Act.0 -事故-
「Attention Priese,Attention Priese……」
飛行機、ＶＴＳ6079便の中で独特の音声が響いていた。高度は6000ｍ、丁度外国から自分の国に帰るための飛行機の中。様々な乗客が騒いだり、仮眠を取ったりしている中で窓のそばにいた青年は目の前のモンスターボールを静か見つめていた。
「ようやく帰れるし、懐かしいよな」
このモンスターボールには彼のポケモンが入っている。青年は何かを考えながらそれを見つめ、他のモンスターボールと同じように緑色のポシェットにしまうと、窓の外へと目を向けた。雲が眼下に広がり、まさに絶景となっている。ポケモンに乗るか、こんな飛行機に乗るしか、見ることができない世界。自分で翼を得て、この景色を見たい。青年は、それを静かに夢見ていた。かなわぬ願いであると、頭の中では分かっていても。
（あと一時間で、だな）
彼は窓の外の、雲海の景色を呆然と眺める。このまま順調に行けば何事もなく飛行機はカントーに到着し、そのままポケモントレーナーの旅を再開できたかもしれない。だけどそれはかなわなかった。この時、既に始まっていたのだから。日常の破滅への、序曲(セレナーデ)が。
コックピット。ここで既に異変の序曲は乗客に悟られないように演奏されていた。レーダーが、静かにそれを告げる。レーダーは前方に多数のポケモンの存在を察知していた。
「なんだ、今日はやけにポケモンの影が多いな」
「おかしいですねぇ、今の季節に大移動なんて……」
レーダーは機体の前に多数の影を感知していた。それはコックピットからでも確認程の、ポケモンの大集団。飛行機を操縦している者が「別に、単なる偶然だろ」と返した。だけど、どう見ても何か様子がおかしかった。当然この時は自分も、乗客も何一つ知らない。
「機長、何か様子が変ですよ？」
機長の隣に座っていた、副機長がそういった瞬間だった。そのポケモン達の内一匹が火を吐いたと同時に、非常事態を示すランプが点灯した。同時に聞こえたのは、爆音。機体が、大きく揺れた。
「わ、な、なんだ！？」
青年はボーっとしていた所を爆音と機体のゆれで我に返った。彼の周囲は既に半ば混乱しており、先ほどから続いている揺れのせいでバランスを崩したままの人も居るほどである。青年は何が起こっているのかと、自分の居る席の窓を見た。だが、そこには驚くべき光景があった。
「これって…つ、墜落？」
彼の居る席は丁度右翼が見える席。しかし、右翼は火を吹き燃え上がっていた。そのそばでは空を飛べるポケモン達が激しい様子であるポケモンを集中攻撃し、あるポケモンはそれに対して反撃する。それはもはや、戦闘機の乱戦中に迷い込んだ旅客機だった。
さらなる爆音と共に屋根が吹き飛んだ。シートベルトを閉めるという指示もなかった無防備な状態、乗客たちは激しい気流に飲まれ、機体の外へと排出されていった。青年は必死に座っていた席にしがみつく。そして、その状況下で穴のすぐそばを見た。そこには人のような白いポケモンがこんな凄い風の吹く中でまるで何も吹いていないかのように立っていた。青年はトレーナーであるのにも関わらず、そのポケモンの名称が分からなかった。ただ一つ分かるのは、そのポケモンが凄い力を持っているということだけ。
機内に、再びの爆発。その衝撃で椅子は機体から離れ、彼は椅子ごと機外へと強制的に排出された。落ち行く中、燃え盛る機体に手を伸ばした。届くはずもないのに。
「自分は、まだ死にたくない！ こんな所で、約束を破るわけには……」
青年はそう叫んだつもりだった。死ぬことなんか、考えない。死にたくない。その気持ちで胸がいっぱいだった。海上へと青年が落下していく中、一瞬にして燃え盛る機体が遥か後の方へ移動した。それはまるで何かのポケモンに乗せられたかのようだった。
『大丈夫、お前だけは死なせない。何せ……』
彼はそう言った声を聞いたような気がした。凍え、疲れ果て、こんな上空のせいなのか言葉が最後まで聞き取れない。そしてついには視界もぼやけ、意識さえも失った。
その事故があった直後の時刻、カントーのはるか西の空で流星のような、青い光が観測された。観測者はそれはまるでポケモンのようだったと、後に話している。
事故ファイル0431「ＶＴＳ6079便墜落事故」7月26日
大西洋で起こった飛行機事故。機体の損傷はひどく、後ほど回収した機体はもうバラバラで空中分解した形跡があった。あまりに自然ではありえない損傷もいくつか発見され、原因は現在調査中。
乗客数：２１７人 すべてを確認したわけではないが、かなりの数の死体と機体状況から見ておそらく全員死亡したものと当局は推測。機内の様子は後ほどブラックボックスにて確認する。