残照(キルヒアイス×アンネローゼ)/3-65さん




シュワルツェンの館で過ごす最後の日、アンネローゼは火の無い暖炉の前で独り佇んでいた。
窓から差し込む朝焼けが彼女の半身を赤く染めている。もう何日も殆ど眠れずにこうしている。
暖炉の上の飾り棚にはフォトフレームが幾つか並ぶ。その中から一つだけ選んでぼんやりと眺める。
手にしたフォトフレームには彼女と、彼女の弟、弟の友人の三人が幼い笑顔で写っている。
総ての音が遠ざかり、心が巻き戻される。

―ジーク、弟と仲良くしてやってね・・・―
なかなか友人の出来ない弟が、隣の家の少年に出会ったその日から笑顔を見せているのが嬉しくて、
彼にそう声をかけた。赤い髪が上下に揺れ、とびきりの笑顔で弟と共に駆け出していった・・・。
三人で過ごした時間は短くも鮮やかに彼女の心に刻まれた。
後宮に召され自由と未来を失った後、唯一の心のより所は彼等だった。
季節毎に会いに来る彼等は知らぬ間に少年から青年へと変り、赤毛の青年は憧憬からやがて真摯な瞳で
彼女を見つめるようになった。
最初は戸惑い、畏れ、そして暖かい想いが胸に積もり始めた。同時に悲しみも抱いた。
皇帝の妾である自分は、彼に相応しくはないのだと。もしこの想いが人に知られるようなことがあっては、
彼の未来を閉ざしてしまうことになるのではないだろうか。それは考えるのも恐ろしい事だった。
彼に対してまるで姉のように振舞っていても、ふとした折にその眼差しが交差する。
その瞬間の喩えようも無い幸福感は、彼女の中の絶望を溶かす朝日のように暖かく満ちていった。



皇帝の死後、宮廷を退きこのシュワルツェンの館に移り、再び穏やかな日々が始まったように思えた。
10年前と違うのは、彼等が遊び疲れて帰って来るのではなく、命のやり取りをする場所から帰って来るということだった。
彼女の心痛は10年前の比ではなかった。
公務で忙しい彼等はほんの短い間を縫ってここへ帰ってきた。
様々な肩書きの付いた三人がそれを忘れていられる唯一の場所だったのかもしれない。
アンネローゼはいつも温かい手料理と笑顔で迎え、彼等の心と身体が休まるように心を配った。
それは彼女にとっても充実と喜びをもたらす尊い仕事だった。

その日はラインハルトの誕生日を祝い、三人だけでささやかながらも心のこもったパーティを催した。
腕を振るって作った料理を残さず食べ、よく飲む彼等を見るのは幸福だった。
時間が経つのも忘れ、たわいもない話をしながら笑い合う。カードゲームに興じ、夜も更けた頃、うたた寝をし始めたラインハルトを見て
アンネローゼとキルヒアイスは顔を見合わせて微笑んだ。わざと幼い子供に言い聞かせるように囁きかける。
「・・・ラインハルト、眠るならベッドへ行かなくては駄目よ。」
「・・・子ども扱いしないでくださいよ・・・」
半分だけ目を開けて答えたものの、暖炉の暖かさと酔いの心地よさに吸い込まれるように目蓋が下りる。
「仕方のない子ね」
子供のような仕草に目を細め、アンネローゼの胸には懐かしさが去来した。
幼い頃、こんな風に眠ってしまってなかなか目を覚まさなかった弟をベッドに運ぶのにとても苦労した・・・。
そんな話をキルヒアイスに話すと、彼は穏やかに微笑み、ラインハルトの肩を優しく揺さぶる。
「ラインハルトさま、起きてください、ラインハルトさま・・・」
「ジーク、大丈夫?」
「ええ、慣れてますから」
いたずらっぽく笑うと半ば眠った状態のラインハルトを何とか立ち上がらせ、キルヒアイスは居間を後にした。



