*この物語は「FF5」の後日譚に「あるかも知れない物語」です。
「ふぅ…。」
夜の帳に包まれた城、そこにある寝室でわたしはため息をつく。
あの冒険の後わたしは亡き父の意志を継ぎ改めて国の再建に向けて行動している。もちろん大臣達も協力してくれているし城や町の人達のために頑張ろうとする気持ちは変わらない。
でも、こんな風にふと一人になると何気ないやるせなさを感じる時がある。あの厳しかった冒険と戦いの日々。父を始め多くの大事な人達を失いながらも、それを上回る出会いと共に駆け抜けた日々…。
旅を終えたあと自分達の道に戻っていった人達の事を思い出しながらもわたしはいつもの様に眠りにつこうとしていた。
ガラン。
しかし、その思いは不意にたった音によりさえぎられた。
「誰?」
わたしは即座に身を起こすとベッドから離れて構える。もちろん手にはナイフが握られている。しばしの静寂の中、わたしの中に緊張が走る。しかし、音の主は背後からわたしに迫っていた…。
「…せっかくの再会だと言うのにごあいさつだね。」
「きゃっ!」
思わず振り返りながらナイフを向ける。その先には実用的ながらも少し派手めの衣装を身に付けた紫の髪の女性がにこやかに立っていた。
「ね、姉さん…。」
主に悪徳商船相手の海賊達を率いる海賊のボス。そして同時にわたしの生き別れの姉がいた。わたしが生まれる前に嵐に会い生き別れていた姉さんと再会したのは例の旅の始めの頃。そして旅の中で姉さんも自分の素性を知る事になった。
でも、物心つく以前から海賊として生きてきた姉さんにとってはお城暮らしよりも海賊の方が性に合っていたのだろう。旅の後まもなくお城を抜け出していき、わたしはただそれを見送るだけだった。
「…まったく、ここの衛兵達はふがいない物ね。たった一人の侵入にも気付かないなんてね。またあんな事があったらどうしたものかね。」
軽く意地悪な笑みを浮かべる。わたしは無意識に頬を膨らませる。
「でも、いきなりどうしたの?海賊に戻ったはずの姉さんがいきなりこうして忍び込むなんて…。」
「ま、いくら王家の血縁とは言え不肖の娘だからね。おいそれと正門からとはいかないさ。それに…。」
「それに?」
何かを隠していそうな姉さんの顔に向けてわたしは尋ねた。姉さんは、
「あんたに確かめたい事があってね。」
と答える。
「確かめたい事?」
尋ね返すと姉さんはふと窓の方を向いて話し始めた。
「…この間、海の辺りで嵐があったって聞いたろ?」
「え、ええ…ちょうど姉さん達のアジトがある辺りね?」
当時その一報を聞いたわたしはその付近の町の人達、そして姉さんの事が心配で夜も眠る事ができなかったのだ。
「実はね…あたし、あの時死んだかも知れないんだ。」
「ええっ!?」
姉さんはあっさりと言っていたが、その内容は余りにも衝撃的だった。
「仕事を終えた後、船が波にやられちまって…あたしは不覚にも海に投げ出されてしまった。いくらあたしでもあの荒れ狂う波の中、ただ沈んでいくしかなかった…。」
「姉さん…。」
わたしは信じられないと言う顔で両手で顔を覆う。なら姉さんはなぜここにいるのか。幽霊やアンデッドの類ではないのは確かだ。月明かりの中でも姉さんの顔は精気に満ちている。では何者かが姉さんの姿になりすまして…?不安と疑問が交錯しながらもわたしは姉さんを見つめる。
シュルリッ。
突然、何を思ったのか姉さんは服を脱ぎ出す。ものの数秒で一糸まとわぬ姿が月明かりに照らされる。荒々しい世界で生きながらも傷一つなく、逆にそれをも糧とするかの様なたくましさとしなやかさをたたえた素肌…実の妹であるわたしでさえ嫉妬と羨望にかられてしまう。しかし、それもつかの間姉さんは体に力を込める。
「うっ…はぁっ!」
ビクンッ!
