音も無く立ち上がり、ミュラーはフレデリカの方に歩み寄った。
そのまま彼女の右手を取って片膝をつき、見上げるように顔を見る。 「フラウ・フレデリカ・グリーンヒル・ヤン、私と結婚してください」
フレデリカの頬が軽く染まる。 「私は………」 フレデリカが何か言いかけたとき、
不意にソリヴィジョンから流れてくる音楽が次の曲に切り替わった。 「Oh,Honey…Picture me upon my knee
(ねえ、ハニー…あなたの膝に座った私を想像してみて) With tea for two and two for tea
(私たちは2人でお茶を飲んでいる) Just me for you and you for me alone…」
(あなたには私、私にはあなたしかいない…) 聞き覚えのあるその曲にフレデリカの、またミュラーの意識がそちらに向かう。
曲は前に聞いたことがあった。 「亡くなったヤン・ウェンリー提督が好きだった曲」であることも フレデリカから聞いた。
ミュラーはその曲が終わるまで口を開かなかった。 フレデリカも何も言わなかった。
「We will raise a family (一緒に家庭を築くのよ) A boy for you and a girl for
me (あなたには男の子 私には女の子) Oh, can't you see how happy we would be…
(それがどんなに幸せなことか分かるでしょう)」 フルートの音色が曲の終わりを告げ、ソリヴィジョンは次の曲へと切り替わる。
「……亡くなった主人と結婚したばかりのときに…」 数刻の沈黙の後、フレデリカはやっと口を開いた。
「私はいつかこの曲のとおりになれば、 きっと素敵なことになるだろうと思いながらあの人と暮らしていました。
そうなる前にあの人は先に逝ってしまいましたけど」 そう言ってミュラーの顔を見つめながら、くすりと小さく笑い声を漏らす。