二人が出て行った後、散らかったカードやテーブルの上を軽く片付け、ソファに身を預ける。
軽い疲労感は充実した時間の証だった。
楽しい時間が深いほど、待つ時間が辛くなる。
目を閉じて深い息をつきながら膝の上で手を組み、誰にともなく祈る。
どこへ行っても彼等が無事にここへ帰ってきますように・・・。それはエゴイズムであると分かっていても
祈らずにはいられない。
自分の知らない世界へ翼を広げ飛び立つ彼等を、ただ見送るだけの自分に出来ることはそれだけだった。
できるなら、権力や戦いの無い世界でもう一度、すべてを切り取られてしまったあの日から、普通の生活を
やり直してみたい。
みんな一緒に。そして・・・。
暖炉の薪が小さく爆ぜ、アンネローゼは緩やかに意識を取り戻す。少し眠ってしまったようだった。
目を閉じたまま夢の続きを追う様にまどろみに身を任せていると、すぐ傍に優しい気配がした。
そっと髪を撫でられる。指先が頬に触れ、唇をなぞる。
ほんの僅かな、羽毛のような感触にもかかわらず触れられた場所から電流のような刺激が流れ、
思わず吐息が漏れた。
「・・・っ」
触れていた指が動揺し、離れる。
アンネローゼはゆっくりと目を開く。跪いていたキルヒアイスは弾かれたように立ち上がった。
目を逸らし、うつむく彼の頬に朱がはしる。
それを見た時彼女の中で、何かが動いた。
離れたその手を優しく取って立ち上がり、そっと胸に凭れかかる。
軽い浮遊感は酔いのせいだろうか、とアンネローゼは思った。
そうでなければ信じられないほどの積極性に心のどこかで戸惑いながら。
暖炉の中で焼けた薪が崩れ、また新たな炎が揺らめく。
そのゆらめきを頬で感じながら、自分はまだ夢の続きを見ているのかもしれないとも思った。




彼は暫く呆然とし、次に硬直し、やがて大きく強い力が彼女の全身を包んだ。
「アンネローゼ様・・・」
掠れた声が頭上から響く。答えるように顔を上げ、真っ直ぐに見つめる。濃い青の瞳の中に彼女自身が
揺れて映る。
再び彼の手が頬に触れた。大きな手のひらにすっぽりと包まれ、やや上向きに促されると彼女は目を閉じた。
口唇に微かな震えが降りる。柔らかいそれはどこか遠慮がちに触れる。
焦がれるような気持ちに思わず強く応えると、震えは消え、情熱の迸るままに熱く押し包む。
口唇を離した後もなお息苦しいほどの抱擁に、胸が熱く震えた。
(酔ってなどいない、私は・・・待っていた・・・)
「ジーク・・・」
想いを込めて彼の名を呼ぶ。この気持ちをどう伝えるべきか言葉を選んでいたとき不意に彼の身体が硬直した。
「アンネローゼ様・・・お許しください」
かき抱いたままでキルヒアイスが呟き、噛み殺すような溜息と共に腕が外された。
何故、と問いかける時間も与えず身を翻し彼は部屋を出て行った。
アンネローゼは半ば呆然としたまま重い扉が閉まる音を聴いた。

自室に戻った彼はすぐに浴室へと飛び込み、頭から冷水を浴びた。冷たさに全身が粟立つ。
熱に浮かされた心が次第に冷静さを取り戻すと共に、彼は激しい後悔に襲われた。
「何ということを・・・」
衝動と欲望を恐れ、そして逃げてしまった。自分はあの憎むべき皇帝と同じだ。
欲望のままにあのひとを汚そうとした。
あのひとを心から愛している、遠くから見つめていられるだけで満足なのではなかったのか。
想うだけで満足する心、耐え難い欲望の心、どちらも真実だ。
壁に拳を打ち付けると苦い痛みが響く。流れる水が衣服を重く湿らせ、枷のように彼を俯かせた。
しかし・・・初めてこの胸にかき抱いたあのひとの身体の柔らかさと暖かさ、そして口唇の熱・・・
思い出すと身体に熱が戻る。硬く屹立した己自身を感じ彼は再び恐れ、恥じた。




アンネローゼは繊細な装飾を施された鏡台の前に座った。
身を清め白いナイトドレスに身を包み緩慢に髪を梳く姿は、神話から抜け出た一柱の女神のような美しさで
あったが、鏡に映る表情はどこか物憂げに沈んでいた。
 
彼の熱い眼差しに、彼の想いに応えたいと思った。そして胸に降り積もるこの想いを伝えたい、そう望んだ。
しかし長い抱擁と接吻の後、彼は突然出て行ってしまった。
(許しを請うのは私の方なのに)
浅ましい姿に幻滅されたのかもしれない。
『姉』として気付かぬ振りをするべきだったのだろうか。抱き締められた時のあの熱はシャワーを浴びても
消えずに身体の芯に残っている。
(知らない振りなど、もう出来ない・・・)
櫛を下ろし、立ち上がる。薄い水色のガウンを羽織ると音を立てないようにそっとほの暗い廊下へと滑り出た。
絨毯を踏み進む度、自問を繰り返していた。行ってどうするのか、何を言うつもりなのか・・・
答えが出ぬまま、だけどこのままにはしたくない。
扉の前に辿り着く。深呼吸をし、意を決して扉を叩いた。


