青いペンダント フェル作
 岬の上。潮風が静かに吹き付けるその場所には一人の青年が立っていた。腕には白いバンダナを巻き、頭には赤いサンバイザーが月夜の光に淡く照らされている。そして、胸にも月の光を受けて穏やかに輝きを放つ青いペンダントが。
「スカイ……」
 青年は胸のペンダントを静かにその左手で包む。空いているほう片方の手はポケットに突っ込まれ、そこから短く、小さい笛を取り出した。そして、彼は曲を奏で始めた。
「リュー……」
 岬の下、その岬の上が丁度見える所に位置する森の中に一つの小さなテントがあった。人影はなく、テントの入り口にポケモンが静かに顔を出している程度。ポケモンは静かにその曲に耳を傾ける。
 穏やかで優しく、そしてどこか悲しく。その調べはそんな感じを帯びていた。テントから顔だけを出したポケモンはそれを聞いて、切ないような、寂しいような、そんな感じを覚える。
「リュゥ……」
 そのポケモンは弱々しく、どこか寂しそうな声を静かに上げるとそのまま、テントに潜り込んだ。その後にも、悲しそうな調べは続く。青年はそれを奏でながら、一筋の涙を流していた。

「さ、行くぞリュー」
「リュウ!」
 翌日の昼間の太陽が木々の間から、森を静かに照らす。その中であの青年とそのポケモン、リューと呼ばれたミニリュウは明るく返事をした。青年はそれを確認すると「夕方までにはヘリポートに着かなきゃな」と言葉を漏らし、森の中を進んでいく。当然、ミニリュウも一緒に。
 しばらく経って、ミニリュウは彼の横を進みながら「リュウ」と鳴いて彼の方に向いた。青年は「お腹でも空いたのか?」と聞くが、ミニリュウは首を横に振る。
「リュゥ、リュリュ?」
 ミニリュウはそう鳴き声を発しながら、彼の前に回りこみその尻尾で彼の胸の、ペンダントを指す。青年は「身に着けたいのか?」と聞くが、ミニリュウはその問いにも顔を横に見る。
「リゥ、リューリュー」
 ミニリュウはそう鳴く再び彼の横に戻り、森の中を進み始める。だが、青年にはその鳴き声がまだ上手く理解できていなかった。ミニリュウは彼がなんだか理解できていない様子にため息をつく。
「もしかして、それは元々誰のかって事?」
 青年がしばらく考えた後にそう問うとそうやく「リュウ!」と元気に鳴き、首を縦に振った。青年はそらを見つめ、悲しそうな表情を浮かべながらあまり言いたくなさそうに言う。
「ま、これはある者の形見って所かな」
 青年がそうやって木々の間から見える空を見ている中で、ミニリュウは「リュウリュ?」と鳴き声で問い返す。誰の? と聞いているのは、さすがに青年にも分かった。
「今はまだ言う気分にはなれないな。その内に話してやるよ」
 ミニリュウはそれを聞くと不服そうに「リゥー……」と鳴き声を発しながらも前に進み始める。青年はただ一言、「分かってくれ」と言葉を発した。
 時はさらに過ぎ、夕方。彼らは町の中、その中に存在するヘリポートに到着していた。町とはいってもカントーやジョウトの街とは程遠く、住宅もまばらで、それ程高いビルも存在しないが。
「あと出発までもう少しあるな。先に乗り込んで、夕寝と行くか」
 青年はミニリュウに目を回す。ミニリュウもそれに賛成というように「リュゥ」と返事をした。彼らはそれを確認するとヘリポートに止まっている大型ヘリの所に向かい、前にいた係員にチケットを見せる。その後、彼らは静かにヘリへと乗り込んだ。乗り込む直前で、彼は先に乗り込むミニリュウを見る。
(でもまだ、話すべき事じゃないよな。実はリューの母親ので、どうなったのかを言うにはまだ早すぎる)
 青年はそんな事を思いながら、ヘリに搭乗した。
・・・・・・
 ヘリの中。そこで睡眠を取った彼は夢を見ていた。目の前に広がる光景は、田園地帯にまばらにある農家。そこは、彼の実家がある場所だった。
「スカイ、また乗せてよー」
 目の前を、幼い頃の自分が走っていく。その先にいるのは、青い帽子を被った女性に、一匹のフライゴン。そのフライゴンの胸には、静かに青いペンダントが輝いている。彼はそれを見ると胸のペンダントを静かに握った。
(この時はまだよかったな。あんな事も、知らなくて)
 彼はそう思い、フライゴンを見つめる。フライゴンは幼い頃の自分をやれやれ、と言わんばかりに背中に乗せ、翼を静かに羽ばたかせる。そばで女性は「やれやれ、うちの弟は相変わらず私よりフライゴンが好きだねぇ。ちょっと、恨めしいよ」と言葉を漏らし、苦笑いする。そして、フライゴンは空に飛び立った。そうした所で視界が、静かに歪む。
