662さん/泉田×涼子




(遅いな)私は新書を手に持ちながらロビーを見やった。今日は東京文化会館で新生ミラノ座の
引っ越し公演があり、世界三大テノールの一人ホセ・カレーラスが出演しているためロビーは
大勢の人でごった返していた。かといって私は芸術愛好家ではない。しがない公務員、
しかもノンキャリアの警部補だ。正直オペラよりキルビルでも見ていた方が良い。
それがなぜこんな場所にいるかというと、上司のお守りのせいである。
私の上司はキャリアであり、刑事部参事官である薬師寺涼子である。見た目は
ヴィーナスだが中身は地獄の鬼も三舎を避ける極悪非道な女である。

今日は貴重な非番であるが、涼子は自分のオペラ観劇のお供に私を指名したのだ。
既に私の切符を取ってあり、断れば二人分の切符代を請求するという。SSの席なので、二人分で
15万は下らない。ヤフー株で大儲けの涼子はともかく貧乏公務員の私にとっては目の玉が飛び出る
額である。こうして私の貴重な休みの使い道は決まってしまった。


今日の演目は私でも知ってるカルメン、涼子に言わせると「カレーラスの当たり役でテノールリリコが活かせる
ベストな演目」だそうだが、私は眠気を堪えていた。今は幕間で涼子はレコーディング(音入れ)に行っている。
女子トイレはこのような時はいつも混んでいるのだ。
 しかたなく私は和製ホラーと題された新書を読んだ。

しかし、しばらく読むと不快感が募った。シリーズ物だが全くのマンネリ。主人公達の仲がいつまでたっても
全く進行しない。大体、この作者こんな駄文よりもっと読者が待っているシリーズがあるのだが、そちらは手をつけず、
人気がないシリーズばかり書き殴っている。それどころか中途半端なシリーズは他人に丸投げして平気な顔をしている。
こんな倫理観のない奴サイテーだが、作中では偉そうなことを言っている。まあ、それはいいのだが、こういう作品では
読者サービスとして濡れ場が必須なのだが、自分は苦手と公言して一切描かない。サラリーマンでは考えられないが、
さすが売れっ子作家、独裁者のように振る舞って反省もしない。
大体、ワトソン役の主人公が鈍すぎる、これだけ露骨にヒロインから好意を持たれていて気づかないなんてありえるのか。


「ずいぶん難しい顔して読んでいるわね」
香しい息と共に我が上司が腰に手を当てて覗き込んでいた。
「いえ、ただの暇つぶしです。大した内容じゃありません」
私は立ち上がりながら応えた。我が上司は当然のように私の腕に手を絡めた。
「じゃシャンパンでも飲んで席に戻りましょうか」
提案に見えて命令である。私は頷いて飲み物のオーダーを待つ列に近づいた。
すると碧なす長髪の黒髪美人が前に並んだ。
「あら、泉田警部補」なんという偶然か、その美人は室町警視だった。涼子と同期で永遠のライバル。しかし彼女は男連れだった。
「どうも、思いがけないところでお目にかかります」「あなたがいるということはまさかお涼もいるとか」
そんなはずありませんと答えたかったが、甲高いハイヒールの音の前では全てが無駄である。
「あら、お由紀こんなところに一人で来たの。それともオタクと一緒かしらオホホ」
相変わらず悪役ばりの登場シーンである。いつもならムキになる室町警視だったが、今日は違った。
「まさか、そんなはずないでしょ」そして、横から落ち着いた男の声が紡ぎ出された。
「あなたが、薬師寺涼子さんですか。いつも話は由紀子から伺ってますよ。噂以上に綺麗な方ですね」
男は身長は私と同じかやや大きく、笑顔が爽やかなハンサム。年は30過ぎだろうか。
涼子は面食らったように男の顔を見てそれから由紀子の顔を見た。
「いやねえ、何鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしているの。私だってデート位するわ」
「泉田警部補、お涼をよろしくガードして上げてね。他に頼める人もいなさそうだし」
由紀子はわざとらしく男の腕に手を絡めるとにこやかに退場した。
しばらく呆然とした顔で見送っていた涼子だが、我に返ると沸々と怒りを滾らせた表情になった。