扉を開くとそこに金色の光があった。
蒼い瞳が真っ直ぐにキルヒアイスを見つめていた。桜色の唇がもの言いたげに開いたが言葉を発することは無く、
輝く光が流れるように胸に飛び込んできた。細い腕が背中へと廻され、ガウンが羽衣のように床へ落ちるのを
彼は呆然と見とれていた。
「ジーク・・・!」
言葉にならない想いの総てをぶつけるように彼を抱き締めた。
心を苛む恐れや後悔よりも強い喜びと驚きに彼は包まれ、熱い想いが全身を駆け巡り、抱き締め返すその腕を震わせた。


何故気が付かなかったのだろう。
初めて口付けた時、彼女は自分の気持ちに応えてくれていた。恥じるべきはそれに気付かず逃げ出した、自分の臆病さだ。
「アンネローゼ、様・・・」
喜びに潤んだ蒼い瞳が再び彼を見つめると、白い目蓋が下りる。吸い込まれるように口唇をそっと重ねた。
最初は軽く触れ、次に優しく挟む。押し包むように塞ぎ、舌先でなぞる。緩んだ口唇の隙間から舌を差し込み夢中で口内を探った。応える彼女の舌を絡め取り吸い上げながら、キルヒアイスは一層強く抱き締める。
息苦しさにようやく唇を外すと、熱い吐息が頬を掠めた。
よく晴れた夏空のような色をした瞳が、ある決意をもって彼女を見詰める。
アンネローゼは頬を染め、そっと彼の首へ腕を廻した。
至高の宝珠を扱うように優しく抱き上げ、寝台へと歩くたった数歩の間でさえ、眩暈がするほどの幸福感に包まれていた。
重力を感じさせない仕草で寝台の端へ掛けさせるとその足元へ跪き、細いヒールの靴を片方ずつ丁寧に外した。白い素足の爪先に口付け、そっと口に含む。くぐもっった吐息が聞こえ、足先に力が篭る。
それを解すように舌を這わせ、ささげ持った丸く柔らかい踵を撫ぜる。
脚を抱えるようにして脛から膝へと口付けながらドレスの裾をたくし上げ腰のラインをなぞると、布越しに下着の感触が無いことに心臓が大きく脈打つ。
「あ・・・」
おもわず見上げるとアンネローゼは羞恥に目を伏せ、しかし頬に官能の翳を映して彼を待っていた。
その表情の艶めかしさに彼の自制は消えた。乱暴といっていい手つきで自らの衣服を外し、彼女のドレスも剥ぎ取りながら覆いかぶさる。
瞳に揺れる荒ぶる光は彼女を少しだけ怯えさせた。




「あの・・・ジーク、明かりを消して・・・」
室内の照明は落としてあり、明かりはサイドテーブルのアンティークのスタンドのみ、それも明度は最小にしてある。
それでもお互いの姿は十分に確認できる。アンネローゼは恥ずかしそうに腕で胸を隠し「お願い」と消え入りそうな声で囁く。
ほの暗い室内で彼女の肌は陶器のように白く滑らかに、その陰影は喩えようも無く淫靡に映えた。
その芸術のような裸体を目蓋に焼き付けるかのように凝視する。視線から逃れようとする動きが却って男を駆り立てるということに彼女は気付いているのかどうか。
美しい・・・そして愛しい。いつまでも見詰めていたい。
アンネローゼはもう一度「お願い」と呟いたが、ジークフリードはその人生で初めて、彼女の「お願い」に首を縦に振ることをしなかった。

熱い身体をあわせ、貪るように全身に唇を這わせる。口付けるたびに白い身体は小刻みに震え、吐息が彼を満たした。不器用で性急な愛撫に応え過ぎる程応える自分の身体に半ば驚きながら、アンネローゼもまた満たされていく。
身体の芯はもう蕩けきっている。不意にそこへ彼の手が伸び滑り込む。
「・・・っつ・・・!」
「・・・すごい・・・」
アンネローゼは顔を覆い羞恥と快楽に耐えた。指先は易々と花芯に飲み込まれ、そこを弄る手の動きが陰核に触れた時、堪え切れず高く小さな悲鳴を上げた。彼は指の腹に力を入れぬように優しくその小さな突起を愛撫しながら、彼女の耳元に口を寄せ囁く。
「声を・・・聞かせてください・・・あなたの声が聞きたい・・・」
15歳で後宮に納められ、皇帝の夜伽を科されていた彼女のたった一つの抵抗は決して声を上げない事だった。快楽より痛みの方が強くとも唇を噛んで嵐が過ぎ去るのを待った。長い間そうしていた為か、どうしても声をあげることは躊躇われる。
しかし指が動くたび流れる電流のような刺激に、耳元に掛けられる熱い吐息に、彼女の眼裏が白く痺れる。
「あぁ・・・ああっ・・・!」
堪えきれず上げた声は小さく高く部屋に響いた。花芯を捕らえていたはずの指はいつの間にか彼の舌に変っていた。陰核を転がすようにそして優しく吸い上げる。
「だめ・・・だめ・・・そんな・・・ぁああっ・・・」



