泉田×涼子/2-747さん


 いくら鈍感の私でも、涼子が私に惚れていると気づかないほど鈍感ではない。
とかく自分を卑下してしまいがちな私がそう思うのだからまず間違いない。
しかし私は呆れるほど鈍感ではないが、驚くほど積極的でもないわけで、涼子に対して
どうしていいか悩んでいるのである。
 恥ずかしながら打ち明けると、私も涼子のことを好ましく思っている。そりゃあ自分
勝手・横暴・傲慢・我侭など、悪意に満ちた言葉は尽きることはないが、それでも私が
背中を預けて戦えるたった一人の人である。たまにみせる女らしさ…というよりも少女
らしさがたまらなくいとおしかったりもする。
 私もこれまでの人生で人並みに色めいた話もあった。しかし、今回の相手は今までの
経験値は全く役に立たないだろうと思われる。なにせ相手はドラよけお涼だ。
 涼子と私は仕事上のパートナーであり、今のところそれだけの関係でしかない。
おそらく涼子は自分から降りてくることはないだろう。あのプライドの高いお姫様のことだ、
自分から愛を乞うことはすまい。となると、私が行動を起こすしかないということだ。
何も特別急ぐ話でもあるまい、何かきっかけがあればまあそのうちに。
 そんな呑気なことを考えていたある日、天国への片道切符なのか地獄への直行便なのかは
定かではないが、いつも取っている新聞屋から遊園地の無料入場券をもらったのである。
自動引き落としにしないでおくと、集金の人は毎回更新してもらおうと色々と貢物を持参
するわけで、その一つが有名な遊園地のチケットであった。吾ながら小市民過ぎて泣けてくる。
 私は信心深いほうではないが、相手が魔物に近い怪奇生物…もとい、未知なる神秘に包まれた
存在であることから、これは神の思し召しと踏んだ次第である。
 涼子の扱い方はたいてい熟知している。チケットを見せて誘うのではない。
わざと自分の机の上に置いておくのだ。そうすると…。



「あら泉田クン、これどうしたの」
 と、計算どおり涼子がチケットに気がついた。
「はぁ、新聞屋からもらったんですが、この年で遊園地というのも気恥ずかしくて、
だれか子供のいる人にでも、と思いましてね」
「バカね、今の遊園地は大人だって楽しめるように出来てるのよ。まったく人生経験が
乏しいんだから。よし、今度の休みはそこにいくわよ!」
 と、こうなるわけである。

 日曜日は雲ひとつない晴天で、熱くもなく寒くもなく、まさにデート日和であった。
最寄り駅で待ち合わせをする。当然のように私が約束の時間より5分早くつき、涼子が
5分遅れてやってきた。
 珍しく涼子はローヒールにパンツスタイルであった。いつもは自慢の脚線美を
惜しげもなくさらけ出すミニスカートとハイヒールであるが、まさか、今日は本気で
遊園地を満喫するつもりなのか。
 入場口でチケットを出そうとすると、脇から涼子が二枚のカードを差し出した。受付嬢は
カードに目を通すと、腕輪のようなものを私たちにまきつけた。
「一日フリーパスです、どうぞお楽しみください」
 私が持っていたのは入場料がただのチケットで、乗り物はまた別途料金がかかるものだった。
「この遊園地の株主配当はフリーパスなの」
 涼子は笑った。まさかこんな遊園地の株まで持っているとは、恐るべし。



「たまにはこんなちゃちなモノつけるのも悪くないわね。しかし男がブルーで女がピンク。
独創性に欠けるわね」
そういいながらもやけに楽しそうである。と、込み合った入場ゲートで人にもまれて、
私たちはしばし互いの姿を見失った。人の波に沿って大広場に出ると、涼子が腕を組んで
仁王立ちをしていた。
「しっかりエスコートなさい」
 そう言って私の腕に手を回す。私は女性をエスコートしたことなどないもので、
腕を組んでもぎこちなく、はたから見ると二人三脚をしているようだったと思われる。
「警視、どうも動きにくくありませんか」
「ゴチャゴチャ言わないの。迷子になったらどうするの」
「折衷案ということで、手を繋ぐということでどうでしょう」
 いったい何と何の折衷案だか自分でも分からないが、そう提案すると、さっきまでの
勢いはどこへやら、涼子はやや顔を赤らめ、コクンと小さく頷いた。私は涼子の手をそっと包む。
小さく、華奢な手だった。この掌から悪人どもをなぎ倒す平手打ちが繰り
出されるとは思えないほどだ。
「さて、まず何から乗るの?」

 …時間は夕方五時を過ぎ、だんだんと日も暮れ始めてきた。家族連れは出口のゲート
に向かい、恋人同士はさらにロマンチックな場所を求めて移動している。
「こんなに遊んだの久しぶりよ。子供に戻ったみたいね」
 涼子は嬉しそうに笑って額の汗を拭った。
入ってから今までの出来事を簡単に説明すると、遊園地を満喫した、この一言に尽きる。
詳しい内容は少女が読むコバルト小説やらX文庫でも読んでいただけば大体分かると思う。
つまり、中学生のような健全なデートである。
 しかし、遊園地にデートに来たのなら乗るべきものは後一つ。
 私は涼子の手を無言で引いて(言い忘れたが、手はずっと繋ぎっぱなしであった)観覧車の
ゲートに向かった。涼子も何かを察したのか、さっきまでのハシャギっぷりがウソのように
黙りこくっている。



