女王陛下の初夜/1
…我に返って最初に視界に入ったのは、涼子の執務室の豪奢な絨毯だった。
僅かに視線を動かすと、ひっくり返った椅子と散乱する本の山が目に入る。
本棚から落ちた本の直撃を受けたのか、頭がずきずきと痛む。
ええと、確か涼子が椅子を踏み台にして上の本を取ろうとしてたはず。
バランス崩して椅子ごと転げそうで、危ないと思って駆け寄った所までは記憶にあるのだが。
記憶が蘇ってきたところで、涼子の姿が見えないことにやっと気づいた。
今日、参事官室で夜勤しているのは二人だけだから、よそに助けでも呼びに行ったのか。
そう判断したところで、体の下にある絨毯がやけに温かく弾力に富んでいることに気付く。
訝しく思いながら身を起こすと、私に組み敷かれた格好の涼子と視線がぶつかった。
「うわっ!!」
手が丁度、涼子の豊かな胸を掴むような位置に置かれ、
ずれ上がったタイトスカートからはご自慢の脚線美があられもなく覗く。
万が一他人に見られたら、私が涼子を襲ったと誤解されてもしょうがない体勢だ。
「すみません!!」
「待ちなさい!」
慌てて跳ね起きようとした瞬間、力任せにネクタイを引かれ一瞬息が詰まった。
「泉田クン」
ネクタイを掴んだまま身を起こし、私を睨み上げながら尋問するように口を開く。
「あたしにこんな事しといてこのままで済むと思うの?」
「ですからすみませんと。だけど、今のは不可抗力ですよ!」
返事にも耳を貸さず、眉を吊り上げてこちらをキッと睨んでくる。
弁解が気に障ったのかと思った時、形のいい唇からとんでもない言葉が飛び出した。
「謝れなんて言ってないわ!不可抗力だろうがわざとだろうが、
一度押し倒したなら中途半端なことしてないで最後まで責任取りなさい!」
一瞬言葉の意味を理解できず、ゆっくりと確認するように聞き返す。
「最後まで、押し倒すって…その…意味、分かってらっしゃいますか?」
「当たり前でしょ。何ならもっとハッキリ言ってもいいわよ」
ブラウスの前を手早くはだけ、下着に包まれた胸元を見せつける。
ワインレッドの繊細なレース模様が白い肌をくっきり引き立ててひどく蟲惑的だ。
トーンをやや落とし、かすかに震える声が決定的な一言を投げかけた。
「抱きなさい。あたしのこと」
滑らかな頬がわずかに赤く、唇をぐっと引き結んでこちらを見据える瞳が一瞬揺れる。
馬鹿みたいに口を開けて呆然と涼子を見つめる事しかできず、何の行動も起そうとしない私に業を煮やしたのか、
うって変わった強い口調でたたみかけてきた。
「早く!」
「抱く」という言葉が持つもう一つの意味はとりあえず意識野から追い払い、恐る恐る腕を伸ばすと
涼子がそっと私に寄りかかり、身体を預けてきた。腕を廻し、掌が背中に触れると
身体を小さく震わせ、ぎゅっと抱き返してきた。
腕の中の感触は思いがけず華奢で柔らかく、一呼吸ごとに甘い香りが鼻腔をくすぐり、
耳をそっと撫でるため息は酷く熱っぽい。
しおらしげにしていても、いま抱きしめているのはあの薬師寺涼子なのだと自分に言い聞かせないと
衝動的にもう一つの意味での「抱く」を実行に移してしまいそうになってしまう。
抱きしめあったきりで動けないまま、時計の秒針の音だけが室内に響く。
「…あのさ」
涼子が沈黙に耐えかねたかのように身じろぎし、私の顔を覗き込みながら不満げに呟いた。
「何してるの君」
「…仰る通りにしたつもりですが」
そう、私は言われた通りの事を実行しているだけだ。それなのに涼子の表情は不機嫌の度合いを増し
乱暴に私の腕を振りほどいて憤然と言い放った。
「そっちの意味じゃないわよ、馬鹿っ!何でそれで服脱がなきゃいけないのよ」
「ですが、いきなりそんな事を言われましても」
「ひとつ言っておくけどね、君に拒絶する権利なんてないわ。上司命令!」
火薬庫にマッチを放り込むような、受け入れるにはあまりにも危険すぎる誘惑。
痛いほど分かりきっているはずなのに、唇は承諾の言葉を紡いでいた。
「…はい」
私の返事を聞いてふっと肩の力を抜き、執務室の隅にある