(ま、自分はこの後空を飛んでるのを楽しんでるんだから、記憶の夢でもここまでか)
 彼はその後、目が覚めるのだと思いながら目を静かに閉じた。だけれども、夢は覚めなかった。次にあったのは夜、満月の輝くその場所だった。ただ、フライゴンとあの女性がいない。
(……あんまり、見たくないな)
 青年はそう思って目を静かに背けた。もうこのシーンを見て何度目になるか。青年はその光景を悲痛な思いと共に胸に刻み付けられていた。ある事を宣告されたがために、記憶に焼きついて忘れたくても、忘れる事ができなくなったあの頃の。最初の頃はその夢を見るたびに涙で枕を濡らしていた。
「母さん、姉ちゃんは?」
 夢の中の、前見たシーンよりはいくらか成長した彼が、そばの麦藁帽子を被った女性に尋ねる。その女性は、何も言わなかった。その間に、服もボロボロになったあの女性が歩いてくる。だが、フライゴンの姿はない。
「無事だったの!? 心配したわよ」
 幼い頃の彼、少年が出る前にその女性が前に出て心配そうに、訪ねた。その女性は「わたしは大丈夫、だけど……」と言葉を詰まらせる。そして、少年が静かに聴いた。
「姉ちゃん、スカイ……は?」
 そのボロボロの服を着た女性は顔を横に振り、少年に半ば傷のついた青いペンダントを渡すと「今は、そっとしておいて頂戴」とだけ言い残してその麦藁帽子の女性、彼の母親でも、彼女の母親でもある存在に連れられ、家の中に消えた。少年は、その傷のついたペンダントを手に、呆然と立ち尽くしていた。目には大量の涙を浮かべたままで。そして、夢の中の、現在の彼の頬にも一滴の涙が流れ落ちる。
(いつ見ても、嫌な信じたくない光景、だよな)
・・・・・・
「リュウ?」
 ヘリコプターの中、彼はミニリュウに起こされる形で静かに目覚めた。周囲には、既に多くの人やポケモンがいる。その様子から見ても、出発時間はもうすぐだという事が見て取れた。
 中に係員が入り、メンバーを慎重にチェックしていく。ほとんどの乗客はポケモンをモンスターボールにしまうが彼を含む一部の者達はそれでもなお、しまっていなかった。
「お客様、ポケモンはしまわれないのですか?」
 乗員のチェックの際に係員が青年に聞く。青年は「こいつはモンスターボールに入るのが嫌いなんで」とだけ答える。係員は意外にあっさりと「そうですか」と納得するとそのまま次の客のチェックに向かう。彼はそのまま、窓の外を見た。
(今度はヘリコプターだから、あんな事にはならないと思うけど)
 彼の脳裏には一つの不安があった。だが、そんな事あるはずがないと心の中で決め付ける。彼はミニリュウの身体を軽く持ち上げると膝の方に置き、自分ごとシートベルトで縛る。
「リュリュー」
 ミニリュウがそう鳴くと、彼は「到着まで我慢して」と口に出した。外で係員の合図の声が聞こえる。そして、彼を乗せたヘリは大きな音を立てて、離陸した。
 離陸から数分経って。彼はもう一眠りと言わんばかりに目を瞑り、静かに寝息を立てていた。ミニリュウは動こうにもシートベルトに縛られて動く事ができないのでそのまま、景色を眺める。しばらく経った時、悲劇は繰り返された。
 次の瞬間、機体は大きく揺れた。青年は飛び起き、ミニリュウは悲痛な鳴き声を上げる。乗客は混乱に包まれるのみ。
「な、なにが起こったんだ!」
 乗客の一人がそう声を上げた。青年も何が起こったのか、シートベルトをはずして確認しようとする。窓から見える光景には接近する雲ともう一つ、真っ黒な煙があがっていた。
「エンジンに異常発生!これから緊急着陸を行いますので乗客の皆さん……」
 真上のスピーカーからは操縦士の声が流れる。途中まで流れた時、二度目の爆発がそれを遮った。青年はミニリュウを抑えて座っていた席に捕まる。煙の先に青年が見た光景は吹き飛んだ壁だった。その近くにいた乗客は空に吸い込まれたのか、既に姿はない。
「リューリュー!」
 ミニリュウが痛がって、叫び声をあげる。青年は捕まりながらも外へ吸い出されそうになるミニリュウをゆっくりと手繰り寄せる。そのポケモンが手元にまで来た、丁度その時だった。
 三度目の、爆発。青年がしっかり抱えていたお陰でミニリュウは幸い無事だったが、青年は激しい火傷を負っていた。その機体は三度の爆発に耐えられるはずもなかった。機体は空中で四散し、ほとんどの乗客はそれに投げ出される。飛行ポケモンを持っていた乗客はすぐさま出して助かろうとするが他の乗客まで助けるだけの余力はなかった。
(これじゃ、あの出来事の二の舞じゃないか……!)
