ヤン×アンネローゼ/牛男さん




 銀河帝国暦四九一年――初夏。
 太陽が昇りきらない午前中、アンネローゼはフロイデンの山荘の近郊にある小さな森を散歩することが習慣となっていた。
 大公妃という称号を持つ身分でありながら、お供をひとりも連れずに歩き回るので、従者の少年コンラートとしては気が気ではないのが、ここ最近はさらに不安を募らせている。
 散歩を終えて戻ってくる時間が、少しずつ遅くなってきているのだ。
 アンネローゼは屋敷の中でお菓子を焼いたり編み物をしたりといった、ごく家庭的な行為を好む女性だった。
 それでいて、けぶるような黄金の髪と、木漏れ日の慈愛を湛えた青の瞳、そして瑞々しい白百合の肌という、まるで美の女神が現世に降臨したかような存在なのだ。
 彼女の傍に仕えることに対して、無常の喜びを感じているコンラートは、力不足は重々認識しながらも、騎士としての役割を全力で担っていた。
 アンネローゼが気分転換に選んだ森は、野生の動物もおらず、一般人は立ち入り禁止になっていたが、決して安心することはできない。
 最近は手作りのお菓子や紅茶を持参して出かけることが多く、誰かに会うことを目的としていることは、一目瞭然であった。


「……アンネローゼさま。こうような森の中で、いったい誰に……」
 こうなったらやむを得ない。追跡開始である。
 コンラートの不安は、最悪の形で適中した。
 森の奥深く。やや開けた場所に根を下ろす樫の大樹。その前に、二十代の後半とおぼしき男が胡座をかいて座っていたのだ。
 おさまりのわるい黒髪と、穏やかそうな黒い瞳。中肉中背の青年で、すぐ傍には分厚い本が山のように積まれている。
 アンネローゼは青年の隣に腰を下ろし、水筒から紅茶を注いでいるところだった。
「はいどうぞ、ヤンさん。熱いですので、気をつけて下さいね」
「やあ、いつもありがとう」
 ヤンと呼ばれた男は、片手で紅茶を受け取りながら、もう片方の手で、彼宛に送られてきたらしい手紙を弄んでいた。
(ヤン……ヤン元帥!?)
 驚いた。銀河帝国最大の敵。反乱軍最高の知将――ヤン・ウェンリー。



 昨年勃発した「バーミリオン会戦」において、帝国の英雄ラインハルト・フォン・ローエングラム元帥を絶対絶命の窮地に追い込んだ男が、ここにいる。
 戦いは自由惑星同盟側の無条件降伏という形で集結したが、ラインハルトは自分の敗北を非公式ながらも口にしているという。
 勝者の余裕が敵将の評価を上げることになったのだろう。国営放送や神聖銀河帝国新聞以外のメディアでは、魔術師ヤンの戦術、
艦隊運用の妙技を大々的に取り上げていた。
 ほどよいハンサムが親近感を与えたのか、三十代の女性を中心に「ヤン様」旋風なるものまで巻き起こっている。
(確か、ヤン・ウェンリーは、バーミリオン会戦のあと、ラインハルト様の恩情を賜り、戦犯者としての待遇を免れたはず)
 そして……自由惑星同盟の存続を条件に、帝国軍に招かれた。
 ヤンの噂は芳しいものではなかった。
 戦争以外では怠惰で無能。有能な部下がいなければ、よく言ってて給料泥棒。数百万という帝国軍の軍人の命を奪ったこの男に、
部下たちがついていくはずもなく、オーベルシュタイン元帥などは、ラインハルトにヤンの粛正を本気で進言したらしい。
 そして、半年前くらいにヤン元帥暗殺未遂という衝撃な事件が起こり、ばったりと情報が途絶えてしまった。



