迫る手塚に、ラウルを想うクリスチーヌのは応えられない。
けれど怪人を捨てる事もできない。迫る怪人に戸惑い恐れるクリスチーヌ。
その後ずさりよろめく身体を抱きとめる怪人の手塚。
とても打ち合わせではできないアドリブに観衆も固唾を呑んだ。
そしてとうとう逃げ場の無くなったクリスチーヌを小脇に抱きかかえると
怪人は闇へと消えていった。
残されたのは越前扮するラウル。
行方がようとして知れぬクリスチーヌを思いながら老いていく。
本当は歌は歌わないはずだったのに、
幕切れに最初にが歌ったアリアを口ずさむあたりが見せ場を知っている。
そしてクリスチーヌの肖像画を前に項垂れる越前を残して
舞台は静かにフェードアウトしていった。
割れんばかりの拍手を、は手塚の腕の中で聞いた。
「凄い拍手ですよ!手塚先輩」
腕の中から見上げると、手塚はまだを下ろす気がしないのか、
しっかり抱いたままで頷いた。
ああ、嬉しい。拍手も沢山貰えた。
手塚先輩と共演できた。それだけで心が昂ぶり、躍る。
嬉しそうなを見て、手塚もまた顔を綻ばせていた。
仮面があるから、口元を歪ませたようにしか、本当のところは見えないのだが。
「で、いつまで我らがヒロイン抱いたままでいるんっすか」
越前の声で2人ともようやく我に帰った。
慇懃無礼に挨拶すると、堀尾がダウンしている保健室を見に行くと、
手塚は達に背を向けたマントを翻して行ってしまった。
もうそれ、脱いでいいんですけど・・・。
心の中でのつっこみは置いておいて、
皆その手塚のあくまでもかっこいい去り方に見惚れていた。
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