 あの出来事の結末。それは、姉から聞いた。姉のときは船の事故で逃げる場所もなかった。そんな時に彼女を救ったのはフライゴンだった。気を失った姉を泳げないはずの身体で泳ぎ回り、船にまで送り届けるとそのまま、水に沈み、帰らぬポケモンとなった。そして、今は落下の衝撃から身を守ろうとミニリュウが彼の身体を守っている。その時、胸のペンダントが一瞬だけ静かに瞬いた。

《本当に、それでいいの?》
 気づくと彼は、真っ白な空間にいた。居るのは自分と、あのフライゴン。しかも、ちゃんと言葉を自分が理解できる。
「いや、こんなんじゃ、いいわけがないよ。これじゃ、また」
 フライゴンは《相変わらずしょうのない奴ね》と言葉を漏らすと唐突に、彼のすぐ目の前にまで足を進めた。
《あなたにできる選択は2つ。このままミニリュウを見捨てて、人間としての生涯を過ごすか。それとも、人間としての生涯を捨ててでもミニリュウを助けるか》
 青年は迷う事もなく、「勿論後者、このまま相棒を、ましてや君の子供を見捨てることなんてできるか」と答えを返した。フライゴンはその回答を聞いて、にっこりと笑う。
《そう、分かったわ》

 気がつくと目の前にあのフライゴンはなく、ミニリュウに身体を巻かれた自分の姿があった。ミニリュウはできる限りの技を出して、彼を救おうと努力する。青年が助かるなら死んでもいい、そんなつもりで。
《私の姿を貸してあげる。健闘を祈るわ》
   頭の中でそんな声が静かに響いた。その瞬間、彼の身体が痙攣し、不思議な力でミニリュウは彼のそばから弾き出された。
「リュッ!?」
 ミニリュウが驚く中、彼は静かに、そして急速に変貌をしていた。首は伸び、目には赤いレンズのようなものができ始める。そして背には赤く縁取られた菱形の翼が小さく生えたかと思うと尻尾が伸び始め、同時に頭も伸び始めていた。
(やっぱりフライゴンの姿で、という事か。ま、いいけどな)
 青年はうめき声を僅かに上げながらそう感じていた。彼自身、変化に伴う痛みはまったくといっていい程ない。うめき声を上げているのは、声帯が変化しているためである。そして手は短く、指は3本になり彼の服は肥大化に耐え切れず破れていく。そして、彼は完全に飛べるだけの大きさとなった翼を羽ばたかせ、ミニリュウの元に急いだ。彼自身、まだ変化を終えたわけではない。だが、飛べるようになったのだからもう待つ事は彼には無意味だった。
『レク……?』
 ミニリュウは彼の事をそう呼んだ。レクと呼ばれた青年は静かに頷き、また他の落ちていく人たちに向かって飛んでいく。その間にも、変化はまだ進んでいた。
 かつての足は短くなり、足は薄い緑色に、つま先の部分は濃い緑色に変色していく。尻尾は先っぽに三つの菱形が生じ、翼と同じように赤色がそれを縁取る。彼の鳴いた高い鳴き声と共に、変化は終息を向かえた。そこには人間としてのレクではなく、腕に白いバンダナを巻いたフライゴンのレクがそこに居た。
(一人目と、二人目!)