 ――ヤン元帥は自由惑星同盟に逃げ帰った。
 ――いや、オーベルシュタイン元帥の謀略にかかって、もうこの世にはいない。
 ――ヤン元帥はすでに退役して、今では酒浸りの毎日を送っている。オーディンの居酒屋で、愚痴をこぼしていた元帥の姿を見かけた者がいる。
 様々な憶測が生み出されたわけだが、実際はこんなところにいたわけだ。
 確かにこの地域は帝国軍が厳重に管理しており、要人が身を隠すには、絶好の場所といえるだろう。
 ラインハルトは姉であるアンネローゼの警護に、最大限の注意を払っているからだ。
(それにしても、アンネローゼ様。なぜ、この男の元に……)
 低い灌木に身を隠しながら、コンラートは我知らず拳を握りしめていた。
 手紙を読んでいるヤンの横顔に、アンネローゼは真摯な眼差しを注いでいる。普段の落ち着き払った表情ではない。
絶対に認めることはできなかったが、それはまるで人間との恋に落ちた女神のような、どこか浮ついた姿だった。




 ヤンはやや伸びすぎた黒髪をかきあげ、深いため息をついた。
「……やれやれ、まいったな」
「どうされたのですか?」
「ハイネセンからの手紙です。その……昔の友人から」
 アンネローゼは悲しそうに眼を伏せた。
「……ヤンさんの、婚約者の方から?」
「ええ」
 森の中の気温は少しずつ上がってきている。ヤンは手紙をうちわのように使って顔をあおいだ。内容を話すべきかどうか迷っている様子だったが、
心の葛藤は長くは続かず、ヤンはごくさり気ない口調でこう説明した。
「先月、結婚したそうです」
「……!」
「一年近くも会えず、こちらからの返信は一切禁じられていた。当然の結果というやつですよ」
 自重気味に笑うヤン。
 アンネローゼはしなやかな手をヤンの腕に添えた。
「こんなことは何の慰めにもならないかもしれませんが……わたくしが、います」
(ア、アンネローゼ様!)
 コンラートは思わず飛び上がりそうになった。
(何てこと! これではまるで――愛の告白じゃないか!)




 ヤンは意表を突かれたように眼を丸くした。
「それは……だめです」
「どうしてですか?」
 憂いを帯びた青色の瞳を真っ直ぐに向けられ、ヤンは少なからず動揺したようだ。
「アンネローゼ。君は、その……大公妃だよ」
「ヤンさんは、元帥です」
 今の銀河帝国は、軍事面はもちろんのこと、政治的な面においても、軍部の発言力が大きなものとなっている。
その最高峰まで昇り詰めた男ならば、形式的にはあるいは、大公妃と釣り合うのかもしれない。
 ヤンは気を落ち着かせるように、紅茶を一気に飲んだ。
「君は、優しいし、料理も上手だし、それに……何よりも、美しすぎる。平凡な私なんかには、もったいないよ」
「……」
 アンネローゼは立ち上がり、ヤンの正面に位置した。
「美しくなんか、ありません」
「え?」
 アンネローゼは胸の前で手を組み、神に懺悔するかのような悲壮な仕草で、重々しく言葉を続けた。


「わたくしは、初恋も知らないままに、一五歳でフリードリヒ四世の後宮に入りました。お金のために――身を売ったのです」
「……」
「わたしの身体は、老人の手で汚されました。そして、自分自身に絶望した私は、生きる力を失すら失いかけました。
弟の支えになることでしか、命を繋ぎ止めることすらできなかったのです。わたくしは、弟を利用した」
 どこまでも澄み切った瞳が揺れ、白磁の頬にすっと涙が伝う。
「優しくなんかない。美しくなんかない。今――そのことを証明します」
 アンネローゼは両手をスカートの中に入れ、腰の高さまで持ち上げた。
 衣擦れの音とともに、小さな布地が下ろされる。
 それは純白の絹のショーツだった。
「アンネローゼ! 何を!?」
「……わ、わたくしは、穢れた女です。だから……」
 アンネローゼは秀麗な顔を羞恥心に歪めながら、スカートの裾を少しずつ持ち上げていく。
 ほっそりとした足首から膝、そして艶かしい太ももが露になる。
 茂みの中のコンラートは、目の前の現実を受け入れることができなかった。
 いったい、何が起きている? アンネローゼ様は何をしていらっしゃる?
 やめろ! やめろ! やめろ――っ!
「あなたに、こんなはしたない姿を……さ、晒しても……」
 アンネローゼは涙を流し、声を震わせながら、男の目の前で完全にスカートをめくり上げた。
「恥ずかしくなんか――ありません」



