泉田×涼子/4-633さん



「…別に、普通のオジサンとオバサンだったでしょう?」
「アタシが何考えてると思ったの?あなたの普段の活躍ぶりをフツーにご両親に報告しようと
 しただけじゃない。上司として当然のことでしょ?」
普通、という単語が薬師寺涼子の口から出るとは珍しい。

今私たちが歩いているのは駅のホーム。電車に乗る私の両親を見送った後である。
「このあとどうしましょうか?」
今後の予定を立てた上でのお伺いではない。本当に決まっていないのだ。
そもそも、私の両親が東京見物にやってくるのに涼子がそこに来るというのが
予定に無いことだったのだ。
「あらー、東京の人ってみんなこんな垢抜けた美人さんばっかりなのかしらねぇ」
いいえ、この人は規格外、いやいや別格なんですよと言おうとしたのだが、
人の良いことが一番の美点である母親にわざわざ言う事はないと思ったのだ。
それに涼子も何枚も猫の毛皮を着込んで、いやいや立派な上司として振舞っているし、
そういうことで私はガイドの旗こそ持ってないものの、この集団の先頭に立って
にわかツアーを一日繰り広げたのであった。

流行のスポットに詳しくない私にとって、実は涼子の突然の参上は非常に有難かったのだが
それにしてもずいぶんと毛皮を着込んだものであった。父親はすっかり涼子に参ってしまったらしいが
母親はそれに目くじらを立てることも無く、涼子の見立てた服に(とても若やいだ雰囲気になった)
ニコニコと嬉しげに試着室から出てきたりと、はた目にはとても和やかなご一行様であった。
なんにせよ、涼子のお陰で両親はひさしぶりの都会をすっかり満喫してくれたようだし、
非常識で非科学的な事件を除き私の職務ぶりをこれまた高からず低からず涼子が話してくれたお陰で
東京土産とともに、不肖の息子がしっかり公僕として働いていることの安心を両親に持って帰って
もらうことが出来たのであった。



「本当は、お母様のご希望を早く叶えて差し上げたいんだけど…本人の気持ちしだいだしねえ」
うちの母が何を言っていたのかしばし思い出そうと腕を組んで立ち止まる。
「嫌ですよ」
「嫌、ってそんな酷いじゃない!」
「酷いのはどっちですか」
「あ、そういうこと言うんだ。ちぇ、せっかく猫を被って一日頑張ったのにさ」
やっぱりそうだったのか。涼子の非常な努力ぶりにおもわず一瞬感動してしまった。
「いくらなんでも、すぐ昇進なんてできるもんじゃないでしょうが。殉職なら、ともかく」
「なによ、それ。今日はさすがに銃は携帯してないわ。それにそれ言ったのはお父様の方でしょ」
まったくもう!とプリプリと上司様は怒っておられる。
「違うってば。年頃の息子を持つ母親が望むことといったら一つしかないでしょう?」
「…無病息災?」
「この、おボケ!!」
そういってぐいっと腕を取られて涼子が勢い良く向かった先は最近オープンしたばかりの
外資系一流ホテルで、そこで私は遅まきながらようやく母親の言葉を思い出したのだった。

「早く可愛いお嫁さんと孫が欲しいわねえ」

すみません、可愛いという部分だけはどうにも無理です。お母さん貴女の期待に沿えません…
じゃなくって!!しかも嫁ならともかく孫っていうことはしかも目の前はシティホテルであのその
「ちょ、ちょっと待ってください」
「何?道路の真ん中で立ち止まらないでくれる?道交法違反よ!」
「歩きますから、ネクタイ引っ張らないで下さいって」
そうして連れて行かれたのはやっぱりそのホテルで私はどうにも進退窮まり天を仰いだ。


涼子が歩みを止めたのはフロント、ではなくその横にあるティールーム。
「さて、これから何処行くかお茶しながら決めましょ」
私は乱れた呼吸と動悸をなだめるので精一杯だった。涼子はそんな私を見て涼しい顔だ。
「ふふん、何を考えていたのかあててやろうか?」
「やめて下さい!」
タダでさえ身の程知らずな勘違いをしてしまったというのにさらに言われてはたまらない。
「それについては本人の気持ち次第ですからってお母様にも言ったのに、聞いていなかったの?」
「はあ。まあ。申し訳ありません」
「私のシダイは決まってるんだけどな」
「?」
小さく溜息とともに呟いた単語はロビーの雑音にまぎれてよく聞き取れなかった。

「まあいいわ。私、泉田くんとのお母様とは上手くやれると思うわ」
「分かりました。また今度ガイドお願いするかもしれませんね」
「…お母様の希望はまだ当分叶えられそうに無いわね。言っとくけど、私の責任じゃないわよ?」
なんで涼子が責任を感じるのだろうかと思ったが、深く考える前にウェイターがこちらにやってきた。
「コーヒー、二つお願いします」

「…でもあれか。嫁ぐんじゃなくって貰うんだから、ちょっと大変かもしれないわね」
なにをぶつぶつ言っているんだろうか。
「ねえ、今度お母様の好きなもの聞いておいてね」
それぐらいお安い御用ですよ、と頷いたが、いつのまに涼子とうちの母親は親しくなったのか。
聞いてみたが、その質問はさりげなくかわされてしまった。
「ナ・イ・ショ。まああえて言うなら将を射んとすればまず馬を射よってことかな」
「なにを射るのか良く分かりませんが、頑張って下さいね」
「いいの?」
「狙ったものをあなたが外すことなんて、ありえませんから」
「そう?じゃあ、頑張るわ」
女王様は実に輝かしい笑顔を私に向けて、嬉しそうに微笑んで見せた。

――最近、母親から電話が良くかかってくるようになった。声が電話越しにも弾んでいるのが分かる。
あまり帰らないので寂しい思いをさせているようで気がかりだったが、この分なら心配なさそうだ。
「それでね準一郎、あなたの上司。涼子さん。今度はこちらに遊びに来てくれるように言ってくれないかしら」
「まあ、言うだけ言ってみるよ。親父は元気?」
「ええもうそりゃ元気で、こないだの東京見物の写真、近所の皆に見せて自慢しまくってるわ」
「自慢?」
「そう。準一郎はこんな別嬪さんと一緒に居るんだぞーって。本当に私も嬉しいわ。準一郎、頑張るのよ!」
そして電話がチンと、優しい音とともに切れた。母親の丁寧な仕草が目に浮かぶ。
ああもちろん、母に言われるまでもなく頑張ろう。公僕として、庶民の皆の為に。



「本当に頑張ってくれないと。なんだか…心配だわ」
「大丈夫だよ。俺の息子なんだしな。母さんにプロポーズしたようにあいつもきっと、やってくれるさ」
「そうよね。あんなに綺麗な人が準一郎の相手だなんて私本当に嬉しくって」
「だが、あのお嬢さんかなり手ごわそうだけどな」
父親の含み笑いに、母親はそれをさらりと受け流しておおらかに笑って見せた。
「そんなヤワな子に育てたつもりはありませんよ。あの子にはあれぐらい元気な子の方が、上手くいくわ」

ピルピルピル…

「あら、涼子さん?さっき準一郎と電話してて。あらもうお気遣い無く。いいんです遠慮なくあの子を
 持っていって下さいな。いいえ、東京に行ったころから私たちも心積もりありましたから、ええ。
 こちらは大船に乗った気であの子を任せられますわ。お願いしますわね」

将を一番良く知る馬はとっくに先方の女将軍と気心を通わせあう仲になっていたというオハナシ。



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