 レクはそう思うと、身を翻し、地上に落ちていく二人の人間をその背で受け止める。そして、後ろに落ちていた三人目も。
『もしかして、全部助ける気?』
 ミニリュウのその問いにレクは『勿論!』と答えた。フライゴンとなり、ポケモンとなった彼にはミニリュウの鳴き声がはっきりと言語として聞き取れるほどにまでなっていた。
『相変わらず、無茶な奴ね』
 レクは『無茶で結構!』と言い返すとそのまま背中の人を振り落とさないように次の人の救助に向かうために、空を駆けていった。ミニリュウはやれやれと思いながらも、背に乗せている人を長い身体を利用してきちんとフライゴンの身体に巻きつけた。

 それから、夜を過ぎて。ヘリのかけらは地上に落ち、レクもミニリュウも地上に降りていた。勿論、助けた人たちと共に。レクはそのまま、目の前を見る。そこには亡くなったはずのポケモン、フライゴンのスカイの幻影があった。
《みんなが助かってよかったわね。誰も、私のようにならなくて》
 彼女こそ、彼の今の姿の持ち主のはずだった。彼は静かに心の中で「ああ」と答える。
《これから、どうするの? ポケモンとして生きるの?》
 その問いにレクはちょっと考え、ミニリュウの静かに眠っている顔を見ながら答えた。勿論、声には出さずに思いだけで。
『とりあえず、トレーナーを兼任しながらポケモンとして、半ば人間として生きていくかな。元々は人間だから、多分捨てきれないだろうし』
 幻影は冷笑を浮かべながら《ポケモンでいて、なおかつトレーナーにもなれると思うの?》とレクに声をかけた。レクはふぅ、とため息をつく。
『やってみなきゃ、分からないだろ』
 幻影はそれを聞いて、安堵の息を吐いた。レクは『どうした?』と思いだけで首をかしげてその幻影に聞き返す。
《ポケモンになったからって、夢は捨ててないなと思ってね。いつか聞かせてくれたじゃない、一流のトレーナーになるのが夢だって》
 レクは静かに『あんな言葉、覚えててくれたんだ』とつい口に出してしまう。幻影のフライゴンはその半透明な手を彼の口に当てた。
《駄目よ、声は出しちゃ。今はみんな疲れているのでしょ?》
 レクは『ああ』とだけ思いで彼女に伝える。そして、幻影は静かに空に昇り始めていた。彼はそれを静かに見届ける。彼女は死んだ身の上。それは、しょうがない事なのだと冷静に割り切っていた。だが、まだ瞳には涙が浮かんでいた。
《あ、あと行く前に交わした「必ず戻る」って約束。守れなくて、ゴメンね》
 幻影はそれだけを言うと空のかなたに静かに消えた。それを見つめる一匹のフライゴンは『もう、今会えただけで十分だよ』と静かに口にするとその身体を丸め、静かに眠りについた。新しい朝に、備えるために。

・・
『これ、ちゃんと似合っていると思う?』
 あるマンションの一室、そこには一匹のフライゴンとミニリュウ、そして他のポケモン達の姿があった。フライゴンは上半身にだけ青い服を着ている。だが、服を着たことがないポケモン達にはそれが似合うかどうかを聞かれても、分かるはずもなかった。
『さぁ、俺にはよく分からないな』
『た、多分似合ってるんじゃないの?』
 ポケモン達は口々にそう言うも、実質はよく分からないなという顔をしていた。フライゴン、レクは『まぁ、人間の服着たポケモンなんてそんなにいないしな』と心の中では思いつつもその服を着たまま、リュックを背負い、人間で言う腰にあたりそうな部分にベルトをつけてそこにモンスターボールをそこに装着する。そして、そのモンスターボールにポケモン達をしまっていくがミニリュウだけはそれを避けた。
『……私がそれに入るの嫌いなの、知ってるでしょ?』
 レクは『はは、冗談だよ冗談』と鳴くとその空のモンスターボールを腰につけ、ミニリュウを背中に乗せた。机に書置きをすると、彼はマンションの玄関から誰もいないのを確認して静かに飛び立った。
『そういえば、この前夜中に変に鳴いてたけどあれ何?』
 ミニリュウは彼の背でその事を静かに聴いた。レクはちょっとばかり何の事かを考え、そして思い当たると静かに答えた。
『別に、単なる発声練習だけど? 人間の声の』
 ミニリュウは彼の背で静かに固まった。ようやく新しい旅出の時だというのに、その時はミニリュウにとってネタでしかない記憶が脳裏に焼きついた。


FIN...?
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