 ヤンの目の前に、白磁の肌が晒されている。
 すでに脱ぎ捨てられた邪魔な布きれは存在しない。
 なまめかしい曲線を描く太ももの間に、限りなく薄い金色の茂みが密かに咲いていた。
「あ……ああ……」
 スカートの裾を握り締めながら、アンネローゼが切なげな声を漏らす。
 長い睫をきゅっと閉じ、唇を軽くかみ締め、込上げてくる羞恥心を必死に押さえ込んでいるようだ。
「アンネ、ローゼ……」
 通常の精神状態のヤンであれば、おさまりのわるい黒髪をかきまぜながら「やれやれ、まいったな」とでも呟いたところだろう。
 だが、こと男女の関係に関しては、部下に冷やかされ、ともすれば冷笑されるほど奥手な男である。
 こういった状況を経験したことはないし、対応する術も知らない。
 結果、ヤンは動けなった。
 羞恥の中にもとある決意を秘めたかのように、アンネローゼは一歩、また一歩と近づいてくる。
「……どう、ですか? こんなわたくしに、幻滅しましたか?」



 かろうじて、ヤンは首を振った。振ることができた。
 アンネローゼの半裸体は、もはや息が届くほどの距離だ。
「もし、わたくしのことが嫌いでないのなら……。もし、よろしければ。わたくしを、ヤンさんの……好きにして下さい」
(……と、言われてもなぁ)
 はいそうですかと頷いてよいものだろうか。
 ともすれば失いそうになる理性を手繰り寄せながら、ヤンは自問した。
 もしここで拒絶したら、この女神のような女性を確実に傷つけてしまうだろう。
 それだけは何としても避けたい。
 では、アンネローゼの気持ちに答えたとして……。
(果たして、今の自分に、うしろめたいことはあるのか?)
 婚約者だった女性は、他の男と結婚してしまった。
 できのよい被保護者や他の仲間とは離れ離れになり、今は仕事場に居場所さえなく、正確な地域名すら分からないこの場所で
ひっそり身を隠している状況。 
今後の展望すら見えてこない。



 こんな自分に、少しでもできることがあるとするならば……。
 それは……彼女の気持ちに応えることくらい、ではないだろうか。
 心の中でそっと決意の吐息をつき、ヤンは両手を伸ばした。
「――あっ」
 アンネローゼの太ももの外側に触れる。きめ細かな肌は吸い付くようだ。
 限りなく白く、たおやかながらも、微かに熱を帯びている。
 さわさわと指を走らせると、アンネローゼはくんと反応した。
「……その、アンネローゼ。もし、嫌だったら」
「い、いいえ! お願いです……そのまま、お続け下さい」
 艶やかな黄金色の髪を揺らし、長い睫毛に覆われた青い瞳に涙を溜めながらも、アンネローゼは真摯に懇願してくる。
 いったい何が彼女をここまで急き立てているのだろうか。
 少女時代に犯した過ちに対する悔恨か。
 失った時を取り戻そうとする渇望か。
 それとも、戦争以外に何のとりえもない自分への好意なのか。
 ヤンには分からない。
 もはや何が正しいのかすら分からない。
 だから、とりあえず思考を停止して、彼女の望む通りに流されることにした。
 アンネローゼの正面に膝を付き、両手を太ももの後ろに回す。
「……ん」
 手の感触は、弾力のある二つの山を確かに伝えてきた。
 そして、眼前に迫るは、限りなく薄い――その先さえ透けて見えるほどの淡い茂み。
「は……ぁ。――んはっ!」
 茂みにそっと口付けをすると、頭上からふわりとスカートが舞い降りてきた。