自分自身が熔けていくような感覚が彼女を白く飛ばし、四肢が痙攣する。一際高い声をあげた後ぐったりと力を失った身体を抱かれ、汗ばむ額に愛おしげにそっと唇が下りて来る。
アンネローゼは薄く目を開け彼の背中をそっと撫でた。引き締まった筋肉の感触を指に感じながら、その手はゆっくりと腰に流れ彼のそれに触れた。
「・・・ぅ・・・」
僅かな呻きを額で聞きながら指と掌でいとおしげにその形を確かめる。硬く張り詰めた先端が少しだけ濡れている。
「・・・ア、アンネローゼさま・・・いけません・・・」
腰を引き繊手から逃れた彼に身体ごと唇を押し付ける。閉じた太腿の内側はぬるみを帯びて熱く疼いている。そして彼の熱も疼くように脈打つのを腰のあたりで感じている。
「ジーク・・・・・・お願い・・・あの・・・」
はしたないと思う最後の自制心が言葉をためらわせる。
だがキルヒアイスは彼女に最後まで言わせることはしなかった。囁くような吐息が耳朶を打つ。
「あなたが、欲しい・・・」
身体の位置を変え、脚を割り、痛いほど張り詰めた彼自身を濡れそぼった中心にあてがう。
息を呑み、ゆっくりと腰を埋めていく。彼女の膣は狭く、異物を排除するかのようにきつく彼を締め上げた。
「あ・・・うぅ」
眉根を寄せ、苦しげな吐息を漏らすアンネローゼに覆い被さるように口付けながら、暴発しそうなほどの快楽に必死で耐えながら根元まで納めた。
「辛く・・・ありませんか・・・」
「大丈夫・・・よ・・・」
初めてではないのだから・・・。
言っても思っても仕方の無いことだと知りながら、アンネローゼはきつく目を瞑った。
(初めてならよかったのに・・・貴方が最初で最後の人ならよかったのに・・・私は本当は貴方に抱かれる資格など)
蓋をして塞いでいた心の痛みに彼女は再び捕らわれてしまった。



初めは遠慮がちに、やがて抑えきれないように激しく打ち込まれ、襞を捲られるように押し寄せる
熱い快楽と波が彼女を翻弄する。
そして愛される喜びに身を任せながらも、胸の中の黒い沁みは消えず、鋭く痛んだ。閉じた目から涙が流れる。
そんな少女のようなことを夢見る自分を恥じて。
唇の感触を目の端に受け、そっと目を開けると心配そうに揺れる瞳が彼女を映す。
ふと彼の動きが緩くなり、深く、より深い場所に彼自身を埋めた。
「お嫌なら、もう二度と触れることは致しません・・・どうか・・・」
大きな手が二周りほど小さなその手を包む。優しく温かいほど涙は止まらない。その頬に彼の汗が落ちる。
荒い息の中、絞り出すように彼はもう一度口を開いた。
「お許しください・・・」
彼は悲しげに目を閉じ呟く。閉じた瞳から汗ではない雫がこぼれ、彼女の頬を打ち濡らす。
「・・・愛して・・・います」
総てを諦めたような表情が深く胸に突き刺さる。
アンネローゼは自分の涙が彼を傷つけたことを激しく後悔した。
深く傷ついているのは自分だけではない、彼もまた胸の中に絶えず鋭い針を打たれているのだ。
それでも、こうしている。温かく包んでくれている。静かに、深く。
(ああ・・・)
―私はなんと愚かなのだろう。この愛しい人の腕の中にいるというのに。
白い手が額に触れ汗に濡れた赤い髪を掻き揚げ、涙を拭うようにそっと彼の頬に触れる。
アンネローゼは精一杯の微笑みを彼に贈り、包まれた手を握り返す。蒼い瞳が再び彼女を映した。
「ご免なさい、ジーク・・・私、」
上手く言葉に出来ない。だが伝えたいこと、今すぐ伝えなくてはならないことはわかっている。
今こうして繋がって、触れていられることはなんという幸いだろうか。アンネローゼは思いを言葉にすることができる幸せを噛み締めながら唇を開く。
「私も・・・愛しています・・・あなたを・・・心から」
目尻から一筋の光が零れこめかみへと消える。悲しみでも痛みでもない涙だった。
見開かれた瞳に驚きと喜びが広がる。湧き上がる愛しさに突き動かされるように唇を塞ぎ、何度も貪るように口付けた。