豪奢な刺繍が施された仮眠用の寝椅子を指差す。
「連れていって」
抱きかかえて連れていき、敷いた毛布の上にそっと横たえて傍らに座る。
「本当に、いいんですね?」
まだ遅くない。今なら、まだ引き返せる。
そう思って張った最後の防衛線も、この女王サマの前ではあっさりと撃破された。
「大の男がグダグダ言わない!」
起き上がってネクタイをくいっと引っぱり、憮然とした顔で不平を鳴らす。
「それとも何、あたしに恥かかせるつもり?」
これから始まる事とは逆に、色気のかけらもないやりとりが
自分でもおかしくなり、苦笑しながら引き返せない橋を渡った。
「仕方ないですね・・・そう仰るならこっちも覚悟決めます」
「何で覚悟がいるのよ」
嫣然と笑い、結び目にかけた指をさっと引くとネクタイがするりと解けてしなやかな腕に絡まった。
それが合図になったかのように涼子が顔を近づけ、次の瞬間唇に柔らかいものが押し付けられた。
押し付けられているのが涼子の唇だとようやく認識したところでその感触が消え、
ほんのりと目元を染めた微笑みが視界に入ってきた。素晴らしい感触を名残惜しむ間もなく、
しなやかな指がワイシャツのボタンにかかり軽く引っ張られた。はだけたブラウスの前から両手を差し入れて
素肌をなぞると涼子の身体が小さく震えた。背中に手を廻してホックを外したところで、
涼子もワイシャツのボタン外しが一段落したらしくこちらを見て笑った。
つられるように私もごく自然に笑みを返し、互いを隔てる布の障壁を取り払う作業に再び取り掛かった。
涼子がその裸体をあますところなく私の眼前に晒す。
フロアスタンドの淡い灯りの下、絹のように滑らかな肌が透けるように白い。
彫刻めいた優美な体のラインは生身の人間にしては完璧すぎるが、
触れる肌はあたたかく、形の良い胸が生きている事を主張するように微かに息づく。
思わず見とれていると、その体の持ち主が腕の中で不機嫌そうに見上げる
「…なにじろじろ見てるの」
「失礼しました…その、綺麗でしたからつい」
「ばかっ」
率直な感想を口にしただけなのに、涼子は頬を染めてそっぽを向いている。
「見せ物じゃないわよ…ちゃんと触ってみなさい」
「はいはい」
首筋から鎖骨、胸元へ。唇を這わせた所に、桜の花びらをはりつけたような跡が残る。
張りのある乳房に手を伸ばすと、一瞬びくっとこわばるが吸い付くように手に馴染んだ。
思いがけず柔らかなそれを揉みしだきながら、もう片方の乳房の先に
舌先で触れると固い蕾のような突端が美しく色づく。
ここにきて欲情が困惑を完全に上回り、貪るように涼子の体を求めていた。
先ほどの鋭さが影を潜め、美貌を紅潮させた涼子の荒い吐息が響く。
唇で、指先で、固くなった乳首をついばむように弄びながら
下半身に腕を伸ばし、手探りで秘所に指を這わせると、そこは既に
粘つく透明な蜜で溢れかえっており、沈めた指をあっさり呑み込んだ。
掻き乱すように動かして指でそこを陵辱すると
くちゅくちゅと淫らな音をたてて蜜がさらに溢れて肌を伝い、
わずかに開いた唇から吐息に混じって抑えた喘ぎが漏れる。
「はぁ…ん…」
「声、我慢しなくてもいいですよ」
耳朶を甘噛みしながら耳元で囁き、指で花芯を激しく嬲ると、
体をのけぞらせ堰を切ったように喘ぎ、腕の中で信じがたいほど乱れる。
「あ…っく、んっ……ああっ、やっ、はんっ、やぁんっ、ひぁんっ、あぁんっ…」
いつもの涼子からは想像もできない、狂おしいほど甘い声と、花芯やその奥を
掻き乱す度に響く水音の淫らな二重奏が天井まで届き、執務室に淫靡な空気が漂う。
張りのある太腿を抱えこむようにして脚を開き、頭髪と同じ色の柔らかな茂みを分け入って
尖らせた舌で花弁から溢れる雫を掬い取ると切なげな喘ぎが唇からこぼれ、
舌の動きにあわせてびくっと震える。恥ずかしい場所をじかに見られている事に驚いたのか、
片肘をついて上半身を起こし、手を伸ばして髪をくしゃくしゃと撫でるように頭を押し返す。
「だめっ…きたな…」