私は傍観者の目で見ていたがこの二人の邂逅によって、まさか自分が悪夢の一夜を過ごす羽目になるとは、
神ならぬ身としてはわかるはずがなかった。


「ったく、お由紀の奴、男日照りに苦しんでるかと思えば、何さ」
涼子は荒れていた。ここは銀座の高級フレンチ「ロージエ」、何でもランチですら最低で
5千円かかるらしい。貧乏公務員には縁のない店である。あの後仏頂面で一言も言わず、
オペラを観劇した後、私は涼子にこの店に連れてこられた。今日は11月19日である。
11時を過ぎたのでそろそろ帰宅を促したが軽蔑の眼で見られてしまった。
「今日はボージョレヌーボの解禁日よ、12時まで待って主要国で最初のワインを味合うに決まってるでしょ。
それまで待ちなさい」
「はあ、しかし明日は公務がありますし・・・・」
涼子はしなやかな繊手を繰り出して私のネクタイを引っ張った。
「何よつまらない男。いいわ、じゃ私の部屋で飲むから、ヌーボの買い出し付き合いなさい」
言いがかり上私は上司をタクシーに乗せると途中紀伊国屋に寄って頼み込みヌーボを手に入れると、
港区の涼子のマンションに上司を届けた。すぐに帰るつもりであったが、ネクタイを離してくれないため、
20日の日付変更を涼子の部屋でワイングラスを片手に迎える羽目になった。




「今年はねパリも猛暑だったでしょ。地球温暖化のせいか知らないけど、
随分人が死んだわ。日本もフランスも政治家ってのは無能揃いなのかしら。
ま、そんなことはいいけど、葡萄には最高の天気だったから、今年は
どんなワインでも大当たりなの。私も樽で買ってるけど、今日は安物で
十分。ボージョレなんて小娘みたいなもの。本物は熟成しなきゃね」
とかなんとか、お涼は蘊蓄を傾けていたが私はそれどころでなかった。
12時を過ぎると言うことは私の官舎に帰る地下鉄の最終が無くなってしまう。
涼子にとっては端金でも高輪から練馬までタクシーで帰るのは懐が痛い。

私はグラスを一息に空けると机に置き帰り支度を始めた。
しかし、横から急に出てきた手によって阻まれてしまった。
「お願い、今日は側にいて。一人じゃ眠れそうにないの」
珍しく訴えるような目をして私の手を引っ張ったが、弾みでグラスを倒してしまい、
涼子の袖はワインで赤く染まってしまった。

「はい陛下仰せのままに」私は一本の葦でしかないが、今日はこの人のために
良き葦になろうと私は固く決意・・・・・するわけがない。そんな殊勝になってたまるか。

「あなたのお相手をする男なら星の数より多いでしょうに」私はため息を吐きながら、
涼子の袖をハンカチで拭きながら答えた。


「ハン、私の身体目当てなら砂の数より多いわ。でも私は泉田君がいいの」

「私では役不足ですよ」
「へえ、言ってくれるじゃないの。じゃあ私なんか軽いものでしょ」
そう、私は役不足の意味を間違えていたのだ。田中の小説ならここで語句の説明が続くが、
当然割愛させていただく。

「あなたは酔ってるんです。もう眠られた方がよろしいですよ」私は涼子をあやすように言った。
「この意気地なし、据え膳食わぬは一生の恥と言うでしょうが」
ま、毒入りでなかったら私も喜んでいただくのだが、ふぐより猛毒な物をはいそうですかと
口に出来ない。それに我が上司殿はからかっているに過ぎないのだ。私が本気にしたら、
きっと笑って馬鹿にするのだろう。私はいい加減この茶番話にうんざりしてきた。

しかし、涼子は私のネクタイに手をやるとそのままソファに押し倒してきた。
どうやら茶番劇を続けるようだ。私はワインの酔いも手伝って頭に来た。
いくら私がしがない部下だからと言っても男である。たまには男の怖さを
しっかり身に浸みて貰って悪ふざけは自粛して貰おうと思ったのである。
今考えると涼子に対抗しようなどと考えるだけ無謀だったのだが・・・。

「わかりました。今日はバイブ役を務めさせていただきます。が、
今後はきちんとしたお相手に頼んで下さい」
私は素早く身体を入れ替えると絹の肌触りにも似た極上の太股に手を掛けた。
涼子の今日の服は真っ赤なドレスであったが、ストッキングはなんとガーターベルトで
吊すタイプであり下着は黒の絹のレースであった。
「せっかちね」
涼子は私の頭に手を絡めると唇を私の口に押しつけた。どうやらまだ芝居を続ける気らしい。
私は容赦なく涼子の中に舌を差し入れると涼子の舌に絡みつけすすり上げた。
一瞬噛みきられるかと懸念したが、涼子の方も積極的に受け入れ、しばらくお互いを貪りあった。
私は彼女と別れて以来久しぶりだったので、甘い涼子の口を堪能するうちに下半身が滾ってくるのを
止めることが出来なくなった。



 
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