 一方、こちらは本物の植物の茂みの影に隠れていたコンラートは、奥歯が磨り減りそうなほど、ぎりぎりと歯噛みしていた。
 両手の拳は肌の色が変わるほど強く握り締められており、爪が食い込んだ部分から、じんわりと血がにじみ出ている。
 これは悪夢だ。憧れの女性のスカートの中に、男がいる。
 しかも――大切な部分を守るはずの高貴なショーツは、すぐそばの地面の上で丸くなっていた。
 ということは――どういうことだ!?
 純白のスカートがもぞりと動くたびに、アンネローゼはほっそりした顎を上げ、全身を振るわせる。
 途切れ途切れに聞こえる呼吸の音。
 そして、堪えきれなって漏れ出す声。
 ずっとお仕えしてきたはずの自分が、初めて聞く、擦れたあえぎ声だった。
「はっ……あ……ぁ……んはっ」
「少し、足を広げてくれるかな。顔が、入らないよ」
「……ん、く……は、はい」
 ――ちょっと待て。どこに顔を入れる気だ!
 コンラートの抗議は音声となって発現されることはなかった。
 もちろん、空気を伝わって二人に届くはずもなく、嵐のような少年の胸の中で虚しくこだまするのみ。


 スカートが少し膨らんだ。
 男の命ずるままに、アンネローゼが両足を開いたのだ。
「……ふ……ふあっ! ヤ、ヤンさん――そ、そこ」
 瞬間、びくんとアンネローゼの身体がはじける。
 衝撃に耐え切れなかったのだろう。
 アンネローゼはくっと身をまげて、スカートの中の男の頭を両手で押さえた。
「……は、はぁ、はぁ……い、いいえ。そのまま。……はい。構いません」
 黄金色の髪は乱れ、額には真珠のような汗を浮かべ、頬や耳は茜色に染まっている。
「はぁ、はぁ……く――入れては……ああっ!」
 おかしい。視界に赤みが増してきた。
 どうしたのだろう。息が――息が苦しい。
 立ち眩みだろうか。
 それとも酸欠だろうか。
 いや、違う。壊れつつあるのだ。
 コンラートは自分の心にヒビが入る音を、確かに聞いた。


 ……愚かな思い込みに過ぎなかったのだろうか。
 自分がお仕えしていたアンネローゼさまは、誰よりも美しく、聖母のように優しく、そして身も心も清らかな女性だった。
 草花が好きで、料理や編物が好きで、ただそこにいらっしゃるだけで温かくて……。
 いつも静かな微笑を湛えながら、この森の景色をご覧になっていた。
 ――だが。
 自分はただ、都合のよい部分だけを見ていただけではないのか。
 自愛に満ちた微笑の裏側に、時おり見え隠れする孤独な影。
 ぼんやりと遠くを眺め、何かに思いを馳せているような寂しげな仕草。
 そんな憂いや陰りですらも、自分は美しさの構成要因として納得していた。
(アンネローゼさまは、ご自分を、抑えていらっしゃった?)
 コンラートの思考が高速で空回りしている間にも、時は流れている。
「っ――も、もう……だめです。本当に……」
 いつの間にかアンネローゼとヤンの体勢は変化していた。
 互いに身体を支えることができなくなったのだろう。
 ヤンは地面に仰向けに寝転がり、その下腹部の上にアンネローゼが跨っている状態。



 カチャリ。
 たおやかな手がベルトにかかり、ヤンのズボンがずらされた、ようだ。
 もちろん、スカートの下で行なわれた行為なので、コンラートには見えない。
(……こ、この、体勢は!?)
 俗世間から離れた場所で思春期を過ごしているコンラートには、性行為に対する知識が十分ではなかった。
 通常は、男性が女性に覆い被さるようになるのではないのか。
(これではまるで、アンネローゼさま自ら――)
 その直感は間違っていなかった。
 アンネローゼはスカートの中に手を入れ、僅かに腰を持ち上げる。
 熱を帯びて潤んだ瞳の中には、静かなる決意とともに、待ち焦がれるような渇望の色が確かに存在していた。
「ヤンさん……」
 そっと「何か」を捕まれたヤンは、
「っ! ちょっと、待って……」
 突然、緊張したように身じろぎして、
「――ふう、あぶないあぶない」
 深く安堵の吐息をつく。