「そんなことないです。かわいいですよ、ここも」
「な、なに、言って…ぁ…あぅんっ」
花芯を吸い、勢い良く口を離すと水音がひときわ高く響き反駁の言葉が甘く跳ね上がる。
男の視線に晒されて桃色の花弁がひくひくと震え、蜜を湛えて艶やかに濡れて誘う。
身を起こして、再び指をそこに挿しいれ締め付ける感触を楽しみながら揶揄する。
「罪つくりな体ですね…何人狂わせたんですか?ここで」
嬌声に酔ったのか、普段なら殺されても仕方がない事を平気で言える自分に驚いた。
「じ、自分で、たしかめてみたら?」
真っ赤な顔で睨みつけてくる、挑戦的な光を宿した目を見つめ返しうなずいた。
「ええ」
伸びやかな脚を高く持ち上げて大きく開かせて間に入り、腰を寄せ
既に屹立して脈打つ私のモノで花弁をかき分け、入り口にあてがう。
ぐっと体を沈めた瞬間、それ以上進ませないかのように狭く閉ざされたそこと、
まだ先端が入っただけで苦痛を感じているようすの涼子に戸惑いを覚えた。
「ったあ…」
入って来たものから逃がれようとするように腰を浮かせ、大きく見開かれた目からは
ぽろぽろと真珠のような涙が溢れる。
──確かめろなんて言ってたけど、まさか。
罪悪感が胸に広がり、先ほどの調子に乗った揶揄の言葉を悔いた。
私の戸惑いを不審に思ったのか、問いかけるような視線をこちらに向ける。
「どうか、した、の…?」
「いえ、その…もしかして」
言葉を続けようとした私の唇に人差し指をそっとあてがい、弱々しい声が私を叱咤した。
「つづ、け…なさ…い。ちゅ…と、はん、ぱ、だめ…て、いっ…で…しょ」
「…しっかり、捕まっててくださいね」
頷いて両手をとり、首に廻させた。頬に唇を這わせ涙を拭い、
あちこちに軽いキスを散らし、男の侵入を拒む身体を宥めながら少しずつ奥に入る。
唇を重ね、戸惑いがちに差し入れてきた舌を絡めとり深くくちづけてさらに貫く。
悲鳴とも呻きともつかない短い声が時折漏れ、爪を立てているせいか鋭い痛みが背中に走る。
…時間の感覚も曖昧になった頃、そこがようやく私を根元まで呑み込んだ。
ぎゅっと握り締められる感触に、一瞬甘い痺れが体を走る。
侵入が止んだことに安堵したのか、涼子が放心した表情で大きく息をついた。
「しばらく、このままで」
額に玉のように浮いた汗を拭い、貼り付いた柔らかな茶色い髪を
絡めて髪を撫でてやると、まるで猫のように気持ちよさそうに目を細める。
桜色に上気した肌で香水が気化し、薔薇の香りがかすかに鼻腔をくすぐる。
やがて、荒い呼吸が徐々に落ち着きを取り戻してきたが
私が身じろぎする度に、時折柳眉をひそめて痛みに耐える素振りを見せる。
その美貌と同じくらいに危険な正体を知り尽くしているはずなのに、
それでも潤んだ瞳で私を見つめながら、しなやかな手を伸ばして背中の爪傷を撫で
小さく笑いかけてくる様子が健気で愛しくなる。
「もう…だぃ…じょう…ぶ…、いい、よ…」
承諾の言葉に対し瞳を覗き込み頷いて返答し、ゆっくりと動きはじめた
涼子が甘やかな吐息と苦痛の混じった短い声をたて、私をしっかり抱きしめる。
その下半身も熱く濡れて私を咥え込み、切なげに締めつける。
退くときもぎりぎりまで襞を絡めてなかなか離そうとしない。
紅潮するたぐいまれな美貌と、愛撫に震える伸びやかな身体。
耳をくすぐる喘ぎ声、美しく色づく体から立ちのぼる花の香り。甘く柔らかな唇。
五感の全てを総動員して涼子から与えられる快感に、すっかり溺れていた。
恋人と別れて以来、何ヶ月もの間禁欲的な生活を送っていたところに、涼子という
余りにも強すぎる刺激を与えられた体はすっかり狂わされていた。
「罪つくりな体」なんて冗談半分の言葉が、
見事なまでに事実を指摘していた事に自嘲的な気分を覚えた。
そのうち緩慢な動きに物足りなくなり、徐々にペースが激しくなる。
「え?…いず…み…だ…くん?」
私の様子を訝しく思う涼子の声にも耳に届かず、
はやる体が快感を求めて歯止めがきかなくなる。
「……やあぁぁっ!」
問いかける声が高い悲鳴にとってかわり、