姉さんの体が軽く震えた後、みるみる変化してゆく。鍛え上げられながらもしなやかだった姉さんの体が張り詰め、かすかに大きくなって行く。伸ばした両腕の先に広がる両手、その先にある爪が伸び出し、指の間にも大きな膜が張って行く。同時に両足の指や爪も大きく伸び、ワニや亀を思わせるような形になる。
ニュルン…グググ…。
お尻の先から白くて細いもの。そう、尻尾が生え、見る見る大きく長くなって行く。一瞬身をかがめた時、その背中には大きな背びれが伸びていた。その姿にわたしはただ見入るしかできなかった。
長い髪を乱れさせながらあえぐ姉さんの顔は苦しそうで、それでいて何か快感に酔うような表情を浮かべている。
そしていつの間にか姉さんの全身は白くて硬い鱗に覆われていた。
グググ…
その髪の間から何かとがったものが伸びる。それが竜の角である事は十分見て取れる。ふと見ると耳の辺りからも同じ様にとがった両耳が伸びている。顔を見ると姉さんの口、いや顔全体が大きく伸び、口元から牙が伸びる。そして、姉さんは全身を大きく振るわせると、
「グォォォォーン!」
と雄叫びを上げる。しかし、それに対して城の中にいる誰も気づいていない。本来ならこんな大きな咆哮を聞き漏らす者など誰もいないからだ。
「姉さん…その姿…まさか…。」
人と竜をかけ合わせた様な姿になった姉さんを見てわたしの記憶に思い出されるものがあった。かつて姉さんと心を通わせた白い海竜。わたし達、特に姉さんを助ける為に命を失いながらもその魂は姉さんと共に戦い続けた竜。今の姉さんの姿はその海竜を思い起こさせる。
「…もうダメか、と思った瞬間、あたしの脳裏にあいつの声が聞こえてきたんだ。」
そう話し出す姉さんの声は確かに元の姉さんの声だ。
「迎えに来てくれたんだな、と思ったけど次の瞬間、妙に体が熱くなって…そしたらこうなっていたと言う訳さ。あとはなんとか嵐が鎮まるまで海底でやりすごし、あとで探しに来た連中と合流した訳さ。」
姉さんはそう言って笑うと再び体に力を入れる。ひれやシッポ、爪や牙が体の中に消え、再び美しい女海賊の素肌があらわになる。
「こうして元に戻れるのが幸いだったけどさ、案の定あいつら変な目で見やがって…「海の中ではこうした方が泳ぎやすいんだよ」とにらみつけてやったさ。」
姉さんの笑顔を見てわたしはつられて笑ってしまう。いかにも姉さんらしい話だ。でも、わたしはふと姉さんがさっき言っていた話を思い出す。
「姉さん、さっき「確かめたい事がある」って言っていたけど、一体何の事なの?」
それに対して姉さんは、
「あんた、意外と飲み込みが悪いね。あたしはあいつの魂と融合した事であの姿になったんだよ。と言う事は…?」
と答える。
「と言う事は…ってまさか…。」
わたしの脳裏に何かがひらめく。
そう、姉さんがあの海竜と心を通わせていたようにわたしもまた一匹の飛竜と心を通わせていた。
小さい頃から共におり、その命を助ける為に命をかけた事もあった。そして危機に陥ったわたしを助ける為にその命を落とした飛竜の魂もまたわたし達と共にいた。と言う事は姉さんのように…わたしも…?
「ま、こいつはあたし達の血筋かも知れないね。代々竜と心を通わせ、共に生きてきたあたし達の血筋がなせる技…なのかもね…。」
姉さんはそう言うと、
シュッ!ブワサッ!
わたしの手からナイフを取り上げ、その周りで切る仕草を取る。息を呑む間もなく、わたしもまた月明かりに裸身をさらす事になった。
「きゃっ…。」
慌てて身を隠そうとするが、それをさせないかのように姉さんの視線がわたしの体を貫く。恐ろしさと同時に不思議な気持ちよさも感じてしまう。
「ね、姉さん…。」
ドクン。
次の瞬間、わたしの中に何かが湧き上がる感触が走る。
「え…これって…。」
「…始まったようね。」
姉さんはそう言いながら優しい目を向ける。
「えっ…あっ…。」
湧きあがったものはみるみるわたしの体を被い、熱くさせる。思わず手を床についてしまう。
「はあ…ああ…ああっ…。」
全身が熱くなって行く感覚。わたしの中にある何かとわたし自身が響き合い、溶け合い、交わってゆく。そして…
「ああっ!」
ブワサッ!