「あ、あの。痛かった、ですか?」
「いや、大丈夫だよ。ただ、少し気持ちよすぎて、油断しただけ……」
 不敗の名将でも油断することがあるらしい。
 そんなヤンに甘えるような微笑(これもコンラートが見たこともない表情だ)を浮かべながら、アンネローゼは静かに、慎重に腰を下ろしていく。
 両目を閉じ、息を殺し、すべての意識を一点に集中するかのように。
「あ……あ――は、くうっ!」
 苦しいのか、アンネローゼは悩ましげに眉根を寄せながら、少しずつ体重をかける。
「ヤン、さん――あ、あ、ん」
 表情が、全身が緊張している。
 少しずつアンネローゼの上体が倒れていき、ついにはヤン胸にしがみついた。
「――ぁ、はぁ、はぁ……。こ、これ以上は、もう……」
「アンネローゼ。力を、抜いて」
 ヤンはアンネローゼの肩を腰をしっかり抱え込むと、自ら腰を浮かす。
 ――ずぬっ。
「あ、く、あああああはぁっ!」
 アンネローゼは最後の楔を打ちつけられた。




 許さない。許さない――絶対に許せないっ!

 冷たく気持ち悪い股間の感触にすら気づかぬまま、コンラートは憎悪の感情を剥き出しに森の中を疾走していた。
 アンネローゼとヤンの行為は、その後少しずつエスカレートしていき……。
 コンラートの網膜に、そのすべてが焼き付いてしまった。
 最初はゆっくりと、そして少しずつ力強く、最後には獣のように激しく互いの肌を打ち付け合う二人。
 アンネローゼは自分の指を噛み、懸命に声を押し殺していたが、やはり堪えきれず、ヤンの耳元ではしたない声を上げ続けた。
 周囲に誰がいるかも分からないこの森の中で、だ。
 コンラートが、服の上から見るだけでもいけない気持ちになって、いつもそっと視線を外していた、ふくよかな胸。
 それを無遠慮にもヤンは両手でまさぐり、しかもヤンの手をアンネローゼの手が優しく包み込んだ。
 上下に揺れながら、恍惚とした表情でヤンを見据えるアンネローゼ。
 触ることすら許されないはずの高貴な髪が、さながら光のシャワーのごとくヤンの顔に降りかかる。


 玉のような汗が頬から胸にかけて流れ落ち、その喉元にヤンの唇が吸い付く。
 アンネローゼはたまらず声を上げる。
 激しく身をよじり、黄金色の髪を振り乱して、ヤンにしがみつく。
 もはや、清楚な女神の姿など欠片すらない。
 そして、最後の一瞬――
 歓喜の涙を流しながら、アンネローゼの身体が跳ね上がり、時が止まったかのようにその表情を硬直させて――
 数秒後、大きく、深く息をついた。
 その表情を見た瞬間、知らぬ間に膨張していたコンラートの股間が弾け、熱いものが広がっていた。
「……はぁ、はぁ、はぁ。……こ、こんなこと、初めてです。わたくし、変に、なりました」
「はぁ、はぁ……。わたしも、だよ。気持ちよかったかい?」
「はい。とても……言葉に、表せないくらいに」
 呼吸も整わないまま、二人はうっとりとお互いの眼を見つめ、それから艶かしく唇を重ねていく。





 コンラートは逃げだした。
 頭の中はパニック状態だったのに、足音を消して遠ざかることができたのは、ほとんど奇跡に近いだろう。
 何度も木の根につまづき、転び、わけの分からない言葉を叫び……いつの間にか森の入口付近まで戻ってきた。
 がむしゃらに走ってきたはずなのに、体内ではまだ抑えきれない炎が燃え盛っている。
 暗く、冷たく、そしておぞましい。
 もはやコンラート自身でさえ制御することのできない、狂える炎の竜だった。

 許さない。許さない――絶対に許せないっ!
 僕の大切なアンネローゼさまを、めちゃくちゃにした!
 あの男が、アンネローゼさまを狂わせた!
 あの男が――僕からすべてを奪い去った!

「すべてを、叩き壊してやるよ」
 これまで自分が見せたことのない、獰猛な獣のような笑顔を作っていることに、少年は少しも気づかなかった。



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