幸い観覧車は待ち時間もなく、すぐに乗ることが出来た。私が先に乗ると、後から乗った涼子は
私の前に座った。
「警視、横にいらっしゃいませんか」
「え、だ、だって重心が偏ってナナメになるわよ。バランス取りましょう」
 いつもは強がって胸を反らせていても、時折見せるこういう無防備な動揺が、彼女が男を
知らないと思わせるのだ。そんな涼子がたまらなくいとおしい。涼子が動かないので、私が移動した。
「い、泉田クン!」
「見てください警視、東京タワーがライトアップされていますよ」
「知ってるわよ。毎日目の前で見てるんだもの」
 そうだった。彼女の部屋は都内でも有数の高級高層マンションで、都内の夜景は毎日
部屋から見られるのであった。
 と、俯いていた涼子の顔が茹蛸のように赤らんだ。視線の先を追ってみると、私たち
の一台後ろに乗ったカップルの濃厚なラブシーンが、飛び込んできた。まだ二十歳前だと思われる
若いカップルが、抱き合いながら激しく唇を重ねている。
 そうだ。ここでぼんやりと景色を見ている場合ではない。
私より一回りも若い人間がしてることが、私にできないわけがない。
 私は涼子の肩を掴み、顔をこちらへ向かせた。涼子は怯えた顔をして私を見る。いつもの
女王様の顔はどこにもない。恋に不器用な少女がいるだけである。
「警視…」
「……」
 私は何度かためらい、そして唇をくっつけた。恋人同士のキスとは程遠く、高校生さえ失笑するような
ぎこちないキスであった。私もキスが初めてだとは言わない(ずいぶん久しぶりではあるが)。
しかしこのキスは、今まで経験したどんなキスよりも甘美なものだった。


 涼子の唇は極上の果実のようにふっくらとしていて瑞々しい。その感触に自分でも興奮して
いくのを感じていた。私は少し唇をずらし、涼子の唇を甘噛みするようにくわえ込んだ。
「んっ」
 驚いて涼子が声を上げる。その声が甘く切ないものだから、私はますます興奮して、
無理やり涼子の歯列をこじ開けて、己の舌を挿入させた。舌で歯をつつき、歯茎を嘗めあげる。
そのたびに涼子が小さく吐息を漏らしながら体をくねらせる。涼子はいつの間にか私の首に手を回し、
自分から体を密着させていた。弾力のある胸が、私の胸板に押しつぶされそうになる。
 舌を絡ませると涼子はビクンと跳ね、己の舌を引っ込めた。急ぎすぎたのだろうか。
だがここで逃がすわけにはいかない。私は涼子の背中を強く抱き、頬を押さえて動かないように
固定した。涼子は息を呑む自由さえ奪われ、ぴったりと塞がれた唇のかすかな隙間から、唾液を垂れ流した。
「ん、んん…ッ」
 やがて、涼子は恐る恐る自分から舌を絡めてきた。ねっとりとざらついた感触が心地よい。
舌使いは私の行為を真似するだけのぎこちないものだが、技量はまだまだながら、実に気持ちのこもった
舌技であった。
 どれくらい時間がたっただろうか。頂上が近いことを知らせるアナウンスが聞こえ、私たちはひとまず
唇を離した。唾液が糸を引き、ぷつんと切れる。
 涼子は肩でぜいぜいと息をしていた。顔は紅潮し、瞳は潤んでいる。唇は私たちの交わった唾液で
てらてらと光っており、そのままむしゃぶりつきたくなるくらい官能的であった。
呼吸を整えて、涼子は私の膝に座り、胸に顔を埋めてきた。
「ずっとこうしていたい…。時間が止まればいいのに」
 未だかつて、聞いたことのないような涼子のしおらしい言葉であった。場所が観覧車でなかったら、
私は襲い掛かっていたかもしれない。咳払いをして、涼子の背中を抱き、髪をなぜる。
そう、この時間が永遠に続けばいい…。


 と、涼子は胸から顔を離し、私を見つめた。
「ね、いいこと思いついたわ。遊園地に脅迫電話かけるのってどう?今すぐ観覧車を止めないと、
仕掛けた爆薬を爆発させるわよ、って」
「警視!!」
 すいぶんとスケールの大きい色ボケである。
 私はなだめるように背中をさすり、キスをした。今度は涼子も積極的に応え、舌が絡みつき、
唾液の交わる淫靡な音が狭い密室に響いた。頭のいい涼子は私の基本形を瞬く間にマスターし、
私を驚かせた。ほんの何分か前は舌に触れただけでも飛び上がっていた人間とは思えない。
 涼子の美しい顔が官能で切なげに歪む。その表情に欲情し、私は背中に回していた手を
涼子の豊かな胸元に持っていき、包み込むように触れた。
「…!」
 驚いて涼子は唇を離した。それと同時に、そろそろ観覧車が終わるアナウンスが聞こえた。
ふと外を見ると、待っている人の姿が見て取れる。私たちは名残惜しさを隠しきれずに体を離した。
 観覧車から降りた私は、自分でも思いがけぬ言葉を発していた。
「警視、よければこれからウチに来ませんか」
 涼子は熱に浮かされたようにコクンと頷いた。


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