何時の間にか涼子に欲望をそのままぶつけていた。
やめろ
もっと優しく、これじゃあ強姦だ。初めてなんだぞ。かわいそうなことをするな。
そう諌める理性の声を無視して乳房を乱暴に掴み、
いきり立つ男根を勢い良く突き立てて奥深く貫き、
絡む襞にお構いなく引き抜き、また突きたてて激しく犯す。
矢継ぎ早の挿入に泡だった蜜が結合部から流れ、白い内腿に薄紅い筋を作り寝椅子に滴る。
痛みの余り声もろくに出ないのか、ごく小さな悲鳴が時折白い喉を鳴らす。
私の豹変ぶりにとまどい、かすかに怯えの色を浮かべている濡れた瞳は
半ば失神したように焦点がぼやけ、爪が白くなるほど毛布を握り締めている。
突然の陵辱に必死に耐えている様子に胸が痛むのに、
突き上げる度に手の中で震える乳房や、抉られる痛みから逃れようとするように
腕の中で悩ましげにくねるみずみずしい肢体に煽られて、ますます激しく責めたててしまう。
「っう、あ…あっ、はっ、ぁん、あうっ、ひぁ…ああんっ」
それでも、かすかな悲鳴が僅かに艶を帯びて響く様子に限界が近づいて来たことを悟る。
「くっ、もう…」
引き抜こうとわずかに身を引いたところで、長い脚が腰をぎゅっと挟む。
はじかれたように涼子を見ると、弱々しくかぶりを振って訴える。
「だめっ、ここに、いなさ……あ」
ぷつんと糸が切れたように脱力したのを見届けた瞬間、私も達した。
全て解き放ち、涼子の中に熱い奔流を注ぐ。
大きく息をついて、折り重なるように倒れこんだとき、かすれた甘い声が耳をくすぐった。
「いずみだくん…」
のろのろと上半身を起こして顔を覗き込むと、遊び疲れた子供のような
あどけない表情で自分を陵辱した男に微笑みかけそっと目を閉じた。
小さなクシャミで目が覚めた。毛布から抜け出して身を起こすと、
夜明けのひんやりした空気が汗ばむ肌に心地よくしみる。
「おはよ」
声のした方を見下ろすと、傍らに横たわる涼子がこちらを見上げて笑う。
身を起こそうとした瞬間、顔をしかめて再び寝椅子に倒れこむ。
助け起こして、肩に凭れさせるようにして支えてやりながら、
あの時、腰が抜けるほど激しくしてしまったのかと自己嫌悪に苛まれる。
「すみません…」
…最低だ。
…婦女暴行の現行犯だな。
…被害者も加害者も警察官だから通報の手間が省けて丁度いいか。
やくたいもない思考が脳裏をよぎった所で、涼子の温かな手が顔をそっと挟み込み、
気遣わしげな目でじっと見つめられた。
「そんな顔しないで……なんで謝るの。最後まで責任もってくれたじゃない」
「でもあれはやり過ぎでした。…まさか、腰が立たないほど痛めつけてしまうなんて」
あなたの初めてを、最悪な形で終わらせてしまった。
取り返しのつかない事をした後悔に心が冷えた時、温かなものが唇に触れた。
唇を離して微笑む涼子の瞳のなかで、柔らかな光が踊る。
「…びっくりしたけど、君だから許してあげる。他のヤツだったら蹴り殺してるとこよ。
…このあたしにあんな痛い思いさせていいのは、君だけ」
狼藉を許してくれた事にほっとして、涼子の乱れた髪をそっと撫でながら呟く。
「痛いのは初めの内だけですよ、慣れれば…」
「…だったら、そうなるまで君が責任もって」
いつものようにネクタイを引っ張ろうとして、掴むべきものが無いのに気づいたのか
かわりに私の首に腕を廻してきた。形の良い胸が押し付けられ、ぬくもりが広がる。
どこか拗ねたような子供っぽい表情に苦笑して返事を返す。
「…わかりました」
あんな事をしてしまった負い目もあるけど、どのみちこの人に逆らえるわけがないのだ。
ましてこんな身体を知ってしまった後では。もう後戻りする余地なんてどこにもない。
世界一危険な美女だってことは百も承知しているけど、それでも他の男に渡したくない。
「よろしい」
私の返事に満足したのか、笑いを含んだ声が耳元で弾ける。
「それでこそあたしが惚れた男!」
「ええっ!?」
あっけにとられた私を押し倒しながら楽しげに笑い、柔らかな唇を私のそれに重ねてきた。