一晩の来訪神冬風 狐作 東方Project二次創作
「えーと、ここの畑をまた耕作出来る様にしたいって言ってるのはあなた?」
 ウトウトしかけていた時に我に返るのは凡そ、何かしらの刺激があった時に限るものだろう。腕を組み、考えを巡らせてる間にストンと落ちかけるほんの手前の所で書けられた声に私は大仰に首を振りつつ、喉からあらん限りの息を吐き出す様な返事をしてしまったものだった。
「ああ、一応と言うか、そっか、うん、俄に考えてる訳ではないのは分かったわ。ま、いきなり声をかけてごめんなさい、驚かせちゃったね」
 時刻はもう日付を回る頃だろうか、と壁に掛けられた時計へと視線を向けてから、続いて声の側に向けるとそこにはショートボブ的な金髪を幾らか弱い明かりの中にはっきりと輝かせた人の姿。いや、ヒトの姿をした何かがいた。
 少なくとも私が一瞬でそう感じたのに対し、その顔はふっとした微笑みを以て返し、ご名答と一言告げては机を挟んだ場所に腰を下ろしてきた。
「話は早そう、お姉ちゃんから聞いた通りで良かった」
 紫色の葡萄の房を飾りにした帽子を幾らか直しながら、その何者かは自らを秋を司る神であると名乗る。そしてこうも言う、余りカミサマとして見てほしくはないのだけれど、とも。
 とにかくまだ幾らかボンヤリとした頭の中に伝わる情報の連なりに、私はとにかくうなずいては言葉を幾らかは選びつつ返す。時間からして、また戸締りもしてあるこの家の中に入ってくる時点で、単なる人ではないと分かりましたよ、と返せば嫌味のない、朗らかさのある笑いを返してくれるから、そこに親しみやすさを感じない訳がないとなろう。
 故に話を弾んでいく、改めての名乗り、自らの名を秋穣子と称する彼女に対し、私もまた名を名乗り、そしてどうした事から畑の再生を目論んでいるのか、と続けて行くと時に鋭く、時に笑いを交えては腕組みをするほどに考えていた事を解してくれるものだった。
「そうかぁ、まぁでもこう言うと野暮だけど…仮にあなたがその目的を達したとして、それは継続出来るのかしら?」
 それは確かな指摘だった。そうこの自らが相続した畑地を見てみようと思い足を運び、その荒れ様に驚いたもの。合わせて昨今聴くそうした問題に関するニュースの事も重なり、そこからいざこの畑を再び畑として機能させられる様に持っていく事は出来ないだろうか、と付属しているこの家の中を最低限掃除して、取り敢えず滞在出来る様にしたところ。
 そこに現れたのが彼女、自らを豊穣神として八百万の神の1柱と称する秋穣子であった。故に率直に私は尋ねた、豊穣神ならばその神威を以て畑を整え直す事は出来ないのか、と。それに対する答えは否であった、彼女は言う。あくまでも神の力とは時に諭し、時に助力し、であり肝心の動きは信仰する人、それが成さねばならないもの。
 しかし昨今はどうした訳か、今の問いかけの様に願えばその通りにしてくれるものと信じ込んでいる者が多く、神々の中でも当惑の色が広がっていて仕方ない。そんな事情を彼女はいつの間にか現れた一升瓶とコップから私にも酒を注いでは勧めて飲ませつつ、また飲み合いつつ中々に語ってくれる。
「気持ちは大事、そして成したいという気持ちも大事。しかし、現実問題としてそれを担保する具体的な、そうね、金員もそうだし、もっと言えば知識や術はあなたにあるのかしら?それはこの家を整え直しているあなたを見たお姉ちゃんも言っていたわね、そう並大抵の労力と備えじゃ出来ないよって」
 アルコールで脳がぼんやりしているのに彼女の、穣子の声は本当刺さる様に私の意識を整えてくれる。心意気は良い、だけど、との話の運びにうなずいていてる内に、急に頭の奥が締め付けられる様な感覚を得たのはどれだけ彼女と顔を合わせてから時間が経た頃だろう 。
「うう…っ」
 注がれたばかりのコップの中身を一気に飲み干したら治るかも、と思いつつ口をつけて喉を焦がさせる。しかし訪れたのはより強い痛みと幾らか鳴音交じりになった穣子の声だった。そして段々と不明瞭になり、終いには雑音でしかなくなったところで私の意識は闇の中へとすっかり落ちた、それだけは違いなかった。

 それから一体どれだけが過ぎただろう、季節は巡り、私も齢をその都度に重ねつつも都会での生業の傍ら、その土地へは引き続き意識して関わりを続けていた。
 勿論、そこには自らの所有物はしっかりと管理し活用せねば、との意識は当然あるもの。とは言え、最初に思い描いていた様な放棄された畑をその通りに復活させる事は出来なかった、とだけは触れておきたい。
 それはあの晩に穣子、即ち八百万の1柱たる豊穣神より諭された通りだった。心意気は良い、だからこそ無理のない範囲で関わり続けるならばきっと神々の助力は得られるでしょう、との言わばお告げは確かにその通りで最初の試行錯誤も何の事か、出来る範囲にて私はその土地を管理し続けられている。
 勿論、それは私の生活水準の中で維持可能な按配を見出せたから、とするのが今様では当たり前な解釈なのかもしれない。しかし時にコレは、と観念しかけた際に不思議と道が開けたり、あるいは気付けたりとするはあの晩に、また若い己と酒を飲み交わしつつ席を共にした豊穣神のお陰なのかもしれないと傍らに拵えた小さな祠を見ては思ってしまえてならなかった。
 ただあの晩、遠のく意識の中でひとつ記憶に残っている事がある。そう彼女は言ったのだ、実はここの土地は本来は私の関知する土地だけれど今は境界があるからそうではなくなってしまっている。よって代わりを、と伝えて来たのは覚えている。しかし具体的に何を、かは定かではなかったからこそ祠の中には白狐の姿がある。
 あの晩、翌朝と書けど昼も近くなってからに街へと下りた際に見えた鳥居、その内の社務所にて頒布されていた奉納用の白狐像にピンと来て、合わせて受けた御札からその稲荷神をその土地に祀るのは始まった。
 あれ以降、どう過ごそうとも豊穣神たる秋穣子が私の前に姿を見せる事はない。それは彼女の言う境界のせいなのかもしれないし、そうであると解した方が実にしっくりとなる。だからこそこうして今は我ながらしっかりとした祠に鳥居を敷地の一角に建て、時に朱い稲荷大明神の幟が山間を抜ける風に靡くを見ながら、これからも、と手を合わせては日々強まる湿気の重さに梅雨の訪れを意識してしまう。
 そう、そこにある、きっと彼女の差配なのだ、との強い思いは相変わらずなものだった。


 完
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