ふくろうの鳴く夜にカギヤッコ作
 夜になるとフクロウの鳴き声がこだまする他は静かな森の中にその小屋はあった。
 簡単なベランダもあるログハウス式の小さな小屋でなかなかこぎれいな印象のある小屋だが、その小屋の主は人間ではなく一羽のフクロウであった…。

ザッ、ザッ、ザッ…。
 背中にナップサックを背負った二つの影が静かに小屋に近付く。この小屋の主である女性が友人を伴って遊びに来たのだ。
「ふ〜、やっと着いた…。」
 友人がやれやれと言う顔で軒先に腰を下ろす。
「お疲れ様。でもこれからもっと忙しいわよ。」
 女性は友人の苦労をねぎらいながらも久しぶりに訪れた小屋の掃除を始める。
 久しぶりと言ってもそう長くは空けていなかった事もあってか、女性二人でも何とか夕方にはかたをつける事ができた。
 それでもシャワーを浴び、簡単な夕食を取る頃には夜の帳はすっかり降りていた。
「ねえ、聞こえない?」
 ランプの灯かり越しに食事を取りながら女性が友人に尋ねる。
「え?」
 友人は首をかしげるが、女性は優しく微笑みながら窓の外を差す。すると…。
ホォーウ、ホォーゥ…。
ホォーウ、ホォーウ…。
「あっ…」
 耳をすませていた友人の目が輝く。
 夜の闇の向こう、フクロウの鳴き声が聞こえる。
「今の時間、この辺で音がするとするのならフクロウの鳴き声か、あるいは風にそよぐ木のさえずりくらいね。」
 重ねた両手に顎をそっと乗せながら女性は耳を傾ける。
「でも、フクロウってどうして鳴いているのかしら…」
 同じく耳を傾けながら友人は尋ねる。
「さあ…寂しくて誰かを呼んでいるのかも知れないし、あるいは出会った誰かと既に語り合っているのか・・・。」
 女性はそう答えると目を閉じ、フクロウ達のコンサートに耳を傾ける。友人もそれに習う。
 静かな一時は二人が眠りにつくまでしばし続いた。

ホォーッ、ホォーッ…
 フクロウ達の語らいは二人が床に就いても終わる事なく続いている。
 そんな中、女性はふと自分の寝室で目を覚ました。

「…。」
 どこか焦点が合わないような、それでいて確かなものを見つめる目をしながら彼女は身を起こし、ベッドを出る。
 その手には何か小さな袋のようなものが握られていた。
カチャリ。
 外へと通じる扉を開け、女性は静かに外に出る。導かれるかの様に、それでいて確かな足取りで。
 彼女は静かに歩き出す。
ファサッ。
 不意に彼女は着ていたネグリジェを脱ぎ捨てる。その下は何も身につけてはいなかった。
「…。」
 生まれたままの姿になった女性はさらに興奮を高めたのか大きく息をしながらさらに歩む。
 そして彼女は手にしていた袋のようなものを頭の上に乗せると一気に両手で引き下ろす。
 袋から手を放した時、彼女の顔は大きく変わっていた。
 口元から下はそれまで同様全裸の女性だが、その上は一面を茶色の羽状のものに覆われている。
 目の周りにはメガネの様な白いラインが縁取られ、鼻の辺りには逆三角形の小さな塊が着いている。
「ほぉーう…」
 女性は鳴いた。フクロウの様に鳴いた。
 彼女の顔の上半分、それはフクロウの姿だった。口から上はフクロウ、口から下は全裸の人間の女性、それが今の彼女の姿だった。
「ほー、ほー…」
 彼女はそう鳴きながら森に近付いたり、小屋の外のベランダに座ったりする。あたかも人とフクロウの間を行き来するように。
 そうするうちに女性の肌は火照り出し、軽く張り始める。それはフクロウの姿を模す事で彼女の中に生まれたフクロウに変じようとする力がその変わる事無き肉体の中で力をもてあまし暴れている様であった。
「ほぉ〜…ほはぁ〜…」
 必死でフクロウであり続けようとする女性だが、高まる興奮を押えきれず人としての声が漏れ始める。
 そしてその両手で張り詰めた乳房をつかみ、そしてその下に手を伸ばそうとする。そこに…。
「ひっ!」
 おののく声がする。ハッとなった女性が振り向くとそこにはこわばった顔をした友人が口元を押えて立ちすくんでいた。
 無理もない。女性と同じ様にフクロウの声に目が覚めてその声を聞こうと部屋を出たら目の前に鳥の顔をした裸の女性が横たわっていたのだから。
「あ、あわわ…」
 おののき逃げ出そうとする友人だが、体がなかなか動かない。それを見ていた女性は妖しく微笑む。
 そして、ゆっくり立ち上がると友人の前に立ち…。
ムチュッ。
「…!」
 優しく、それでいて勢いを込めたキスをする。
「ん…むむ…」
 唇、そして羽を越えて舌が入り込んだ時、友人はその勢いに押され力が抜ける。
 それを見とどけると女性はどこからか取り出したもう一つのマスクを取り出し、そっと友人の顔に被せる。
 そのまま、ゆっくりと彼女が着ていたネグリジェのボタンを外し、そっと地に落とす。
 唇の余韻を惜しみながら友人から舌とネグリジェの下に身につけていたショーツを女性がシュルリっと抜き取った時、そこにはもう一羽の「裸の女の顔に乗ったフクロウ」が立っていた。
「え…あ…?」
 事の成り行きに戸惑う友人。それに対し女性は軽く首を横に振ると、
「ほー、ほー…よ?」
 と優しく声をかける。
「ほ、ほ…」
 産まれたてのフクロウはつたない口ぶりで鳴き声を発する。それを見かねたフクロウは…。
バサッ。
 羽音を立てて若いフクロウに飛びかかる。ものの数分で…。
「ほぉーっ!」
「ほぉーぅ!」
 二匹のフクロウの声が森をかすかに揺らした。
 そのあと二羽のフクロウは白い肌を月明かりに照らし、柔らかい乳房を揺らしながら森を飛び回る。もっとも、今の二羽にとっては口元から下の部分はあってない様なものなのだが。
「ほーぉ」
「ほぉーっ」
 ほんの一時間もしないうちに若いフクロウも鳴き方を覚え、森の中を自在に飛びまわれる様になっていた。
 そして二羽は小屋の壁に飛び乗ろうとする。
「うっ、よっ…」
 あられもない姿でよじ登る二羽。
 そう高くはないとは言え木で組まれた壁を登るのは色々な意味で困難である。
 色々な意味で赤くなった体を何とか屋根に乗せるとフクロウは若フクロウに手を差し延べ、屋根へと導く。
 他のフクロウ達が木々の枝に止まりながら語らうよう二話のフクロウは両足を屋根に乗せ両手を脇から尻に沿わせ、しゃがみ立ちの姿勢で木々の向こうの仲間達を見つめる。そして、
ホォー…ホォー…。
「ほぉー、ほぉー…」
「ほぉー…ほぉー…」
 フクロウ達の語らいは夜通し続いていた…。

 翌朝、短いながらも満ち足りた眠りから目覚めた女性と友人は身支度を整えると小屋を後にした。
「ねえ…」
 山を降りる途中、ふと友人が尋ねる。
「また、あそこに誘ってね。そして…。」
 顔を赤らめる友人に対して女性は無言の微笑で返した。
 この小屋の主はそこを「フクロウの小屋」と呼ぶ。来た者をフクロウの姿に封じ、人としての抑圧を解き放つ小屋。
 その主はこの日、かけがえのない連れ合いを手に入れたのであった…。


 完
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