外に出ると既に村中の家と言う家はほとんど焼け落ちており、戦っていた村人達もほとんど力尽きている。炎が家を焼く音とモンスター達の咆哮をBGMにしたその光景におののきながらも少女は胸に―少年の姿の胸に―そっと手を置く。
"わたしね、最近夢を見るの。大人になったわたし達がこの村でいつまでも幸せに暮らしてる夢…。"
"わたしね、この村が大好き!あなたの事も大好き!だからいつまでもいっしょよ。"
「そう…いつまでも…一緒よ…。」
少年の姿の中で少女は一筋の涙を流す。ふと我に返るとモンスターの声が近付いてくるのが聞こえた。どうやら気付かれたらしい。少女は大きく息を吸うとスチャリと剣を抜く。そしてモンスターの群れに突っ込んで行った。少年の面影と共に…。
あれからどれだけの時間が立っただろう。満身創痍の中、モンスターが振り下ろした一撃で全てが途切れてから…。少女の意識は深い闇の中にいた。形も何もわからない。ただ彼女の意識だけがそこにいたと言うだけである。
"…。"
"…よ…。"
"…めよ…。"
そんな中、どこからか声が聞こえる。
「…ここは…。」
少女の意識がおぼろげに覚醒する。
"目覚めよ…。"
その直後、声ははっきりと彼女の脳裏に届いた。それと同時に彼女の姿が闇の中から浮かぶ。その姿はまだ少年の姿だった。一糸まとわぬ姿である事をのぞけば…。短くない付き合いの中でありながらさほど目にした事の少ない少年の裸の姿をした自分にとまどっていた少女だったが、その目の前に巨大な影が現れる。
「誰?」
徒手空拳の状態で身構える少女だったが、その影はそれに対し何かする訳でなくただたたずんでいる。
「ド、ドラゴン…。」
その姿に少女は思わず息を呑む。
ドラゴン―その姿はそう呼ばれるモンスターに類似していたが、その大きさはもちろん、全身からみなぎる気迫と言うかたたえている気そのものが他のドラゴンと一線を画している。
「マスタードラゴン…。」
伝承でしか知らない存在を目に彼女はただ立ちすくむ。伝説の龍王は彼女に対しただ無念の表情をあらわにしながら語り始める。
"…わたし達の勝手で追い出した者達の子をわたし達の勝手で邪悪と対峙する勇者として選び、おぬし達に押し付けたばかりかわたし達の力が及ばずあの様な目に合わせてしまい、本当に申し訳なかった…。"
それに対し、少女は首を横に振った。
「…わたし達は勇者―いえ、彼を本当に村の一員、仲間として暮らしていました。それはまぎれもない真実です。そして、わたしも…。」
そう言ってふと顔を伏せる少女。その顔にかげりはない。
その途端、少女の全身から泡のようなものが吹き出し、全身を包みはじけ出す。激しい水流に打たれ、全身が溶ける感覚が過ぎ去った時、そこには元の姿―赤茶色の髪と細くとがった耳をした少女の姿があった。裸である事に変わりはなかったが今の少女に羞恥心はなく、元に戻れた安堵感と少年の姿を失った残念さの入り混じった表情が顔に浮かんでいた。
ホッとしたのもつかの間、彼女の脳裏にあの少年の姿が浮かぶ。そして同時に彼女は少年の行方をマスタードラゴンに尋ねた。
"…おぬし達が命をかけたからであろう、彼は生きながらえた。そして同じ運命に導かれた者達と共にいつかわたしの元を訪れ、そして邪悪の根を断つであろう…。"
その言葉を聞いて改めて少女の口から心からの安堵の息が漏れる。そして、彼女はマスタードラゴンに自分も彼の元に行きたいと頼んだ。しかし…。
"すまないがそれはできない。わたしがお主を助けた時、おぬしの体はわたしの力でも甦らせる事ができないほどになっていた…今のおぬしの姿は言わば魂が肉体の形をしているに過ぎない…。"
申し訳なさそうなマスタードラゴンに対し、少女はどんな形でもいい、少年と共に戦いたいと頼んだ。マスタードラゴンはしばし悩んだが、ウンと首を縦に振る。
"かなり遠まわしになる上、しばしの間おぬしはその姿と記憶を失う事になる。一つ間違えれば永遠におぬしは消えうせる事になる。それでもよいのか?"
少女の選択に迷いはなかった。同時に目の前に波紋の様な歪みが現れる。
"なら、この先に進むがよい。お主が甦る為の道がその先にある…。"
マスタードラゴンの声に見送られ、少女はその波紋の中に消えて行った…。
波紋の先。そこには一つの大きな球体があった。透明な膜に覆われた精気のない、冷たい球体。その存在を前にした少女は導かれるように静かにそれを抱きしめる。すると、彼女の体は静かに球体の中に消える・・・その中で少女は身をかがめ丸めてゆく。
細長い手足が、柔らかいふくらみをたたえた胸が、そして赤茶色の紙ととがった耳をたたえた優しい少女の顔立ちが溶け、一つの大きな球体に変化してゆく。同時に、彼女を包んだ球体は静かに鼓動を始め、生命をみなぎらせてゆく。眠るように消えていく意識の中で彼女は最後まで少年の事を思い続けていた…。
パリン。
はるか天空にそびえると言う城。そこに住む竜達のうち卵を産んだはいいが今まで孵る事がなく、卵の中で死んでいると思われていた竜の卵が突然孵化したのだ。母竜の面倒を見ていた女性はその事に大きく喜んだ。まさにマスタードラゴンの奇跡だと。
ドラゴンだけに生まれたばかりとは言え既に人間の子供位の大きさはある。もう数日すれば大人の背にはなるだろう。それでも眠そうな目をしながら愛らしい仕草をしているそのオスの竜―小さいながらもオスの器官が燐と立っているのが見える―はまだまだ可愛らしいものである。その竜に対し、女性は考えあぐねた上名前を付けた―ドランと。
そののち、ドランは地上に降りていた女性―ルーシアをともない天空城を訪れた勇者―かつての少年と出会う事になる。無意識の本能から勇者を守り戦うドランにそれがかつて自分がその勇者を守るために命を落とした少女だったがゆえである事を知る術はない。
しかし、マスタードラゴンの脳裏には既に映像が見えている。
邪悪な意志―正確にはそれに翻弄されていた一人の男―をそれから解放し、ドランを含む仲間と別れ失われた故郷に立つ勇者。
かつて少女と共にいた花園の跡になぜかドランがいる。驚く勇者の目の前で一声吼えたドランの体が溶け落ち、中から赤茶色の髪ととがった耳をした少女が少し成長した顔をほんのり赤らめながらその生まれ変わった…甦った姿を見せる。
そして互いにほんの少し、そして大きく成長した二人は再会の喜びを分かち合う。その後さらに成長した二人が村を再興させ、いつまでも仲むつまじく暮らす姿も見えたが、それはまだ少し―ほんの少し先の話である。
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