その感覚が頂点に達した瞬間、背を反らしたわたしの背中から何かが生えた。そしてわたしの周りに何かが降り注ぐ。
「これは…羽?」
そう、それは炎のように真っ赤な羽だった。まるで死期を悟ったあの飛竜が転生したフェニックスのように…。その羽がわたしの背中からわたしを包む様に伸びていた。
「へぇ…まさかそうなるなんてね…。」
姉さんは驚きながらも感心した表情をするとそのまま再びあの海竜の姿になる。同時にわたしの体はさらに熱くなる。
わたしと姉さんの魂、そして二人に宿る飛竜と海竜の魂が響き合い、より強く、激しくなって行く。
それと同時にわたしの体もどんどん変わって行く。体中に羽根が被い、手足の爪は鳥のような形に伸びてゆく。両足の形も鳥のような形に変化してゆき、お尻からは羽根に覆われた尻尾が生えていく。
「うっ…くっ…。」
変わって行く苦痛と快感で声を上げたくなるのを必死でこらえる。それを見た姉さんは、
「出したかったら思い切り声を上げていいよ。今のあたしは水と風をある程度操れるんだ。この部屋から出る音ぐらいたやすくさえぎれるさ。」
その言葉に答えるかのようにわたしは…。
「ああああぁーっ!」
と声を張り上げ、宙に舞った。
グググッ!
同時にわたしの顔から鳥のくちばしが伸びる。その瞬間、部屋中に炎が舞ったが姉さんの力だろうか、炎が部屋に燃え移る事はない。
「はぁ…はぁ…ねえ…さん…。」
そう言いながらわたしの目が姿見を捉える。そこにはわたしの姿を元に具現化した不死鳥の姿があった。
「きれいだよ…。」
姉さんはそう言ってくれた。
海竜の魂と呼応して竜人に変わる力を得た姉さん。
飛竜の魂と呼応して不死鳥を思わせる鳥人に変わる力を得たわたし。
道は違えてもわたし達はやはり姉妹なのだ。そう思った瞬間、わたしは姉さんを抱き締めていた…。
そしてわたしは気付かれない様に窓から抜け出し、夜空に飛び立つ。羽に覆われているとは言え素肌で風を切る感覚が気持ちいい。飛空挺はもちろん飛竜の背に乗っても味わえなかった感覚だ。そしてそこから見える世界。わたし達が守り、生きていく世界が見える。わたしの心は自然と熱くなっていた。
そうして飛んでいるうちにわたしの両腕はいつしか翼と一つになり、その姿は本物の不死鳥の様になっていたが、今のわたしにそれに気付く術はなかった。
一しきり飛び続けたわたしは静かに近くの池に降り立つ。まるでそうしてきたかのように静かに身を振るわせるとその姿は鳥から鳥人に変わる。そして全身から羽が体の中に消えるとそこには生まれてから共に歩んできた女性の姿―人の姿のわたしがたたずんでいる。感慨にふけっているわたしの足元に何かが落とされる。
「よっ、楽しんできたみたいだね。」
いつの間にか旅装束姿の姉さんが木の幹に背を預けて立っていた。わたしはそれにただ微笑んで答える。そして姉さんは何も言わず去っていった。わたしも何も言わず笑顔で送った。それだけで十分だった。
姉さんを見送りながらわたしは自分の中で何か精気のようなものがみなぎるのを感じていた。飛竜―不死鳥の魂と呼応し新たな姿を得た―あるいは生まれ変わったからなのだろうか。
ふと脳裏に共に旅をしたあの青年の姿が浮かぶ。今もまた旅の空にいるであろうあの青年の姿が。
彼にまた会いたい。あの翼をはためかせて。
彼はどんな顔をするのだろう。そしてわたしのあの姿を見て何と言ってくれるのだろう。そんな事を思いながらわたしは足元に置かれた服を取るのを惜しむかのように素肌を朝やけにさらしていたのだった…。
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