「・・・アンネローゼ・・・さま・・・」
繋がったままの陰茎が熱を取り戻し硬く張り詰めると、蠢く肉襞に再び締め付けられる。
想いがすべてを打ち貫くかのように激しく、彼を突き動かす。
「ああっ・・・ああっ!・・・」
恥じることなく素直に声を上げ、彼の首に腕を廻す。押し付けた乳房を荒く掴まれその先端を吸われれば
はしたないほどの仕草で彼の耳朶を噛んだ。音を立てて挿される度、身体の芯からぞくぞくとした甘い痺れが全身を貫く。
「ジーク・・・ジーク!あぁ・・・っもう、私・・・!」
「・・・ぅ、くっ」
痺れの元が大きく膨らみ、早く深く貫く。
痙攣と共に迸る熱を身体の最奥で確かに受けながら、世界が白く遠ざかった。

緩やかに意識が戻ったが、アンネローゼは瞳を閉じたまま身動きせずに横たわっていた。
すぐ傍らに優しい気配がする。
そっと髪を撫でられる。指先が頬に触れ、唇をなぞる。ほんの僅かな、羽毛のような感触。
ああ、目を開いたら暖炉の前に居て、総て夢だったらどうしようかと思いながらも、そっと目を開く。
優しい瞳がそこにあった。どちらともなくお互いに微笑む。
手はまだ握り合ったままだった。唐突にキルヒアイスが口を開く。
「・・・必ずお迎えにあがります。それまで待っていていただけますか?」
緊張した面持ちで見詰める彼は少年のような表情で真剣に問う。
両手で彼の手を包み、そっと口付ける。自分でいいのか、という問いは愚問であった。

あの日、皇帝から開放された日、迎えに来た弟は『これからは幸せになってください』と彼女に告げた。
その言葉がいまになって心に沁みる。
幸せになりたい。この愛しい人と。涙の滲む瞳で、でも真っ直ぐに彼を見詰める。
「はい、待っています・・・いつまでも。」



微笑む彼女に何故かうろたえ、ジークは慌てて言葉を重ねた。
「あの、そんなに長くは、お待たせしませんから・・・」
その様子にくすりと笑い、
「きっとよ?でないと私すぐ、お婆さんになってしまうわ」
「いえ、そんなことはありません!・・・あ」
ぎくりとした表情になった彼が動揺しながら呟く。
「ジーク?」
「あ、いえ、ラインハルト様になんとお話しようかと・・・」
まあ、と笑うアンネローゼは少女のようで、キルヒアイスは少年のように赤面した。
「大丈夫よ、ラインハルトはわかってくれるわ。私たち、みんな幸せになれるわ・・・」
「はい・・・はい、アンネローゼさま」
迷いの無い瞳で見つめあい、口付けを交わす。
身体の隅々まで細胞が生まれ変わったような清々しい感覚に包まれて、アンネローゼは幸福だった。
未来が、再び戻ってきたのだ。

その朝、軍へ出仕する彼等を見送るとき、地上車に乗り込む寸前にキルヒアイスは振り向き、二人だけに分かる親密さで微笑んだ。
春の空より少しだけ濃い瞳が朝日を受けて輝く。
凛々しく逞しい姿を瞳と心に焼き付けて、アンネローゼは手を振った。

それが最後だった。





フォトフレームを抱いたまま赤い光の差し込む窓際へ歩み寄る。連なる街並みはまだ暗く、影絵のように切り取られている。
朝日はもう間もなく、遠く連なる屋根の間からより高みを目指すだろう。
朝焼けは燃える炎のように赤く、赤さは彼を連想させる。
「ジーク」
言葉が透明な雫となって頬を伝う。
『はい、アンネローゼ様・・・』
もういない筈の彼の声が聴こえる。窓を開け、何度も呟く。赤い光は涙で歪んだ。
「迎えに来て、ジーク・・・」
―私もそこへ連れて行って・・・今すぐ・・・
今度こそ自分は、未来を失ってしまったのだ。もう過去にしか生きられない。
たった一人の弟さえも切り捨てて。

やがて陽は昇り、清浄な光が街に注がれる。
赤い光が名残惜しげに彼女の姿を染め、すぐに消えた。
最後の光を抱きしめながらアンネローゼは窓を閉め、静かにそこを離れた。


Ende


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